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黒いチューリップ 11

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「……」高木教頭が息苦しそうに呼吸をし始めた。額に汗も浮かんでいる。苦悩しているのが明らかだ。
「お願いします。教えてください」
「頼む。……よく覚えていないんだ」声が小さい。下を向いて、まるで母親に叱られた少年みたいだ。
「思い出してくれないと困ります」久美子は容赦しない。
「きみは私を、そんなに苦しめたいのか」
「違います。教えてくれないと大変なことになりそうだからです」
「何だって」
「あの鏡で木村優子は命を落としました」
「えっ」
「黒川拓磨と関係がありそうなんです」
「なんで知っているんだ? そんなことまで」
「土曜日に木村さんの御主人と話をしてきました。彼女は平郡中学で英語教師をしていて、黒川拓磨の担任だったんです」
「まさか」
「十三日の土曜日に、この君津南中学でも何か事件が起こるかもしれません」
「十三日の土曜日だって?」
「はい」
「これ以上は、……もう」
「そうです」もう手に負えないほど沢山あり過ぎた。
「……」
「教頭先生、教えてください。その鏡はどこから手に入れたんですか?」
「加納先生」
「はい」
「今日は勘弁してくれ。気分が悪いんだ」
「では、いつなら?」
「一日、二日でいいから、待ってくれ。連絡を取らなければならない奴もいるんだ。なんとか思い出すから」
「どうして?」
「こっちにも事情がある」
「急いで下さらないと」
「わかってる、わかったから」
「……」
 加納久美子は半信半疑だった。待ったとして、教頭先生が本当のことを話してくれるとは信じ難い。すごく怯えていた。なぜ? 
 あの調子なら時間を掛けて、話を誤魔化す口実を考え出すかもしれない。その鏡が相当な曰く付きだということだけは分かった。果たして桜井弘氏が言った通りに、それを手にすれば黒川拓磨の正体を暴くことができるのだろうか。

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 「ところで、お前」女が黒川拓磨に訊いた。「どうなっているんだい、あの忌々しい鏡は?」
「心配ない。今のところ思った通りに事が進んでいる。三月十三日までには片づくと思う」
「そりゃいい。あたしも少しは役に立ったのかい?」
「もちろん」
「よかった。あれが無くなりゃ、お前が恐れるモノは何もない」
「手に入ったら、すぐにオレが自分で始末する」
「そうしな。平郡中学じゃ、そのまま残して失敗したんだから」
「まさか熱で割れずに残ったなんて……。信じられなかった」
「それだけ厄介な代物なのさ」
「今度は間違いなく、この手で破壊してやるぜ」
「そしたら誰も、もう黒川拓磨を止めることは出来ない。あはは」
「もう、やりたい放題さ。三月十三日が楽しみだ」
「その日は、あたしも後から行くよ。上手く行ったかどうか見届けたいから」
「大丈夫さ。でも好きにしてくれたらいい」黒川拓磨は笑みを浮かべながら言った。

   69 

 高木将人は加納久美子にウソをついた。連絡を取らなければならない奴なんて一人もいなかった。もう誰もいないんだ。あの女に本当のことなんか口が裂けても言えるか。なにも知らないくせに。
 中学二年の頃、高木将人は東京の高円寺に住んでいた。初夏を感じさせる暑い日曜日だった、仲間四人と一緒に胆試しの目的で薄気味悪い空き家に入って行く。好奇心いっぱいで、何の恐れもなかった。真鍮みたいにスクラップ屋に売れる金属があれば、盗んでやろうという気だ。敷地内には、背中に黄色い線の入った見たこともない、ハエみたいな黒い虫が何匹も飛んでいた。
 「なんか気持ち悪いな」仲間の一人が言った。みんな同じ思いだったはずだ。だけど、引き返そうぜと弱気を口にする奴はいない。五人いれば怖いもの知らず。さっさと金目のモノを見つけて、ずらかろうという気だ。
 「何だろう、この虫は。誰か知ってるか?」
「そんなこと、どうでもいい」
「でも目が赤くて、黄色いラインが背中に入った虫なんて珍しくないか?」
「うるさい、もう黙ってろ。構うなって」
 家の横に小さな蔵みたいなのがあって、そこで虹色に輝く鏡を見つけた。日本語じゃない不思議な文字が所々に書かれていて、異様な感じがした。珍しくて価値がありそうだ。みんなが欲しがった。しかし高木が二日後には千葉県の君津市へ引っ越すことになっていたので、餞別という意味合いで仲間が諦めてくれたのだ。嬉しかった、その時は……。
 空き家というより廃墟に近い。人が住んでいないと思っていたのが、そうじゃなかった。仲間はパニックになって逃げ出す。それ以来、お互いに連絡がつかなくなっていく。虹色に輝く鏡だけが残った。
 嫌な思い出の品となった。君津には持って行ったが押入れの奥に仕舞ってそのままにした。いつか捨てようと思っていたが、すぐに存在を忘れてしまう。
しかし何年も経って異変が起き始める。夜中に押入れから物音がするのだ。ネズミでも潜んでいるのかと思ったが、そうじゃなかった。中に入っている物を全て取り出して調べる途中で思い出す。原因は、この鏡だと直感した。早く処分した方がいい、と考えた。不気味過ぎる。持っているべきじゃない。
 盗んだモノなので、両親には知られたくない。君津高校へ通う通学路の途中で、ゴミ置き場へ黙って捨てた。これで安心。
 ところが数日して、また押入れから物音がする。原因は鏡じゃなかったらしい。もう一度、中の物を取り出して詳しく調べるしかない。その作業をしている途中で、無いはずの鏡を目にした時は心臓が飛び出すくらいに驚く。捨てたのに押入れの中に戻っていた。理解できなかった。
 もう一度、捨てに行こうかと考えたが止めた。戻ってきているのに、その逆の行為をすることはバチが当たりそうで怖かった。逆らわない方がいい。高木将人は保管し続けることにした。夜中に押入れから物音がするのは我慢するしかなかった。
 成人して教員になり、国際中学に就職した。そこで助けられた。
授業が終わって教室から出て行こうとすると、一人の女子生徒に呼び止められた。勉強のことで何か質問するのかと思ったが違った。
 「先生、処分に困っている物を持っていませんか?」
「え、なんだって」何のことが分からなかった。
「手放したいのに手放せない物を持っているでしょう?」
「さあ、……分からないけど」
「……そうですか」
「何のことだろう。あはは」
「わかりました。でも、もし心当たりがあるのでしたら、いつでも相談に乗ります」
「……」
 冗談を言われたのだろうと思って、その場を後にした。しかし女子生徒の真剣な表情が頭に残った。
 気がついたのは数日後だ。彼女は、あの虹色に輝く鏡のことを言っていたのかもしれない。どうして分かったのだろう。不思議だ、怖いくらいに。それ以後は授業中、その女子生徒の視線が耐え難いほど気になった。とうとう高木将人は自分から声を掛けた。
 「この前のことなんだけど。どういう意味で言ったのか教えてくれるかな」
「あたし霊感が強いんです。持つべきじゃない物を所持していて、高木先生が困っているのが分かります」
「……」そのとおりだった。
「助けてあげられます」
「どうやって?」白状したも同じ。
「わたしが引き取りましょう」
「ほ、本当か?」有難い。
作品名:黒いチューリップ 11 作家名:城山晴彦