コート・イン・ジ・アクト
04
その昔、未来はバラ色に光り輝いていたという。家に〈三種の神器〉が揃い、お兄ちゃんと妹がチャンネル争いをしていた頃だ。リモコンじゃなく、なんかグリグリとまわすやつ。ボクはロボットアニメを見るんだ。アタシは魔女っ子アニメを見るの。凄いぞ、これが未来の世界だ!
なんてなことを言っていたのが昭和という時代とか。次の平成の世になって、人は電話を手に持ち歩き、なんでもかんでも12センチのディスクに記録するようになった。だいたい、その辺りから世の中なんにも変わってないような気がするのはおれだけだろうか。なんかいろいろ第二第三第四世代となってくだけだ。クルマは空を飛ばないし、家にロボットの友達はいないし……。
そうしておれは、今ジーンズにMA-1ジャケットと、コンバースのオールスターで零子と一緒に歩いている。
着いたところは病院だ。大きな病院はどこでもそうだが、ほとんど要塞じみている。おれが秋山美紀(みき)を見舞いに来たのは二度目だが、前のときにこの迷宮のどこにいたのかまるで思い出せなかった。何度も来ているらしい零子について行くしかない。
正直、気乗りはしなかった。この前の見舞いのときはまだひどい有様で、親にペコペコされただけ。本人にはちょっと挨拶しただけだった。零子が言うにはその頃より落ち着いたとの話だが、男のおれが会って見舞いになるのかどうか。
『落ち着いた』――それが地獄の始まりだ。本当に正常な暮らしに戻れる犯罪被害者などいない。肉体的精神的に、死ぬまで後遺症に苦しむだろう。男という男がすべて怖くなるのが当然だ。
監禁被害者となる女性の中には、犯人の子を宿す者もいる。不妊になる者もいれば、クスリ漬けにされタバコや焼いた鉄の棒で刻印を押され、顔を切られて口裂け女になる者までいる。再び社会に出て行けずに自殺するのも少なくない。
マスコミには『女の側に非があった』と書き立てられ、『本当の被害者は男の方だ』と言う〈識者〉の餌食にされる。そうして〈本当の被害者〉さんは、刑務所で、世の中の真に理性ある女性達から『結婚して』と書いた手紙を送られるのだ。
「こんにちは。具合はどうですか?」
訪ねることは前もって知らせてあったらしい。零子の声に、秋山美紀は待ってた顔で頷いた。
ベッドに半身起こしている。個室で、彼女はひとりきり。
「えっと、どうも」
おれは言った。零子に『それだけかよ』という眼でジロリと睨まれた。
「すみません、どうもありがとうございます」
と彼女は言う。あらためて見て、ずいぶんきれいな人だな、と思った。監禁野郎に狙われるくらいだから当然かもしれないが、化粧っ気のない顔を見ても人形みたいに目が大きい。その眼で自分だけ見つめてほしいと思う男がいるのもわかる気がする。
彼女、じっとおれを見ている。
「ええと……」
おれは目をそらした。窓の景色は殺風景このうえない。建ち並んだ病棟が渡り廊下で繋がってるのが見えるばかりだ。
「そんなとこに突っ立ってんなよ」
零子に腕を掴まれた。彼女の方に引いていかれる。
「お、おい、ちょっと」
抵抗するのもどうかと思って、されるがままにしていたら、なんとなんと彼女のすぐ枕元に立たされちまった。このバカ女何考えてる――そう思って零子の手を振りほどこうとしたところに、別の方からもう一本の手が伸びて、おれの手に触れてきた。
「え?」
と言った。秋山美紀がおれの手に触ってる。ビックリして彼女を見ると、やたらと大きな瞳がこちらを見上げていた。
いかん、と思った。こっちだったか。いや、こういうのがいるというのは、知っているには知ってたけれど、しかしまさか――。
見ると、零子がニヤニヤしている。ハメられた、とおれは気づいた。この女知ってやがったな!
おれは口をパクパクさせて、声なき声で零子に叫んだ。テメエ後で覚えてろ! 絶対にギッタギタにしてやるからな!
彼女に手を引かれるのと、零子に背中を押されるのがまったく同時だ。おれはもうデク人形。彼女はおれに身をもたせかけてきた。
「ごめんなさい」彼女は言った。「少しだけ、こうさせて……」
「つーわけだから、よろしくね」
零子は笑って病室を出て行こうとする。やめてくれ、とおれは必死に眼で訴えた。相棒だろ、おれを置いてかないでくれ。
零子は振り向き、
「あ、それからね、ツカサ」と言った。「言っとくけど、変な気は起こすなよ」
作品名:コート・イン・ジ・アクト 作家名:島田信之