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黒いチューリップ 12

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 黒川拓磨は教室の前にいた何人かの男子生徒たちに顎をしゃくって見せると、その顎を次に久美子へ向かって突き出す。担任教師を担いで教室へ連れて行けという合図らしい。「早くしろ」
 数人の男子生徒が向かってくる。先頭は片手にロウソクを持った板垣順平だった。黒川拓磨の言葉に反応して走り出した。
 逃げないと。そう分かっていても久美子が出来たのは、その場に弱々しく立ち上がることだけだった。
 
   85
 
 「くそっ。め、目が--」高木教頭の視界はハッキリしない。その時だ、自分の前を走り過ぎようとする何者かに気づく。あの黒川の小僧じゃないのか? その足に高木教頭は咄嗟に飛びついた。だが、逆に膝蹴りを顔面に食らってしまう。勢いで首は曲がり、また床に頭から落ちた。気を失う。高木教頭のリターン・マッチは輪島功一のようにはならなかった。 

   86

 教頭に飛びつかれた板垣順平は前のめりに勢い良く倒れた。強く床に手をついた衝撃で右手に持っていたロウソクが二つに折れる。火のついた部分が床を転がり、黒川拓磨の足元まで届く。こぼれたガソリンに引火して、一気に炎が立ち上がった。
 目の前で黒川拓磨が炎に包まれる。「きゃーっ」加納久美子は叫び声を上げた。と、同時に廊下の壁に退いた。
 近くにあった消火器に手を伸ばそうとしたが、黒川拓磨が動いて立ちはだかる。
 どうして? 逃げようとしているんじゃなくて、火を消そうとしているのに。
 相変わらず生徒はペニスを向けたままだ。まだ勃起している。「そんな……」こんな状況でも性欲を失わない異常さに驚愕。
 まわりが一気に熱くなった。
 えっ。笑っている。いやっ、違う。炎に焼かれて顔が変形しているのだった。すぐ横でトレンチコートの男も燃えていたが、黒川拓磨の燃え方は異常なほど激しい。紙細工の人形だったのかと思えるほどだ。その目も鼻も口も形が崩れて顔から表情が消えた。どんどん炎が彼の身体を黒く蝕んでいく。恐ろしかった。
 断末魔なのか、黒川拓磨の体が小刻みに震え出す。だが勃起したペニスは萎むどころか逆に大きさを増す。一体、どういうこと。驚きの目で見ていると、いきなり白い精液が噴き出した。避ける間もなかった。大半が久美子のスカートまで飛んできた。
 男の体液で汚れた自分の衣服に注意が向く。目を離した瞬間だ、砂の袋が落ちるような音がした。正面に立っていた黒川拓磨の姿が消えた。
 久美子は首を左右に振って、辺りを窺う。燃えているトレンチコートの男の他には誰もいなかった。黒川拓磨がいた場所に、小さな黒い灰の山が出来ていた。まさか、あいつの燃え尽きた姿がこれなの。
 加納久美子は急いで非常ベルを押し、そして消火器を取った。レバーを握って白い泡を噴射させた。まずトレンチコートの男の火を消す。それから回りを消火させていった。
 黒川拓磨、あれは人間じゃなかった。一体、何者なの。
 火が消えて回りが白い薬剤だらけになると、一気に身体から力が抜けていく。これは後の掃除が大変だ。自分がしなきゃならないのかしら。ああ、気が重い。
 疲れた。もう動けない。非常ベルの音だけが、けたたましく校舎中に鳴り響いていた。うるさくてかなわない。早く誰かに来て欲しいが、一刻も早く静かになって欲しかった。その場に加納久美子は腰を落とそうとした。えっ、何これ?
 自分のスカートから蒸気みたいな煙が立ち上がっていることに気づく。「あ、あっ」黒川拓磨の精液だった。あいつの体液が驚いたことにスカートの生地を溶かして移動している。久美子の下腹部を目指しているんだった。
 急いでスカートを脱いだ。廊下の向こうへ投げ捨ててやった。露わになった下半身にはヘリー・ハンセンのウインド・ブレーカーを巻き付けた。なんて奴なの、あいつは。なんて恐ろしい。
 何故だが分からないが、また身体が震え始める。途端に悲しみが込み上げてきた。加納久美子は廊下の壁に寄りかかり、口を手で押さえながら嗚咽を洩らした。

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「う……」意識が戻ると波多野は激しく咳き込んだ。「ごほっ、ごほっ」
 家の玄関にいた。どうして、こんなところに? 自分の身に何が起きたのか分からなかった。息子の孝行が真横で倒れていた。思わず声を掛ける。「おい」
 返事はなかった。寝息を立てながら眠っていた。
 体全体が酷く痛む。特に首の回りがヒリヒリと痛んだ。そこに手をやった時、やっと状況が理解できた。
 助かったらしい。死ななかった。操られていた息子は呪縛が解けたのに違いなかった。いつもの見慣れた寝顔だ。起こして部屋まで連れて行ってやりたいと思ったが、体に力が入らない。酷く疲れていた。せめて毛布でも掛けてやりたいが……。
 強い眠気が襲ってきた。だめだ。しなければならない事がたくさんある。まず立ち上がって--。くそっ、体を動かせない。波多野は逆らえずに目を閉じるしかなかった。一瞬、加納先生のことを思い出す。大変だ、連絡しないと--。そこで意識を失った。

   88  一ヵ月後 1999年 4月 新学期
   
 「遅っせえな、こん畜生」少年は癇癪を起こしたいところを堪えて、小声で悪態をつくだけにした。「何をやってんだろう、あのバカは」
 人が行き交う五井駅西口の真ん前だった。知った人間が近くにいないとも限らない。しかめっ面で汚い言葉を使うのを見られて、誰からも好かれる優等生という評判にキズがついてはマズかった。せっかく順調に滑り出したビジネスがやり難くなる。
 素直で勉強が出来る少年という印象が人の心に植え付くように努力してきた。必ず目上の人には挨拶をする。無視されても続けた。扱い易い少年と思って誰もが気を許して接してくれたら、こっちの思う壺だ。
 あれっ、このガキ、なかなか狡賢いぞ。
 そう気づいた時は、もう手遅れ。弱みを握って、相手を意のままに操れる立場に立っている。こっちは一枚も二枚も上手だ。オレは誰にも指図されたりしない。指図するのは、このオレだ。 
 四十分も前から駅の西口ロータリーで父親の帰りを待っていた。
コンビニが店先で流し続ける『団子三兄弟』の曲が耳障りでならなかった。もう二度と食ってやるもんか、という団子に対する嫌悪感すら芽生えてくる。しつこいんだよ、同じ歌ばっかり聞かせやがってよ。
 携帯電話をポケットから出して見ると午後二時前だ。三時までは父親を絶対に家に入れることはできない。だから約一時間はカトーヨーカドーで買い物させたり、ラオックスでパソコンのカタログを貰いに付き合わせたりで、なんとしてでも時間を潰さなくてはならなかった。
 父親が会社から自宅に電話を掛けてきたのが昼前だ。少年が受話器を取った。もしかして約束した人物が予定を変更するのかな、と思ったからだ。
 「おい、オレだ。あれ、……お前か、学校はどうした?」
「あっ、お父さん」畜生、こんな時間に何で父親が電話してくるのか。何がマズいことになりそうな予感が走る。「うん。あのね、今日は緊急の職員会議があるとかで午前中で終わったんだよ。それよりさ、どうしたの?」
「だったら、母さんは居るか?」
「え、……どうして?」
「どうして、じゃない。母さんと話がしたい」
作品名:黒いチューリップ 12 作家名:城山晴彦