小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

コート・イン・ジ・アクト4 あした天気にしておくれ

INDEX|5ページ/15ページ|

次のページ前のページ
 

隣や上下の室との判別がしにくいのだ。斜めに見たんじゃぜんぶ重なっちまうから正面にヘリをピタリと止めるわけだが、そんなのここは八階だからまだいいにしても、も少し下じゃとても無理。
 
さらに画面に出る像はレントゲン写真かロールシャッハ検査のカードみたいなもの――おれなんかがいくら見たって何が何やらまるでわからないだけだろう。テレビゲームの画面みたいに見やすく映ってくれるというものじゃない。
 
そしてまたこの雨も、探査にいい影響を与えてくれるはずもなかった。
 
班長が言う。「何もない? マルキュウは?」
 
『それもここには出てないな。けど、虐待なんだろ?』
 
これも鳥人用語と違って、言ってることの意味はわかった。予知によればここでいま死んでいこうとしているのは裸で体温を奪われつつある子供だ。それもまだほんの小さな。
 
悪条件に加えてそれでは、赤外線で見づらくなるのも別に不思議なことではあるまい。だが、そうは言っても……。
 班長が今度は奈緒に向かって言った。「君が〈視〉たものにこの状況と繋がるようなことはあるか?」
 
「いえ……」と奈緒。「特に思い当たるフシはありませんが……」
 
そこにようやく、管理人がヨッコラヨッコラとやって来た。「どうかされました?」
 
「いえ……」と班長。
 
「やっぱりねえ。こういう事にいつかなるかもしれないって思ってたんだよ。もう皆さんから、ここん宅(ち)は絶対虐待やってるからっていう訴えが来ててね。わたしも役所に調べてくれと言っていたのに、あいつらまったくなんにもしやしないんだから」
 
「そうなんですか」
 
「うん」
 
と頷く。みんなの腹が固まったのはこのおっちゃんのおかげだろう。
 
そうだ。厚木から来る途中で集めた限りの情報でも、ここの親は〈虐待の疑い有り〉のリストに名があるとわかっていた。複数の市民による度重なる訴えがなければそんなもんに載ることはない。
 
なのに放置されてるてえのは、どういう事だ一体よ。役所の税金泥棒どもが。ちっとは仕事したらどうだ。
 
とにかく予知があったのだから、もうおれ達は中に押し入って構わないことになっている。予知システム――殺人及び事故死未然阻止法によって認められるのだ。本当に子供が死ぬかどうかは別に関係ない。可能性があるのなら緊急家宅捜索すべき、という論拠によって。
 
だから令状も要らない。おれ達の任務は子供を救けることだ。踏み込んで虐待の証拠があれば、後を所轄のデカに任せることができる。グズグズするのが仕事じゃない。
 
「よし、行くぞ」班長が言った。「先頭はミャーモと林。次に前田だ。おれと佐久間で前田をカバーして後に続く。前田はふたりに道を教えてやってくれ。で、その後に医療班」
 
全員が頷いたところで、
 
「GO!」
 
おれ達は踏み込んだ。挨拶が遅くなったが、おれの名前は宮本司。で相棒が林零子。神奈川県警察本部生活安全部殺人課所属。殺人課ってのはもちろん通称で、正式には殺人及び事故死未然……ええとなんだっけ、今度覚えとくよ課だが、その特別急襲部隊。
 
必要とあらば被疑者射殺も認められてる殺し屋だ。しかしあくまで、放っておけば死ぬとの予知がされてる人を救けるために突入する。こんなふうにだ!
 
「警察だ!」
 
叫んで、おれは雨水に濡れたブーツを履いた足で玄関を上がっていった。アメリカ辺りじゃ今でもコップは、ハンドガンを突き出しながら部屋の扉をバタバタ開けて中を〈クリア〉にしていくという。棍棒なんか持った野郎に殴られんとも限らんからで、それは殺しを予知するのとはまた別の問題だからだ。
 
ここ日本の殺急では、あまりそういう戦術は取らない。突入にはいくつかの基本的な戦術があり、状況に応じて使い分けるが、チャカを突き出して進むなんてのはよほどの時だ。
 
マルタイ(殺害阻止対象者)が大鉈持ったシャブ中だとわかっている場合とか、信者同士で殺し合いをやっちゃう強烈カルト教団だとか……。
 
そんな場合。ほんと、正直この仕事って、命がいくつあっても足りないんだよな。いやさすがに、そんなの実際に出くわすことは滅多にありゃしないけどさ。訓練メニューに普通にそういうものがあるから時々やってて笑っちまうよ。いつか絶対マジでそいつをやらされるハメになると思うとね。
 
何しろそんな連中は理性なんか一カケラも持ってないから予知で殺しが防がれるなんていうのは気にかけもしない。だから年に何度かはこの日本でもどこかでやらかしてくれてるし、アメリカなんかじゃその十倍も起きてるのだ。一体全体、どんなおめでたい人間だろうね。予知があれば故殺どころか犯罪はみな無くなるはずと考えるのは。
 
だから突入は命懸け――とは言え今度の場合にはそこまでのことはなかろうが、それでも内部の状況が不明で、玄関の鍵が開いてたという懸念要素があるからには、子供のいるところまでまっすぐ入っていくわけにいかない。奈緒の「奥の左です」という言葉にオーケーと応えつつ、おれと零子は簡単に左右を調べながら進んだ。
 
とは言うものの、間取りは2Lか3LDK。そういくつも検めるべきものはない。おれがこっちの部屋を覗いて、零子がそっちのユニットバスや収納扉の中を見ていく。
 
特に問題となるものはなかった。すぐ奥まで突き当たった。
 
右側にあるドアを開ける。リビングだった。人はいない。
 
「クリア」
 
残るは問題の部屋だ。奈緒から予知で〈視〉たと言う限りの話は聞いてるが、この中には地獄がある。
 
「開けるぞ」
 
開けた。子供部屋だった。一見する限りはだが……。
 
奈緒の予知で聞いた通りだ。幼稚園児か小学校低学年の我が子のために素晴らしい親が愛情たっぷりに設えたような。子供服のCMに出てきそうな部屋だった。
 
ただひとつの点を除けば。
 
棚にきれいにぬいぐるみが並んでいた。天井からモビールが下がり、魚の形に切られた紙が宙を泳いでいた。サッカーボールやバトミントンのラケットや、インラインスケートシューズとそれ用のプロテクトギアやらがバスケットに盛られていた。
 
部屋の一画に子供用の学習机。地球儀が置かれ、ランドセルが横のフックに掛けられて、電子ピアノのキーボードが脇に立てかけられていた。本棚には図鑑や絵本、児童文学書の類が背を揃えて収まっていた。
 
この部屋に一見して異常なものはひとつしかなかった。二段ベッドだ。上下の段の間に細いナイロンのロープが格子状に張り巡らされ、まるで何かを閉じ込める檻みたいな具合になってる。
 
まるで、じゃない。何か、じゃない。みたいな具合、なんかじゃない。このベッドは子供を閉じ込めるための縄で出来た檻なのだ。
 
そして今、その中には、死にかけている子供がひとり――。
 
 
   いなかった。
 
 
おれと零子で駆け寄った。初めは眼がおかしいのかと思った。中にいるはずの少年が見えない。