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コート・イン・ジ・アクト5 墨須夫妻

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しかし目玉の進化くらいは謎でもなんでもないそうだ。人が顕微鏡によらずとも普通に眼で観察できる生き物としていちばん原始的なのはクラゲだそうだが、クラゲってのはクラゲのくせに生意気に眼を持っている。
 
いや、眼じゃなくただ光を感じる組織で、明るい方が上だと識るだけのものだ。そいつで何かを視ることはできない。
 
それがホヤとかナマコとか、ヒトデなんかに進んでいくうちだんだん発達していって、遂に小さな針穴で朧げながらにものを見るやつが現れてくる。
 
そこまでいけばしめたものだ。水中生物というやつは何しろ体全体がヌルヌルした膜で覆われているわけだから、当然その針穴目玉もヌルヌルしてる。そのヌルヌルからソフトコンタクトレンズみたいなものを造り出すのに必要なのは、ただやる気と根性と、「視たい」という欲望だけ。
 
よく満員電車の中で女の子のスカートを鏡を使って覗いているおっさんがいるが、そいつの息子が手のひらに目玉を持って生まれてきてもなんの不思議もないではないか。
 
その目はきっと近眼だろう。女子高生のスカート丈などみんな同じなのだから、最初はその距離にだけピントが合えばそれでいい。おそらく痴漢三世はもう少しだけ進化した目玉を手のひらに持つだろう。
 
眼の進化などちゃんと解明されている。おれが今こんな話を長々としたのはもちろん、予知システム廃止論者のかなりの割を創造論者が占めてるからだ。
 
予知は廃止できないことが理解できないアンポンタンは、実に容易く眼の話に食いついてしまう。日本国民の2パーセント、一億中の二百万人が予知の制度を廃止すれば国が軍事独裁化するのをまったく理解することができない。その半分が人は神もしくはなんらかの高度な知性に創られたと主張して、進化論を否定している。
 
日本なんかマシな方だ。キリスト教の力が強い欧米では5パーセントからそれ以上。特に国や地域によっては――たとえばアメリカ南部のいくつかの州なんかがそうだが、創造論を主張して予知システムの廃止を叫ぶエヴァンジェリカル(福音派信徒)が人口の二割とか三割とかになるところまであるという。
 
人は決して進化などでデタラメに発達した生き物ではない。神の祝福を受けて誕生した輝かしい種なのであり、この宇宙で最も重要な存在なのだ――彼らはそう主張する。だって我々の教義の書にはそう書いてあるのだからと。
 
ふーん、そう。なるほどね。けどさ、もしだよ。もしあんたらの言う通り人が何かに創り出されたものとして、そいつはその辺のガキが水槽でグッピーなんか飼ってるみたいにただ遊びで見てるだけ――そういうこともあるんじゃないの? それか、何億とある試作品のひとつに過ぎず、「こいつは出来が悪いからそのうち巨大隕石でも落として絶滅させちゃおう」と思っているなんてことは?
 
それとも人間の脳味噌がどんどん大きくなっていって、今の二倍くらいになったら、頭カチ割って中身を取り出しウニの軍艦巻きみたいにして食っちゃおうと待ち構えてる。そんなことさえ有り得ないかな?
 
〈創造〉という概念にはそんな考えも含まれるのじゃないのかしらん――おれみたいなのがそう言うと、彼らは猛然と怒り出す。
 
そんなことはありません、神は私達を愛しています。聖書にそう書いてあるから絶対間違いありません……あ、なんですかその顔は。まだ証拠がありますよ。
 
あなたも私も善人ですね? 当然です。神は善性を望まれました。だから人は性善であり、世に悪人はいないのです。これこそ我々人類が神に選ばれた存在である何よりの証拠じゃありませんか。
 
世に悪人はいない、ねえ……。
 
そうです。だから予知システムは廃止しなければいけないのです。冤罪を生むシステムなど決してあってはいけません。どんな殺人も悪でなく、加害者は悪くないのですから、それを未然に止めるのは神の意思に反します。死にゆく者は神の下に行くのですから、それは祝福なのであり、断じて未然に防ぐなどしてはいけないことなのです。
 
不幸な死に方をする人があれば救けたいと思うのは私にもよくわかりますが、しかし誤った考えです。本当の救済というのは違うんですね。いつか神の鉄槌が下り進化論者は地獄の炎に焼かれますが、私達だけ神は救ってくださります。さあ、あなたも我らと共に予知システム廃止のために戦いましょう!
 
それには我が団体にお金を寄付することです。全財産を寄付してさらに、他人から騙し取ってでもお金を集めてくることなのです。ただそれのみが救済の道。神の下に行ける道。さあさあどんどんお金を稼いですべて団体に捧げましょう!
 
この連中は結局それだ。マイノリティであるがために、マイノリティに身を捧げる。実は全部が集金目的。
 
「人は善だ」と言う割には政府の陰謀なんかを信じて、トンデモ論や都市伝説をなんでもかんでも受け入れる。ナチスのホロコーストはなかったし、広島や長崎の原爆もアメリカの白人至上主義者によれば日本人のデッチ上げなんだそうだ。
 
情報は隠蔽されている。世界は悪に変わろうとしている。予知システムがいい例だ。政府は遂に人が罪を犯すのを待つことさえしなくなった。
 
そうだ。殺人事件などもともとこの世に無かったのだ。人は性善なのだから、どうして人に人を殺すことができようか。
 
すべては政府の捏造である。予知システムはまやかしである。起こりもしない殺人を止め、善なる人を陥れてこの世界を滅亡させようとしているのだ。おそらく邪悪な勢力から自分達だけ救われるよう取引がされているに違いない。
 
許せん、なぜそのような恐ろしい考え方ができるのだ。そんなやつらは人として断じて許すことはできない!
 
助かるべきは私達の方なのだ!という、選民思想に憑かれた者はすぐそんな考えに走るんだよね。なんでそんなに人類を滅ぼしたいのかわからんが……。
 
おれが生まれるずっと前にいたってねえ。この日本にやっぱりそんな考え方で地下鉄に毒ガス撒いた宗教が。困ったことに殺人予知システムはそのようなテロ狂徒を増やしてしまった。
 
彼らは言う。戦いに犠牲はつきものだ、どうせ人類は滅ぶのだからひとりやふたり俺が殺しても問題ない。犠牲として死んだ者はより高次の世界に魂が赴くのだから、むしろ功徳を施してやると思わなければいけない。
 
映画のマイノリポートを見ればそれがよくわかるじゃないか――とそのように彼らは言う。宇宙のどこかにあの映画が正しく描いた殺人事件被害者のための天国があるのだ。だから人を殺すのは悪ではなくていいことなのだ。
 
あのシーンを演じた時の主演スターの顔を見ろ! 今の俺と同じ顔だ! 同じ眼つきだ! そうだ、あの映画が正しい。予知などイカサマなのだから、俺の殺人計画を警察が感知するなど有り得ない――。