コート・イン・ジ・アクト5 墨須夫妻
夫が妻を殺す話はいつもどこかで起きてるが、現実にそのほとんどは、もともと暴力的な夫が妻を毎日ボコボコにしていたものがその日はちょっとやり過ぎた、というやつだ。
〈一時的な錯乱による衝動殺人〉でなく〈常習者による過重暴行致死〉と呼ぶのがより適切だろう。その男は家を一歩出たら普通の人間で、他人の眼にはとても毎日妻を殴っているとは見えない。女も女でそんな男とは別れるなり逃げるなりすりゃいいものを、このままではいつか殺されると知りつつ離れなかったりする。「それが愛だ」と互いに言い張るようだったらもうほっとくしかあるまい。
だが本来、公正な裁きにかけてよく見定めるべきなのだ。カッとなると何をするかわからないDV男であるのなら、檻に入れて鍵を捨てるべきなのだ。毎日毎日妻を殴るクズ野郎なら、その暴力を幼い子にも向けぬと限らないのだから。
家庭の話に限らない。ほんとの衝動殺人で、アメリカ辺りで多いのはやはり麻薬絡みだろう。白バイ乗りの警官が信号無視のクルマを止めると、そいつは左のポケットにヘロインの注射器、右のポケットに密造品の粗悪な拳銃を持っていた。持ってないのは運転免許で、右ポケットの中身でズドン。
今から二十年前に予知システムを作り上げた者らは言った。
「ねえミスター・トマトソースにステーキ・ハンバーグ。そんなトンチキに殺されるパトロールの警官がどれだけいると思います? そいつらだって咄嗟にやっちまうだけで、特に異常なコップ・ヘイター(警官憎悪者)というわけでもないんですがね。でもだからってそんなのをちょっと道を間違っただけの運の悪い普通の人間と呼べますか? はっきり言っていちばん多いのはこういうタイプなのにどうして無条件に全部放免しなきゃいけないと言うんですか。
ソースにハンバーグさん、決して未来殺人罪なんて変な法律を作ってまだ罪を犯していない人間を氷漬けにしようというのじゃないんです。この場合、麻薬と銃の不法所持と道交法違反はもう確かにやってんだから、そのみっつだけ見届けて捕まえ、裁判にかければいいんじゃないでしょうか。〈有罪・無罪〉は陪審員に決めさせればいいのでは?」
マイノリ子ちゃんを撮ってしまった映画監督と俳優は、この説明に頷かざるを得なかった。このふたりを裏切り者と呼び、あくまでシステム反対を叫んで離れ去る者も多くいたが。
アメリカ全土で数千万人――堕胎手術を行う医師のクルマに火をつけたり、「動物園の動物達を今すぐ自然に解き放て」と喚くような者達だ。
予知システム反対運動の先頭にいたのはみんな、もともとそんな連中だった。今も彼らはあの大陸を西に東に南に北に、街から町へ渡っては他にもいろいろ叫んでいる。「シャーロック・ホームズは実在し、今はもうじき二百歳でまだ元気に生きている」とか、なんやかんや……。
さてなんだっけ。そうそう、今は妻と夫の話だったな。まあ結婚などしたら、誰でも相手を殺してみたくなるだろう。妻は夫を刺し殺し、夫は妻を絞め殺す。バラバラにして燃えるゴミの日に出しちゃって愛人と第二の人生だ。
誰でも考えることだけど、やっぱりちょっとどうだろうね。やっちゃいけないことをやるのは、あんまり良くないんじゃないかね。結婚がうまくいかない人は結婚に向いてないのであって、相手ばかりが悪いのではたぶんないんじゃないかと思うね。
元はと言えばあなたが悪い。いやいやそう言うお前が悪い。殺す方が悪いのか、殺される方が悪いのか。
いちばん運が悪いのはバカな女と不倫したため逆上亭主にバットで殴り殺される間男だろうと思うんだけど。しかしあんまりそんなのに同情する気が起きないのはなぜだろう。
そう言や今度の事件でもそんな間男があの部屋にいたが――。
作品名:コート・イン・ジ・アクト5 墨須夫妻 作家名:島田信之