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コート・イン・ジ・アクト5 墨須夫妻

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この二十一世紀初め頃のハリウッド映画にこんなのがあった。始まりは衝動的殺人――ある朝、夫がいったん家を出るけれど、『今日は会社に行きたくないなー』とか言っちゃってすぐ戻る。すると妻は、わずかな間に男を家に引きずり込んで組んずほぐれつやっていた。

動転した夫は思わずその場に置かれていたやたらにでっかい紙切りバサミで男をブスリと刺し殺し、『アナタやめて』と叫ぶ妻にも聞く耳持たずブッスリと――やるであろうと超能力者に予知されて、警察が出動。すんでのところで犯行は阻止。お前を〈未来殺人罪〉で逮捕する、裁判なしの冷凍刑だ!

DVD第一世代の普及期に作品が製作されたためセルソフトがバカ売れしたが、買った誰もがあきれてすぐに中古ショップに叩き売ったいわく付きのクズ映画だ。到底まともに見れたシロモノじゃないのだが、それでも当時、その映画の製作者達の、

『この作品はSFではない。我々がここに描いたことは、近い将来きっと現実のものとなる確かな未来予想である。しかし断じて、超能力で殺人が予知できるようになったとしても、未然に防ぐシステムなど作ってはならない。まだ罪を犯していない人間を裁く法などあってはならないのだから』

との主張に疑問を感じた者はほとんどいなかったという。常識と理性を持った大多数のマトモな人は、ただこう思っただけだった。

『チョーノーリョクで殺人を予知? バッカじゃねえの。そんな未来が来るわけねえじゃん。ありっこねえ社会心配してどうすんだよ!』

ハイ、それが正常です。そんな未来がほんとに来ると思うようだと、失礼ながらあなたは完全に頭がおかしい、精神科の医者に診てもらう必要があると言わなければなりません――と、昔なら言うところだが、どういうわけかそんな未来がホントに来ちゃったんだなこれが。ではその映画を作ったピーターパン男達が正しかったのかと言うと、これがまったく逆だったのだが。

殺人未然阻止システムはどうしても作らないわけにはいかず、廃止なんてとんでもなかった。致命的な欠陥があるのはシステムじゃなく映画の設定の方であり、作る前からトータル・リコールしてしまうべきだったのだ。

能力者の強制移送と軍事利用の問題から、予知システムは廃止不能。よっぽど頭がイカレてなければ脚本書いてる段階でわかるはずのことだった――にしても、なんだよ。『裁判なしの冷凍刑』って。何が確かな未来予想だ。

それはさておき、〈衝動殺人〉。夫が妻の不貞を見つけ、その場で間男をブチ殺す。まあよくある話だが、その昔は自首すりゃ大抵執行猶予が付いた。予知システムがある今は、ロクに裁判にすらならない。検事が起訴しないので、カウンセラーに診せて終わりだ。

当然だろう。未然に防いだ衝動的殺人なんて、裁いてなんの意味がある。再犯率もわずかだし、こっちもいろいろ手間が省ける。税金も無駄にならずに済むではないか。

おれが今いるこの現実の日本では予知で捕まえた人間を罪に問うには裁判員裁判をやらなきゃいけないのだが、そもそも一体なんの罪で有罪票を取ると言うのだ。〈未来殺人罪〉なんて法律書のどこにもないぞ。だからそんなの不起訴釈放のお咎めなしで構わないのだ。

なんだけど、それがわからない人間が世の中いるもんなんだよな。あのマイノリの公開当時も、バカSFを本気にした間抜けが一部に大勢いたという。

『リアルだ! これは現実だ! そうだ、五十年後には、きっとこうなるに違いない! 必ずこうなるに違いない! やってもいない衝動殺人が裁判なし仮出獄なしの終身刑、冷凍催眠刑務所で死ぬまで氷漬けにされる時代が来てしまうんだあっ! なんてことだあっ!! 恐ろしい!! 恐ろしいよおおお――っ!!!』

彼らはそう叫んだという。それはだからあの映画がバカ映画だと言うだけだって。あのシロモノを作っちまった映画監督も主演スターも、本当に殺人予知者が出ちゃってからは自分達の誤りに気づいて予知システムの法制化を支持してさえいるんだから。男優なんかは『自分のキャリアで最低の映画は、それまでずっと「爆笑!? 恋のABC体験」だと思っていたが、「マイノリティ・リポート」はそれを遥かに凌ぐ恥だ』と語って――いるとかいないとか、よく知らないが、そういう話なんだから。

ええととにかく、彼らは『もう自分らはその昔に〈禁酒法〉を制定し、あの悪法が世の犯罪をすべてなくすと信じた狂人達を笑えない』とも語っているのだが、しかし人間というものはどこまでも愚かな生き物だった。

未だに毎日テレビを見れば、ドラマの殺急は『お前を〈未来殺人罪〉で逮捕する!』。ニュースのキャスターは『いわゆる〈未来殺人罪〉での逮捕ということですが』。そんな罪名ねーよとおれが言ったって全然信じてもらえずに、誰も彼もが、

『でもさーやっぱり未然に防いだ衝動的殺人が裁判なしの氷漬けなんて、そんなのあっちゃいけないと思う……』。

そう言いやがる。こんな調子の世の中で殺人課員なんかになっちまったこと、おれは一体誰を呪えばいいのだろう。

中学の先生かな。