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コート・イン・ジ・アクト4 あした天気にしておくれ

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08


 
3Dプロジェクターだとか電子壁新聞紙とか、いろいろなハイテク機材が次々出てくる世の中だが、会議なんてのは昔ながらの黒板かホワイトボードに手書きでやるのが手っ取り早い。殺人課みたいに四六時中次の二時間のタイムリミットを待ってる稼業じゃ尚更だ。
 
「つまりこういうことだ」
 
と隊長は黒板にチョークでカッカと書き殴りながら説明した。
 
「問題は木村の班が到着した際、マルキュウが既に自力で脱出していたことにある。検察はこれを〈犯罪事実の現認がなかった〉とみなした。ゆえに保護責任者遺棄罪に問えないものとされる」
 
ホ、ゴ、セ、キ、ニ、ン……と言いながら、黒板に粉を散らせて書き込んでいく。守る義務のある人物を命に係わる危険な場所に放置する、という意味で、真夏のクルマに赤ん坊を置いてパチンコを打ってたようなバカ親がよく付けられる罪状だ。
 
有罪ならば三ヵ月以上五年以下の懲役と昔から決まってる。これに致死が加わると三年以上の懲役になるが――。
 
班長が言う。「待ってください。それはまあ、わかりますよ。別におれ達のミスじゃない」
 
「そうだよ。なんせマルキュウ自身が殺人予知者で、自分で予知して変えたってんじゃしょうがねえ」
 
と隊長が言った。この人もまるで江戸前落語みたいなべらんめえだよな。
 
どうやら奈緒の考え通り森田友希少年は殺人予知者であるらしいというのは、おれ達は既に聞いていた。「精密な検査はまだこれからだが、ただしこれは誰にも言うな。マスコミなんかに抜かれたら世間の声がどうなるか。裁判にも影響しかねないから」とも。
 
そう聞かされていたけれど、その裁判ももうないのか?
 
また班長が、「どのみち殺人未遂に問えない。遺棄でもせいぜい半年だってのはわかってました。でも釈放なんですか? まるっきりの無罪放免?」
 
「そうだ。虐待に関しても〈それにあたるか難しい〉という判断でな」
 
「そんなバカな話がありますか? どう見てもあれは虐待でしょう。証拠は歴然としているじゃないですか!」
 
「そうだよ、普通に考えたらな。でも決めるのは裁判員だぞ。予知が絡んじまった以上、裁判員裁判でやるしかないんだ。毎日毎日いいかげんなドラマ見てる一般人にこんな事件をどう理解させるんだ。システムなんてただでさえ信頼されてないってえのに、子供は自分で抜け出したって結末だ。裁判員の中には必ずひとりやふたりいるぞ。『私も子供を檻に入れたいと思ったことがある』だとか、『子供の頃に自分も親に物置に押し込められたことがある』とか言うのが」
 
「そんなのとは話が違う」
 
「それがわかる人間とわからねえ人間がいるんだよ。裁判員席なんかに座ると人間が変わっちまう人間もな!」
 
「それは……そうかもしれませんけど……」
 
「ちっ」
 
隊長は持ったチョークを指で潰して粉にしちまいそうに見てから、チョーク受けに放り出した。
 
「デカさん達も怒っていたよ。検事からいっそ子供が死んでくれた方が良かったみたいに言われたってな。それなら起訴ができるからとさ」
 
おれ達は言葉もなくしばらくその場に立ち尽くしていた。おれは隊長が黒板に書いた文字をいくつか追ってみた。
 
犯罪事実の現認。そうだ。未来予知による出動で被疑者を拘束するのには、犯行の現場を押さえなければならない。コート・イン・ジ・アクト――それがおれ達に常に課せられる制約であり、達さなければならない責務だ。
 
あの月曜の場合には子供の保護が任務だった。捕まえるにも親は居ないとわかっていた――いや正確に言うならば〈おそらく不在〉と見込まれていた。だがやはり、おれ達としては犯罪事実を確かめなければならなかった。
 
あの場合には二段ベッドだ。子供が中に閉じ込められて救け出さねば死ぬばかりとなっているのを確認せねばならなかったのだ。
 
それができれば罪に問える。後は刑事と検察官に任せられる。そのままいけば確実に子供が死んでいたかどうかは法廷が問うことじゃない。争われるのは、その可能性のあることが行われたという事実だ。
 
その点においておれ達は、あの月曜は失敗した。虐待された子供自身が能力者で、自分で自分の死を予知して抜け出していたというのでは、これはどうにもしょうがない。おれ達のミスということにはならない。
 
ならないが、しかしそれでは被疑者の起訴はできないのだ。ゆえに釈放されてしまう。
 
迂闊だった。それでも今回、あれだけの虐待の証拠があったのだから、充分に立件できるはずだとおれ達は考えてしまっていた。
 
だって縄の檻、エアガンの傷だ。それだけ見たって虐待の事実は明らかじゃないか――とおれ達は言い合って、事実現認は果たしたつもりでいたのだ。
 
だが、どうやら甘かったらしい。検事が別の見方をすることもあるのを忘れていた――特に虐待などという、裁判員の振り子ひとつで変わりかねない案件では。
 
そうだ、確かにいるだろう。裁判員の中には必ず、縄の檻やエアガンの傷、痩せ細った体とそして小学校に登校させてなかった事実――そうしたものは見ざる聞かざる、心に受け入れようとせず、あの整理整頓された子供部屋の写真だけ見て「これだ」と言う者が。
 
ああ素晴らしい、これだよこれ。私も子供が部屋を汚すたび叱ったもんだが、ウチの子ときたらどれだけ言っても聞きゃしなかった。だがこれなら汚せない。オモチャもみんな未使用箱入り新品のままだ。私もこうするべきだった。これが正しい育て方だ!
 
そう叫んで後はもう、他の者が何を言おうと決して聞かなくなる者が。
 
それが人間というものなのだ。人が三人も集まればうちひとりは必ずいる。アビス(深淵)を覗いて中に落ち闇に心を盗(と)られる者が。
 
法廷という空間は、普段は内に潜ませている人の本性を剥き出しにする。そして検事や裁判官の中にさえ、そんな怪物が混じってるのだ。
 
「子供はどうなるんです? まさかあの子を虐待の親に返すんですか?」
 
零子が言うと隊長は、
 
「そりゃあ別の問題だ。これから決めることだろうよ」
 
「決めるって誰が! 裁判所ですか?」
 
「わからないが、最終的にそういうことになるんじゃないか。大抵は家裁でやるかなんか……」
 
「家裁なんて、ほとんど親に返しちゃうんじゃないんですか?」
 
「そう、かもしれんなあ。たぶん……」
 
「たぶんって、そんな」
 
「おれに言うなよ」
 
「あの子は予知者なんですよね。だったら大人になるまでは島か何かに住む必要があるでしょう」
 
「そうだが、親が手離すかどうかだ。法律で離島に送ると決まってるわけでもないからな」
 
「何言ってんです。能力者の子供を陸(おか)で育てるなんて、それ自体が虐待でしょう!」
 
「だから、おれに言うなってんだ!」
 
「親達は知ってるんですか。トモノリ君が能力者かもしれないってこと」