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黒いチューリップ 11

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「では自宅で息子さんの様子を見ていて下さいませんか?」
「……」
「もし彼が学校へ向かう様子を見せたら連絡を下さい。後を付けるなりして、こちらへ向かってくれませんか」
「なるほど」
「その前に学校で何かが起きる様子がありましたら、すぐに波多野さんに電話をします」
「わかりました」
「ありがとうごさいます」
「でも加納先生、くれぐれも気をつけて下さい」
「わかりました」久美子は応えた。
 とても現実とは思えない、怪奇映画の脚本みたいな話なのに波多野刑事は聞いてくれた。馬鹿にした様子もない。本当に心配してくれているみたいだ。加納久美子は心強い味方を得た思いだった。

   71 

 あいつ、こんな所に住んでいたのか。 
 あまりに古いアパートを前にして高木教頭は驚く。
 西山明弘は乗っている車はスバルのレガシイだったし、お洒落っぽい服をそれなりに着こなしていたので、どっかのモダンなマンションにでも住んでいるのかと想像していた。安い給料で上手くやっているんだと羨ましく思った。
 しかし奴の住所欄に書かれた番地に建っていたのは、取り壊しが時間の問題であろう老朽化したアパートだった。これじゃ、きっと家賃は三万円もしそうにない。
 住むところを節約して世間体を良くしていたらしい。なんて見栄っ張りな男なんだ。呆れる。
 西山明弘が職場を無断欠勤してから一週間以上が経っていた。みんなが毎日、自分に頻りに訊いてくる。
 「西山先生から連絡はありましたか?」
「西山先生、どうしちゃったんですか?」
「西山先生、どこか具合でも悪かったんですか?」
 それらの問い掛けには、「いや、知らない。何度も電話しているけど応答がないんだ」と答えた。
 しかし心の中では、『ふざけんな。知るわけないだろう。そんなに親しくないんだから。オレは、今それどころじゃないんだ』と、怒鳴りたい気持ちだった。
 西山明弘が出勤しなくなって別に何とも思っていない。逆に、気取った目障りな奴がいなくなって清々してるくらいだ。
 たいした仕事も出来ないくせに、偉そうに威張ってやがる。たかが学年主任のくせに。
 安藤先生と加納先生の尻を追い掛け回しているだけの、薄っぺらい男だった。『とてもじゃないが、お前には無理だ。どんなに努力しても、あの二人は手が届かない高嶺の花だ』と、ハッキリと西山明弘に言ってやりたい思いに何度も駆られた。
 奴への嫌悪感は、高木自身が既婚者で、独身男性のように魅力的な女性の前でウキウキできないという不満からも強くなった。教頭としての立場もあるので、西山が安藤先生の前でする下心が丸出しの態度は絶対に取れない。
 もし結婚していなければ、自分は西山なんかよりも若い女性に対して、上手に接することが出来ると自信があった。確かに恋愛経験は少ない。いや、まったく無いと言ってもいいだろう。片思いの苦い思い出しかなかった。しかし男女の恋をテーマにした映画を観た回数は、そこらの連中には負けていないと思う。
 『男と女』、『ある愛の詩』、『愛と青春の旅立ち』、『ゴースト ニューヨークの幻』なんかだ。特に気に入っているのが、『小さな恋のメロディ』と『天国から来たチャンピオン』だった。
 将来あんな素敵な女性と恋がしたいと心を躍らせた。現実は悲惨そのものになってしまったが。
 もしも次のチャンスがあれば,その時は慎重に相手を選ぼう。誰からも紹介されたくない。自分自身で探す。その場の雰囲気に飲み込まれないで、どんな状況でも自分の好みのタイプを思い出そう。そして魅力的な女性を見つけて、デートを楽しみたかった。映画で観たシーンを自ら体験するのだ。
 西山の奴が安藤先生と付き合うのは許せない。そんな事になれば自分は落ち込んで立ち直れないだろう。世の中、そんな不公平があってはならない。 
 安藤先生から、「西山先生から食事に誘われましたけど、都合が悪くて断りました」と聞かされた時は嬉しかった。あいつがオレよりも幸せになるのは嫌だ。「彼は、いい加減なところがある。気をつけた方がいいよ」と安藤先生に忠告することは忘れなかった。
 「教頭先生、西山先生の様子を見に行かないんですか?」職員室で加納先生が訊いてきた。
「どうして?」訊き返してやった。みんなが、そう目でオレを見ていることは知っている。
「え、だって心配じゃないですか?」
「そりゃ心配している。しかし幼稚園児じゃないんだ。もう彼は立派な大人だろ。責任というものを自覚しなきゃいけない」
「でも、もし病気だったら……」
「うん、……まあな。だけど無断欠勤する前は元気そうだった。もし病気でも連絡ぐらいは出来るはずだ。わざわざ私が様子に見に行くことはないと思う」
「そうですか」
 言い方が強かった所為だろう、これで加納先生は引き下がってくれた。色々と忙しいんだ。奴の家なんかに行きたくない。時間が勿体なかった。
 思いとは反対に西山明弘のアパートまで足を運ばなくてはならなくなったのは、校長から言われたからだった。この野郎、クソ面倒な事は全部オレにやらせやがって。
 「校長、今日の午後に行こうと思っていたところですよ。帰ってきましたら、すぐに報告します」そう返事をした。
 住んでいる所は簡単に見つかった。番地を頼りに路地を車で低速にして走っていると、奴の青いレガシイが目に飛び込んできたからだ。いつも洗車してあって、新車のような輝きを放っていた。老朽化したアパートの駐車場では特に目立った。
 なんだ、あいつ家に居るんじゃないか。どうして連絡してこないんだ。わざわざオレに足を運ばせたりしやがって。
 高木は怒りを覚えながら自分の軽自動車から降りた。運転席のドアを閉めた瞬間、新たな考えが頭に浮かぶ。待てよ、ひょっとして奴は死んでいるのか? もし死んでいるとしたら、きっと自殺だろう。
 もう勘弁してくれ。そんな場面に立ち会うのは嫌だ。佐野隼人に続いて、これで二度目じゃないか。今度は第一発見者だぞ。えらい事になる。高木将人は同僚の死を心配するよりも、面倒に巻き込まれることが嫌だった。
 しかし、ここまで来たんだ。奴の部屋まで行ってみるしかない。諦めの心境で、錆ついた階段に足を掛けた。「おっと」慌てて手摺を掴んだ。三段目ぐらいのところで、グラッと揺れたのだ。どっかのボルトでも外れているんだ、きっと。
 ひえーっ。おっかねえ階段だ、これは。いつ倒れても不思議じゃない。とてもじゃないが、こんなところにオレは住めない。
 階段を上がった正面の部屋は204号室だった。奴の部屋は201で、つまり奥の角部屋がそうらしい。高木は一刻も早く立ち去りたい気分で足を進めた。歩くだけでミシミシと音をたてる建物だ。
 奴も結構、金には苦労してたんだな。高木の西山に対する嫌悪感が少し和らぐ。
 「西山くん」戸を叩きながら名前を呼んだ。
「西山くん」もう一度。応答を待つ。でも部屋の中から物音がしてこない。 
 留守か? 近所にタバコでも買いに行ったのかもしれない。それなら--いや、違う。奴は喫煙しなかった。
「西山くん、高木だ」
 静寂。
作品名:黒いチューリップ 11 作家名:城山晴彦