コート・イン・ジ・アクト
03
隊長に呼ばれた。
「宮本司(みやもとつかさ)巡査です」
おれの名前だ。起立して言うと隊長は、
「先日の監禁の件だ。『抵抗すると殺す』と言ったそうだが、本当か?」
「言っちゃいけないんですか?」
「いけなくないさ。だが気をつけろ。平山行夫の弁護士に西岡康夫(にしおかやすお)がついた」
「ええと」
それって誰でしたっけ、と言いかけたところに、零子が横で、
「あの大物弁護士ですか?」
思い出した。「ああなるほど。それじゃ、なんて言いましたっけ、ヒマラヤ雪男(ユキオ)?」
「平山行夫」
「あれの親ってのは、資産家ですか」
おれは言った。あの女性監禁野郎、無職のくせに一軒家を借りて住んでいたのだから不思議じゃないと思いながら。
隊長は言う。「なんでも鹿児島だか広島だか、江ノ島だかに山を持ってるそうだよ。それとも、島を持ってんだったか。なんだっていいだろ、どうせ西岡のもんになるんだ」
「ははあ」
と言った。西岡康雄弁護士と言えば、未来殺人罪廃止運動の看板役者だ。この関係の弁護士にロクなのはいないが、中でも最悪の吸血弁護士と言っていい。
殺人課の世話になるような人間のクズには、金持ちのドラ息子がやっぱり多い。するとこんなのが親に近づき、どうぞワタシにお任せください、必ずや裁判を長引かせるだけ長引かせ、その間にお宅の財産根こそぎ吸い取ってあげましょう――いやもちろんそんな本音は言わないのだが、マトモな親は最初から子を鬼畜には育てない。
『さすが弁護士はテレビ通りだ。先生自身は実費のみで一円たりとも取らないなんて』
と見事に信じ込んじまうって寸法だ。まあ予知など関係なく、昭和・平成の昔からよくある話ではあろう。
「けど『気をつけろ』って、何をです?」
「なんでもだよ。知らねえやつにどっかで話しかけられても、間違っても『オレは殺人課だ』とか、『あいつはオレが捕まえた』とか言うな。『ホントは殺してやりたかった』とかな。どんな面倒なことになるかわからねえってわかるだろ?」
「はあ」と言った。「やっぱり殺っときゃよかった」
「なんか言ったか?」
「いいえ別に。他に何かありますか?」
「ないよ。退出したまえ」
隊長室を出た。同時に待機任務も終わり。おれ達はこれから非番になる。おれと零子の勤務日程は同じだった。
「西岡康雄か」と零子が言う。「これからどうなるのかしら」
「さあな。おれらにゃ関係ないだろ」
未来殺人弁護士のやることなんて決まってる。被告人の弁護なんかそっちのけで、『予知能力者をひとり残らず離島に送れ』と支援グループに叫ばせるだけだ。システム廃止はそれ以外に方法がないが、そんなことできるわけがない。それがわからない狂人が百万人集まったってゼロと同じだ。おれや零子に火が飛んでくるとは思えなかった。
「そうね」と零子。「ねえツカサ。今日、これからヒマ? 付き合ってくれない?」
腕を絡めてきた。
「なんだよ」
「こないだの被害者、秋山(あきやま)さんのところ――お見舞いに行くの」
作品名:コート・イン・ジ・アクト 作家名:島田信之