コート・イン・ジ・アクト5 墨須夫妻
零子が録音中のケータイを置いて、胸のポーチから〈ファイバースコープカメラ〉を出した。見た目は携帯ゲーム機のようだが、起動させるとミミズのような細い管がニョロニョロ出てくる仕組みになってる。その先っぽにレンズがあって、手元のキーで操作してカメラが撮る映像を液晶画面で見れるのだ。
零子の操作でミミズスコープはウニョウニョと隣の部屋を覗きにいった。
おれはその画面を横から覗いてみた。《REC》の表示が隅に小さく赤く出ている。
『ああそう』と彼女の声。『まあ、そう言うんなら……』
別に自分もカネなんか無理に出したいわけではない――とでも言いたげな口調だった。
しかしおれは、『エッ』と思った。そりゃねえだろう。引き下がるなよ。もっと詳しく教えてくれよ。
横で順子もおれと同じく感じたような顔してる。
『じゃあ、お金についてはいいのね?』
『いい! いい! いいったらいい!』
良くない、良くない! 良くないったら良くない!
『それじゃこれは引っ込めるけど』
引っ込めるなよ! せめてほんとはどういうカネだったのか話してくれよ!
純一の声。『ははは。それじゃあ今日のところはほんとにもう――』
ミミズカメラの液晶画面に純一の顔が小さくだがハッキリと見える。
この野郎――とおれは思った。これで助かったと思うなよ。彼女とどういう関係なのか後でタップリ聞かせてもらおうじゃないか。いや、それよりもいま戸を開けて隣の部屋に飛び込んでやろうか。
零子と順子を見るとやっぱりおれと似たようなことを考えてる顔だった。三人バタバタ手を動かして意思の疎通を図ろうとした。
こういうときのためにおれ達特殊部隊員は手信号を習うのだ。いや、決してこういうときのために訓練してるわけではないのだが、普段あんまり役に立たないテクニックがこんなところで役立つとは。
おれはサインを零子に送った。《どうする。踏み込むか》
零子がサインを返してきた。《もう少し待ちましょう》
《了解》
彼女の声がした。『それじゃあ、もうひとつの話はどうなの?』
『もうひとつ?』
『奥さんのことよ。どうするの。もし本当に殺すんなら――』
『わ、わわわ』
おれは零子と眼を見交わした。
『だってもうそうするしかないんでしょ。奥さんがどうしてもあなたと別れようとしないのなら――』
おれと零子は順子を見た。順子はテレビの手話ニュースみたいに両手を振って口をパクパクさせる。
読唇術など使えなくても言ってることはおおよそわかった。《意義あり! 今の発言は事実とまったく異なっております!》
彼女の声。『「予知にさえ引っかからなきゃ大丈夫」って、理屈はそうかもしれないけど……』
途端にカメラの画面の中で、純一がバッと駆け出した。隣の部屋からドタバタ足音。
おれはこちらの部屋の戸をガラッと開けて飛び出した。
純一が横に出てくるかと思ったが違った。隣室を見ると、純一が窓を開け、ベランダから外に逃げようとしてるところだった。
イケダという女は、突然の状況変化に驚き茫然となっているようす。
おれは部屋に突っ込んで行き、純一がはだしのまま、ベランダの手摺を乗り越えようとしてる首根っこを掴み取った。
「ほら捕まえた。抵抗すんな」
「わっ、ちょっと。待って。離して。見逃して……」
「何言ってやがる。するわけないだろ。観念しろよ」
「誤解なんです。ぼくはなんにも」
言って純一はジタバタ暴れる。
「わかったわかった。言い訳は刑事さんにゆっくりしろよ。シラベ(取調)は別におれの仕事じゃないんでな」
「やだーっ! 刑務所に行くのはヤだーっ!!」
おれは言った。「あんたならきっと慣れるさ」
作品名:コート・イン・ジ・アクト5 墨須夫妻 作家名:島田信之