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コート・イン・ジ・アクト4 あした天気にしておくれ

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07


 
殺人予知者の発生プロセスについてはまだ解明されていないが、〈ウイルスが介在する〉との説がある。科学的な根拠はなく仮説に過ぎないものであるが、それによると現在の地球に生きるすべての人がそのウイルスに感染していて、誰でもある日突然に殺人予知能力を発現させる可能性があることになる。
 
そうならないのは能力の発現率がごく低いからだが、人がこの川崎の事件のように命に係わる異常な境遇に置かれた場合、能力を現す率がいくらか高まる見込みがあるとは早くから言われていた。
 
つまり自分で自分の不慮の死を予知し、自分で防いで能力者デビューという例が結構あるわけだ。この一件もそれであるなら、奈緒の予知が外れた理由がスンナリと説明できる。
 
少年が自分で檻を抜け出したのは〈力〉に目覚めたからではないか、という奈緒の考えはすぐ病院に伝えられ、検査が依頼されることになった。
 
その虐待で死ぬはずだった少年の名は森田友希(もりたとものり)。六歳。小学一年生。ただし体は四歳児程度の発育状態で、学校には一度も登校していなかった。
 
この事件はマスコミが大きく取り上げるところとなった。児童虐待致死自体は珍しくもなんともない。年五十件、ほぼ週一で起きている。にもかかわらず世の関心を引いたのは、ひとつに彼が助かったことがあるだろう。致死にならない致死事件がニュースになるとは皮肉な話で、普通は殺急がしくじる方が叩かれることになるのだが、それを嘆いてもしょうがない。
 
だが何よりもマスコミが食いついたのはあの〈檻〉だ。二段ベッドを網で括って子を閉じ込める檻にする。逃げられない中の我が子をエアガンで撃つ。そして保護された時、裸の体に巻きつけていた銀色シート……。
 
画的なインパクトの点で、これらはダイナマイトだった。現場は傘の花園となった。あのマンションの八階からカメラはそれを収めていった。
 
使われたのと同型の全自動エアガンがアルミの缶をズタズタに引き裂いていく映像が、スタジオの恐怖の声とともに流された。あのおばちゃんが子供を見つけた時のようすが3D‐CGアニメで再現された。視聴者の怒りと同情を集めるのに、これ以上の素材はほとんど考えられなかった。
 
少年の親はすぐニンドウで引っ張られ、マンションにはガサがドカドカと入れられていった。だが川崎の所轄署がこちらに捜査の状況を教えてくれるわけがない。事件の概要はおれ達厚木の殺人課もテレビのニュースで知ることになった。
 
少年が死ぬはずだった直接の原因はやはり、零子が言った毛布だった。洗濯のためにそれが剥ぎ取られたこと――そしてもうひとつ、まあおれ達も見るのには見ていたのだが、換気扇だ。
 
森田夫妻はあの日の前の土日の間、泊りがけで九州へ――そちらは晴れていたというから憎たらしいが――遊びに行っていたという。クタクタになって帰ってみると、子供部屋にひどい悪臭がこもっていた。二段ベッドの檻の中で用を足させるため入れていたおまるが一杯になっていたのだ。
 
でも疲れたからその晩は夫妻はそのまま寝てしまった。朝になって妻は夫を送り出し、子供を檻から出して水をぶっかけた。おまるの中身をトイレに流し、容器をタイルの上で洗った。
 
ユニットバスというものは、誰かがこの女のために発明したに違いない。それから毛布を洗濯機に突っ込んで、子供を元の檻に戻した。
 
〈縄の檻〉の口を閉じるのは、とても面倒な作業である。チマチマとやって終えたところで、代わりの毛布を入れるのを忘れていたことに気づいた。そこでペラペラの銀色シートを「これでも被っていろ」と言って格子に差し入れ、部屋の臭気を追い払うため芳香剤を振りまいて換気扇のスイッチを入れた。
 
部屋を閉め切りにしておくためにわざわざ壁に取り付けたものだ。窓は完全に塞いであり、代わりに簡易ソーラーパネルが外に向かって張られていた。その上に動物模様のカーテンを下げて覆い隠し、他人に見せるわけでもないのに理想の子供部屋のような上辺が維持されている。
 
この辺りの心理は理解し難いが、換気扇の電力もそのパネルから得ていたようだ。家庭用簡易型としては大型サイズが何枚もだから、バッテリーは常にフル充電状態であり、雨の日でも換気扇はターボジェットエンジンのようにギュンギュンまわった。それを見てミセス森田は「ウンこれで良し」と頷いて、カルチャースクールに出掛けていった。あたしはもう夕方まで帰りません。
 
そして部屋は冷えていった。わずかに残った暖かい空気は上に昇って換気扇から吸い出され、雨で湿った冷たい空気がペラペラのフィルム一枚きりの少年の体温を奪っていった。
 
そして前田奈緒により、彼の死が予知されることになったのだ。
 
零子が疑問に思ったという例の噂についての謎も、なんなく解かれることになった。マスコミの取材陣は虐待を始める前の夫妻を知る人物を何人も見つけて話を聞き出していた。たとえばこんな話が取れた。
 
「あの二段ベッドはね、トモノリ君が生まれる前からあったのよね。よく考えずに買ったら邪魔でしょうがなかったって。でも絶対子供がふたり欲しくって、それも最初は女の子、次は男の子だとか言って――でも友希君、男でしょ。あれはもともと女の名前でユキと読むはずだったのよ(まあいろんな親いるしねえ。今から『末は高級官僚医者弁護士』とか、『ウチは巨人の星だ』とか。年子で生まれた男の方に女の子の服着せて、女に男の格好させてた親まで見たことあるから、その時はそれほど変にも思わなかったけど)。でもそれでも、最初はかわいがってたわよね。だんだんおかしくなってきたのはトモノリ君が反抗期になる頃かな」
 
――と、このうちカッコの中はニュースではカットされていたけれど、ちょいと別の情報筋から伝わってきたお話だ。
 
ヤンチャな時期に入った息子に親は手を焼き始めた。ベッドを檻にしようとするのはその頃始まったことらしい。最初は毛糸でやってみたけどそんなのすぐ抜け出してしまう。片側をガッチリ塞いで「これでどうだ」と思ったら意外な力でベッドをずらして後ろの壁との隙間を広げて這い出してしまう。まったく要らない知恵をつけちゃって困っちゃうわ。
 
要らない知恵をつけているのはどっちだよ――聞いた誰もがそう思った。しかし夫妻は最初のうちは、どうやら笑って人に話していたらしい。「あの子のためを思ってやってることなのに中でお漏らしなんかするのよ」などと。
 
そんなこと、当たり前田のクラッカーだろ――そう思っても、その頃には怖くてとてもクラッカーとか口に出せる者はなかった。人はだんだん夫妻を避けるようになり、「あの家はあの家は」と陰で噂するようになった。
 
そのうち子供部屋の窓にソーラーパネルが張り巡らされた。今どき窓にそんなのがあるのは別に珍しいことではない。通りすがりに見上げても奇異に思う者はないだろう。
 
けれどもそれが子供部屋だと知る者には、これは不気味な眺めだった。あの八階の閉ざされた部屋で何がエスカレートしているのか……。
 
あのおばちゃんが噂を聞いていても当然だったのだ。