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コート・イン・ジ・アクト4 あした天気にしておくれ

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03



普通はドアなんてブチ破る。ために爆薬も装備する。今度も持って来ちゃいるが、しかし使用はためらわれた。

殺急隊の急襲に逮捕状とか家宅捜索令状だとかいうテのもんは必要ない。昭和・平成の昔から『人が襲われてる』とかいった通報があれば、戸をブチ破って中にいるゴミ野郎をとっ捕まえていいことになってた。

いわゆる〈緊急逮捕〉ってやつだ。これも緊急出動だから、裁判所にいちいち伺いなんか立てない。おれ達には常に二時間以下しかないのだ。

そう、二時間――常に二時間であることに、自力で事にあたるしかなかった初期の殺人予知者達は、自分達がまるで神に試されているかのように感じたという。

死が予知からたった二分後じゃ話にならん。十時間ならよっぽどのことがない限り余裕だろう。一時間では? どうだろう。その場所に行き着くだけで多くの時間を使ってしまい、ロクに手立てを練ることもなく、闇雲に殺人者に向かうことになる。それでは多くが失敗に終わることだろう。〈二時間〉というリミットは、初期の殺人予知能力者がひとりでなんとかできぬこともないギリギリの時間と言えたのだ。

だから今でも、『ひょっとしたら』と言う者がいる。ひょっとしたら殺人予知者は、神が人を試すために遣わしたものなのかもしれない。火薬に火を点けたみたいになって『離島やアラスカに送れ』と怒鳴りたてる前に、少しは気を落ちつけてそんな見方もしてみるのが理性的でバランスの取れた人のあり方というものではないか、と――。

とは言っても、隣の家がガス爆発を起こすなら、ちょっと声をかけるだけで済むことだ。二時間どころか二分で死が防げてしまう。一方、病院の救急棟で三日三晩生死の境をさまよった挙句に死ぬ場合には、四日前に予知がなければ意味がない。

それでもすべての死において、予知は一律二時間前。〈力〉の発現メカニズムがそうさせるのは明らかで、なぜそうなのかは知れないにしても、どうにもならないことだった。

だがそれでも多くの場合、殺人の被害者は致命傷を受けた時点で魂の臨終の叫びを上げるらしいとも言われている。『らしい』というのはそれをはっきり確かめるには予知があってもすべての殺しを放っておいてどうなるか見るしかなく、そんなわけにはいかないからだが(ああややこしい)、とにかくそう言われている。

担ぎ込まれて四時間後に死ぬ場合でも、事件が起きる二時間前に感知できることが多い(らしい)。ために概ねのケースではこの条件でなんとかできなくないのだから……と語る初期能力者の体験論は、未だに研究者の頭を悩んで悩んで悩ませている。何しろいろいろややこしいのでいろんな意味でだ。

事が虐待致死だけに、ドアなどサッサと破るべきか。一軒家ならそうしてもいい。だが集合住宅となると、別に隣に遠慮なんかすることもないが、中の子供に与える影響が心配だ。

てわけでここは、管理人室で鍵を借りることになった。もしもその管理人が『令状はあるんですか』とかなんとかゴネるようなら、コウボウ(公務執行妨害)でワッパ(手錠)かけてやるということにもなった。

ドアを叩いてやると出てきた管理人は、言わなくてもそれがわかったみたいだった。いや、テレビのドラマだと殺急はもし逆らえばクルマで突っ込んだりするから、それを真に受けてるのかもしれない。差し出してきた鍵を受け取り、おれ達は階段を駆け上がった。

なんとゲンジョウは八階だ。やっと上まで着いたところで、すぐ脇のエレベーターホールでチーンと音がして、今さっきの管理人がケージから出てくるのとぶつかった。

「あらら」

と言う。おれ達が黙っていると、

「これ、一階で止まってましたよ」

班長がまた二秒くらい黙っていてから、

「あっちだよね」

「ええ。向こうから三軒目」

おれ達はダッシュした。通用路があるのは当然のように棟の北側だ。果てに望むのは東京都だ。多摩川の土手らしいのと、川を渡る鉄橋が遠くに見える――今日は雨靄(あまもや)に霞んでいるが。

やはりこれだけの高さがあると、晴れならきっと都心部までよく見通せることだろう。ちょいと下を覗いてみると住宅に混じって小さな町工場(まちこうば)とか、なんと意外に銭湯なんかまだ残っているらしいのも見えた。

ふうん――と、いやいや、そんなこと感心してる場合じゃない。

目的の宅の前に着いた。鍵はおれが渡されている。ひとり住まい用のマンションならばオートロックが普通だろう。このマンションのドア錠は、見たところはそうじゃなかった。どこがどう違うのかは訊かれても困るが、違うものは違うのだ。この仕事をしていると、だいたい一目で見てわかるようになる。

おれは鍵を差し込む前に、まずノブを掴んでまわそうとしてみた。

〈してみた〉のだ。ほんとにまわると思ったんじゃない。だいたいまわるわけが――。

ガチャリ。ノブはおれの手の中で音を立ててグルリとまわった。

「え?」

と言った。な、オートロックじゃないだろ――って、そんな問題じゃない! これは一体どうなってるんだ?

「まわったの?」

零子が言った。まさかそんな、信じられない――そんな思いが顔に出ていた。班長に佐久間さんに医療班員。そして奈緒。全員の驚愕の眼がノブを握ったおれの手に注がれていた。

管理人のおっちゃんは、ずっと遠くからこちらに向かって、『ああ雨の日は関節が』といった調子で歩いてるところ。

「『居る』ってことか?」「でも虐待よ」「だよなあ……」

と班長と佐久間さん。この一秒ばかりの間におれの頭をかすめた思いもまったく同じだったので、ふたりの会話の意味はわかった。まずこの中に虐待の親が在宅しているか、もしくはどこかに鍵も掛けずにチョロっと出て行ってるという可能性。

だが、有り得ない。家の中で子供を虐待している親が、そんな不用心をするはずがない。中学生がエロ本を隠すみたいに心は自分がしている事を外の誰にも知られまいという考えで一杯のはずだ。

やってることの自覚に乏しいようでいて、実はしっかり人に見られちゃまずいことを知っている。それがそうした連中の常だ。玄関の鍵を掛けずにおくなんて、虐待の親がするはずがない。

おれはノブを引いてみた。ドアが開いた。チェーンが掛かっているなんてこともない。

10センチほど開けたところでとりあえずやめた。一体何をどうしていいかわからない。

表札を見た。室の番号も確認する。確かに目的の宅だった。