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コート・イン・ジ・アクト4 あした天気にしておくれ

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奈緒の予知で聞いた通りだ。幼稚園児か小学校低学年の我が子のために、素晴らしい親が、愛情たっぷりに設(しつら)えたような。子供服のCMに出てきそうな部屋だった。

ただひとつの点を除けば。

棚にきれいにぬいぐるみが並んでいた。天井からモビールが下がり、魚の形に切られた紙が宙を泳いでいた。サッカーボールやバトミントンのラケットや、インラインスケートシューズとそれ用のプロテクトギアやらが、バスケットに盛られていた。

部屋の一画に子供用の学習机。地球儀が置かれ、ランドセルが横のフックに掛けられて、電子ピアノのキーボードが脇に立てかけられていた。本棚には図鑑や絵本、児童文学書の類が、背を揃えて収まっていた。

この部屋に一見して異常なものはひとつしかなかった。二段ベッドだ。上下の段の間に細いナイロンのロープが格子状に張り巡らされ、まるで何かを閉じ込める檻みたいな具合になってる。

まるで、じゃない。何か、じゃない。みたいな具合、なんかじゃない。このベッドは子供を閉じ込めるための縄で出来た檻なのだ。

そして今、その中には、死にかけている子供がひとり――。

いなかった。

おれと零子で駆け寄った。初めは眼がおかしいのかと思った。中にいるはずの少年が見えない。

あんまり物を食わせてもらってないもんだから、とうとう紐みたいに細くなっちゃって、このナイロンのロープと見分けがつかなくなったんじゃないかとすら一瞬思った。一瞬だよ。まさかそんな。ねえ。だいたい、そこまで痩せたら、縄の格子の間を抜けてニョロニョロスルリと出て来られるはずじゃないか。

って、そーゆー問題じゃねえ! どうなってるんだ!

「いないぞ!」

叫んだ。他のみんなも部屋に入って二段ベッドを取り囲んだ。そして全員、手品に驚いてるように、からっぽの〈檻〉を見つめた。

中にいるはずの子供がいない――しかしすぐ、その理由のひとつはわかった。

「ここを見て」零子が言った。「ほら、ここんとこ。破れてる」

おれ達は見た。本当だった。縄の格子の一部に裂け目が出来ていて、広げてみると、なんとか子供が抜けることもできなくないくらいの穴になるのがわかった。

それにしてもその部分、なんだか元々変な具合にロープが絡んでいたように見える。

「それから、これ」

零子がロープの一本を指でたどりながらに言う。

「この線、ここに繋がってる。これ、自転車の鍵じゃない?」

「自転車の鍵?」

よく見てみた。なるほどどうやらそうらしかった。どこででも安く売ってるような自転車用のワイヤーロックだ。数字を合わせて開けるやつ。

格子のロープの何本かがそれに結び合わされて、輪を通して絡まされてる。どうもあやとりを見るようで、何がどういう具合になっているのかよくわからんが。

「たぶん、これを外せば――」

と零子が突入用手袋を嵌めたままの手で、数字合わせの錠をまわした。そんなもんすぐ外れるか、とおれは見て思ったが、零子が下一桁をひとつずらすとそれだけで解ける。

繋がったロープを引っ張ると、格子の一部がそれでほどけるらしいとわかる。それだけ見てから、零子は鍵を元に戻した。

「たぶん、ここがこう抜けて、こう開くように出来てるのよ」

それじゃなんだかわからないって? 文章で説明できると思うのかよ。そうなんだろうと思って読め。

「この部分は〈ドア〉なんだわ。それだから、他に比べて構造的に弱いんじゃないかな。それで強く引っ張れば広がらないこともないんだと思う」

「誰かが救け出したってこと?」佐久間さんが言うと、

「違うと思います。外から救けるんだったら、こんなロープ、カッターナイフで切れますもの。鍵だってちょっといじればすぐに解けると見当つきそうなものでしょう。この鍵は、内側から手を伸ばしても届かなければいいんです」

「なるほど」と班長が横から言って、「けど林。その鍵、どうして下の桁をまわすとわかったんだ?」

「右利きならば普通こっちをいじるでしょう」

「ああ」と言った。「そりゃそうかもな」

「それから、これ――」

と零子は木製のベッドの枠の一部を示した。ちょっと目にはただの汚れかシミのよう。木目でパッとはわからないが、一度気づけばもう見間違いようはない。

指の痕だ。血塗られた手が捺した判が、板にベッタリと付いている。

色からしてまだ新しい。よく見りゃひとつやふたつじゃなかった。

指の向き。内側から付けたのでなきゃ有り得ない方向だった。その大きさ。それは大人の手ではなかった。

零子が言う。「自力で脱出したのよ」

「そんな」と奈緒。「でも、予知では――」

「考えてる場合じゃない!」と班長。「おそらく何かで時間の流れが変わったんだ。その原因の究明は後だ! いま大事なのはマルキュウの安否だ。虐待で衰弱してる子供なんだぞ。ヘタをすればあと一時間半どころか、今この瞬間に絶命するかもしれないんだ!」

全員、電流が走ったみたいになった。状況への当惑から優先事項の第一に、皆の心が切り替わるのがわかった。

要救命者の保護――そうだ、それが第一だ。しかし、その子はどこにいるんだ。

「まずこの家の中を探せ!」班長が言う。「ミャーモはベランダ、林はこの部屋の中だ! 何から何までひっくり返せ。隣の隣の隣の隣の隣のベランダまで探せ! いなかったらその逆だ! こんな檻が抜けられるならどこまででも行けると思え! 八階の壁一周していなけりゃ七階と九階もまわれ!」

「はい!」

ムチャクチャだな、と思いつつ、なんか血が燃えるのを感じた。おうとも、やってやろうじゃねえか。

「他の者は他の部屋。おれと佐久間はヘリに交信入れてからマンションじゅうを掻き回す!」

「おおうっ!」

雄叫び上げてみんなが散ろうとした――と、そのときだった。

「あのう、おまわりさん?」

声がして、人が玄関で靴を脱ぎ、廊下をこっちにやってくる気配が伝わってきた。

管理人のおっちゃんだ。おれ達が踏んで濡れたブーツの跡だらけにした床を靴跡を避けながら、靴下はだしにぱたぱた歩いてこの部屋の中に入ってくる。

そして言った。「えっと、あの……」

班長が、「ちょっと、入って来ちゃあダメって言ったでしょ」

「はあ、けど、でもね。『ここの子供を保護してる』って人がそこに来たもんだから」