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コート・イン・ジ・アクト5 墨須夫妻

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これがもし、道端でナイフで脅してカネを奪おうとしたところが抵抗されて思わず刺し殺してしまうような話なら、ナイフを持っているだけで〈銃刀法違反〉でしょっぴいてやれる。しかし家屋に押し入るのなら、侵入するのを待って捕らえる――犯行の計画性が高いならそれを明らかにさせるのもおれ達サッキュウ(殺人課急襲隊)の任務なのだ。

で、おれは今この壁をよじ登ってる。テレビの音声らしきものや人の話し声が漏れ聞こえてくる。おれがいま登ってたどり着こうとしてる窓からだ。

窓は半分開いていて、そこに網戸が掛かっていた。安アパートの窓ガラスなんかラクに叩き割れるだろうが、今日はそんな心配すらも要らないようだ。取り付いたら合図を待って、窓を開けて飛び込めばいい。

登り切った。そこらにあるとっかかりにブーツの先を食い込ませ、窓の脇におれは体を寄せて潜める。

「位置に就いた」と小声で言った。

『了解』と零子の声。『マルタイは、格子を外し終えました。中へ入ろうとしています……頭を潜り込ませました……』

実況中継とは別に、部屋の中から男女の笑い声が聞こえる。「えー何それえ。ヤバイって、超ヤバイよー」「でしょーでしょー、ヤバイよね絶対!」

この連中が考えるヤバイことなんて多寡が知れてる。今、包丁を持った男がこのふたりを殺すため風呂場の窓をくぐろうとしていて、反対側の窓に警察特殊部隊員がイタリア製ショットガン・ベネリM3を肩に担いで取り付いてる、なんて夢にも思ったことないだろう。『超ヤバイ』とかいう言葉は、今後そういう状況のときに使うことになるのだろうか。

『マルタイは腰まで入り込みました。GOです、突入してください!』

零子が言った。おれはサッシの窓を少しだけ開けて、中に顔を見せてやった。

「どうも、こんにちわ」

「は?」

と、中にいたふたりのうちひとりが言う。

六畳間の雑然とした部屋だった。どこにでもある独身男のひとり住まいという感じだが、ベッドには下着姿の男と女。

テレビを見ながらお茶を飲んでいるところだった。女の方はリンゴを持って、ナイフで皮を剥いていた。突然のおれの出現に、仰天して固まっている。

おれは「シーッ」と、人差し指を口にあてて言ってから、

「警察です。ちょっとごめんくださいよ」

と、さらに窓を開け、窓框を踏んで部屋の中に身を乗り入れた。

〈ベネリM3〉を肩から下ろす。安全装置を解除した。

折りたたみストック付きのゴツゴツとしたショットガンは、見せつけられてあんまり人がうれしい気分になるものでは有り得ない。ふたりは何か変なものでも呑み込んだような顔つきになった。

「ねえあなた。そのナイフ、置いた方がいいですよ」

おれは女に向かって言った。彼女は「ひゃっ」と悲鳴を上げてナイフを放り出した。持ってるとおれに撃たれると思ったのかもしれない。

「それからあなた――」

男に向かって言いかけた。手に湯呑みを持っていたから『それを置け』と言おうと思ったのだけど、その彼は同じく「ぎゃっ」と声を上げて湯呑みを持ったまま両手を挙げた。

お茶が飛び散って手にかかり、「アッチッチ」となってしまう。

あーあ、と思った。そうなったらいけないから注意しようとしたのに。

――と、言おうとしたときだった。向かいの襖がガラッと開いた。包丁持った墨須純一が仁王立ち。

「順子ーっ!」叫んだ。「お前えっ!」

「そこまでだ!」おれは言った。「動くな、お前を逮捕する!」

M3を純一に向ける。見た目に凶悪なショットガンだが、実のところ殺急隊がこれを持つのは威嚇用だ。込めているのもゴムのタマで、当たったって死ぬことはない。

殺(や)るとなったらおれ達は警告なんかしやしない。腰のグロックを抜いてズドンだ。

ショットガンを使うのは、殺人が衝動的な行為とわかっているけれど、マルタイが刃物なんか持ってて危なっかしい場合など。たとえば、妻の浮気を知った亭主が、包丁持って男の部屋に怒鳴り込むとかいった――。

つまり、今の状況がまさにそれというわけだ。下着姿でベッドの上にへたり込んでる女こそ、純一の妻の順子だった。

純一が襖を開けた戸口の向こうに玄関のドアが見えている。それがガンガン物凄い音を立て始めた。

班長と佐久間さんが、純一を追って風呂場の窓をくぐるより、ドアをブチ破って入る方法を選んだのだろう。ドアノブをハンマーでぶっ叩けば、安い造りの鍵なんか二秒でぶっ壊してやれる。

ほら、ノブが吹き飛んだ。班長と佐久間さんが駆け込んでくる。

おれもブーツを履いたまま、畳の床に踏み込んだ。部屋の主であるだろう男は、パンツ一丁で茫然としている。

墨須純一は包丁を振り上げたままだった。おれを憎悪の眼で睨む。

「なんだお前は! 邪魔するな!」

「その手を下ろせ」おれは言った。「ゆっくりとだ。言う通りにしなければ撃つ」

本気だった。この男が何か素早い動きを見せたら、その瞬間に撃つしかない――が、できれば撃たずに事態を収拾したかった。

撃ったところで銃から出るのは非致死性のゴム弾だが、別にこいつの命を気にかけてるわけじゃない。

厄介なのは、この男が振りかざしてる出刃包丁だ。何かの拍子に人をめがけて飛んだりしたらどんなことになるかわからない。

純一は言った。「警察はすっこんでろ! おれは女房と話をしに来ただけだ! 殺すつもりなんかない!」

「だったら包丁を下ろせ! 話ならそんなもんなしでできるだろうが!」

「そっちこそ銃を下ろせ!」

おれと純一が怒鳴り合う中、ベッドの上では別の動きが起こっていた。パンツ男が墨須順子を楯にして自分は刃から身を隠そうとし始めたのだ。

順子が気づいて抵抗する。「ちょっと、何すんの。やめてよ」

「順子!」純一が言った。「どけ! そいつを殺してやる!」

パンツ男が、「こここここ、『殺すつもりなんかない』って今……」

「うるせえ! もうおしまいだ!」

純一は喚いた。それからおれに眼を向けて、ウオオッと雄叫びみたいなものを上げる。

そして叫んだ。「そうだ! もうおしまいだ! 撃つなら撃て! おれを殺せ!」

班長と佐久間さんが背後から純一に忍び寄っている。純一は気づかないらしく、おれに向かって包丁を振った。

「撃てよ、死んでやるからな! 順子、ここで死んでやるからよく見てろ!」

墨須順子はベッドの上で青くなって震えている。

「こうなったのも全部お前の――」

せいだ、と言おうとしたのだろうが、そこまでだった。純一は班長に手を掴まれて、次の瞬間、柔道技でクルリと宙を舞わされていた。

畳に叩きつけられる。班長は彼を俯せにさせ、手錠を後ろ手に掛けた。

「墨須純一だな、お前を逮捕する!」班長は言った。「不法侵入に銃刀法違反、それに暴行の現行犯だ!」