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コート・イン・ジ・アクト4 あした天気にしておくれ

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殺人予知者の発生プロセスについてはまだ解明されていないが、〈ウイルスが介在する〉との説がある。科学的な根拠はなく、仮説に過ぎないものではあるが、それによると現在の地球に生きるすべての人がそのウイルスに感染していて、誰でもある日突然に殺人予知能力を発現させる可能性があることになる。

そうならないのは能力の発現率がごく低いからだが、人がこの川崎の事件のように命に係わる異常な境遇に置かれた場合、能力を現す率がいくらか高まる見込みがあるとは早くから言われていた。

つまり、自分で自分の不慮の死を予知し、自分で防いで能力者デビューという例が結構あるわけだ。この一件もそれであるなら、奈緒の予知が外れた理由がスンナリと説明できる。

『少年が自分で檻を抜け出したのは〈力〉に目覚めたからではないか』という奈緒の考えはすぐ病院に伝えられ、検査が依頼されることになった。

その虐待で死ぬはずだった少年の名は森田友希(もりたとものり)。六歳。小学一年生。ただし体は四歳児程度の発育状態で、学校には一度も登校していなかった。

この事件はマスコミが大きく取り上げるところとなった。児童虐待致死自体は珍しくもなんともない。年五十件、ほぼ週一で起きている。にもかかわらず世の関心を引いたのは、ひとつに彼が助かったことがあるだろう。〈致死〉にならない〈致死事件〉がニュースになるとは皮肉な話で、普通は殺急がしくじる方が叩かれることになるのだが、それを嘆いてもしょうがない。

だが何よりも、マスコミが食いついたのはあの〈檻〉だ。二段ベッドにロープを張って子を閉じ込める檻にする。逃げられない中の我が子をエアガンで撃つ。そして保護されたとき、裸の体に巻きつけていた銀色シート……。

画的なインパクトの点で、これらはダイナマイトだった。現場は傘の花園となった。あのマンションの八階からカメラはそれを収めていった。

使われたのと同型の全自動エアガンがアルミの缶をズタズタに引き裂いていく映像が、スタジオの恐怖の声とともに流された。あのおばちゃんが子供を見つけたときのようすが、3D‐CGアニメで再現された。視聴者の怒りと同情を集めるのに、これ以上の素材はほとんど考えられなかった。

少年の親はすぐニンドウ(任意同行)で引っ張られ、マンションにはガサ(家宅捜索)がドカドカと入れられていった。だが川崎の所轄署が、こちらに捜査の状況を教えてくれるわけがない。事件の概要はおれ達厚木の殺人課も、テレビのニュースで知ることになった。

少年が死ぬはずだった直接の原因はやはり、零子が言った〈毛布〉だった。洗濯のためにそれが剥ぎ取られたこと――そしてもうひとつ、まあおれ達も見るのには見ていたのだが、〈換気扇〉だ。

森田夫妻はあの日の前の土日の間、泊りがけで九州へ――そちらは晴れていたというから憎たらしいが――遊びに行っていたという。クタクタになって帰ってみると、子供部屋にひどい悪臭がこもっていた。二段ベッドの檻の中で用を足させるため入れていたおまるが一杯になっていたのだ。

でも疲れたから、その晩は、夫妻はそのまま寝てしまった。朝になって妻は夫を送り出し、子供を檻から出して水をぶっかけた。おまるの中身をトイレに流し、容器をタイルの上で洗った。

ユニットバスというものは、誰かがこの女のために発明したに違いない。それから毛布を洗濯機に突っ込んで、子供を元の檻に戻した。

〈縄の檻〉の口を閉じるのは、とても面倒な作業である。チマチマとやって終えたところで、代わりの毛布を入れるのを忘れていたことに気づいた。そこでペラペラの銀色シートを、『これでも被っていろ』と言って格子に差し入れ、部屋の臭気を追い払うため芳香剤を振りまいて換気扇のスイッチを入れた。

部屋を閉め切りにしておくためにわざわざ壁に取り付けたものだ。窓は完全に塞いであり、代わりに簡易ソーラーパネルが外に向かって張られていた。その上に動物模様のカーテンを下げて覆い隠し、他人に見せるわけでもないのに理想の子供部屋のような上辺(うわべ)が維持されている。

この辺りの心理は理解し難いが、換気扇の電力もそのパネルから得ていたようだ。家庭用簡易型としては大型サイズが何枚もだから、バッテリーは常にフル充電状態であり、雨の日でも換気扇はターボジェットエンジンのようにギュンギュンまわった。それを見てミセス森田は『ウンこれでヨシ』と頷いて、カルチャースクールに出掛けていった。アタシはもう夕方まで帰りません。

そして部屋は冷えていった。わずかに残った暖かい空気は上に昇って換気扇から吸い出され、雨で湿った冷たい空気がペラペラのフィルム一枚きりの少年の体温を奪っていった。

そして前田奈緒により、彼の死が予知されることになったのだ。