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黒いチューリップ 11

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 こっちの好意が伝わるように優しく笑顔で常に接した。反応は悪くなかった。冗談にも笑ってくれた。ところが、いざ食事に誘おうとすると、何だかんだと理由を口にして、いい返事をくれない。プレゼントを買って渡したりもした。だけどデートの誘いは、のらりくらりとかわされる。それでも時々、オレに気があるような素振りを見せたりした。どうなってんだ。この女は一筋縄ではいきそうにない。西山明弘は悩んだ。これまで付き合ってきた連中とは違う。
 オレのミサイルを喰らえば、今までの女は一度で豹変した。
 「無理だわ。あたし、そんな恥ずかしい格好できない」なんて言っていたのに、すぐに同じ口から「お願い、もっとして」とか、「いや、まだ止めないで」なんて言葉が飛び出してくるのが常だった。
 最初の恥じらいは何だったのか? あの、「待って、まだ早いわ」とか言って焦らせたのは何だったのか? 女って生き物は理解するのに難しい。
 安藤先生だって一度でも身体を許せば、オレの凄さが分かるってもんだ。その時は、どうしてもっと早くデートの誘いに応じなかったのかと後悔するはずだ。
 時間は掛かりそうだ。しかし西山明弘は諦めなかった。こんな特上の獲物を他の男に奪われてたまるものか、そんな気持ちだ。オレが見つけた宝物だ、誰の手にも触れさせたくない。
 ところがだ、加納久美子先生の登場で固い決意が一気に揺らぐ。
西山明弘が何年も掛けて築いた、『自分が好む女性のタイプ』というイメージを根底から覆す容姿を持っていた。
 背は高いが、バストもヒップも大きくない。スレンダーな身体だった。女らしさよりもアスリートみたいな感じが強い。しかし喋り方とか、物腰や仕草が堪らなくセクシーなのだ。それに加えて全身から醸し出す知的な雰囲気。きりっとした目鼻立ちから、それは強く窺えた。
 新鮮な女だった。西山明弘の人生にとってニューヒロインの登場だ。知的が故に近寄り難さがある。バカな男じゃ相手にしてもらえないだろう。その点では有利だった。周りを見てもオレより賢そうな男はいない。
 知性に溢れた女性に赤いブルマーを穿かせて辱めるのは、それは一味違う興奮が期待できた。加納久美子が手に入るなら安藤紫は諦めてもいい、そんな気持ちになった。
 どっちかをモノにしたい。その為に努力してきた。思ったように事は上手く運ばなかったが。まだギブアップはしていない。いつか決定的なチャンスが来るのを待っていた。
 それが、ここにきて得体の知れない虫に刺されて状況は悪化。仕事すら失うかもしれない危機だった。異常な痒みに苦しみ、体は全身が内出血するように赤紫に変色していた。一日も早く、この症状から抜け出したい。
 完治したら真っ先にやることは黒川拓磨に仕返しすることだ。女どころじゃない。この西山明弘をコケにしたら、それなりの代償を払わす。やられて泣き寝入りするような情けない男じゃない。
 五井にある皮膚科の病院は小さいところを選んだ。どこでも同じだ。込み合っていなくて、早く診察してくれたらそれでいい。
 「どうしました」明らかに還暦は過ぎたと思われる医者は、診察室の椅子に腰掛けた西山明弘に訊いた。
 こんな、よぼよぼの年寄りで大丈夫だろうか。受付にいた中年の女は、こいつの女房だろうと察した。夫婦二人だけでやっている皮膚科の病院らしい。寂れた感じだ。ちゃんと診察してしてくれるのか、少し不安になってきた。
 「強い毒を持った虫に刺されまして……」西山は答えた。
「えっ、この寒い時期に? 一体どんな?」
「それが分からないのです。見たこともないやつでした」
「本当に虫なのかな?」
「そうです」 
「じゃあ、刺されたところを見せて下さい」
「これです」西山はジャージ・パンツの裾を捲り上げた。
「えっ。……こりゃ、ひどいな」 
「そうなんです。どんどん悪くなる一方で……」
「こんなに強い毒を持つ虫なんて、日本に生息しているのかな。私は知らない。で、刺されたのはいつですか」
「一週間ほど前です」
「ここまで酷くなるまで放っておいたんですか。そりゃ拙いな」
「いいえ、そういうわけじゃなくて……。市販の薬を使っていました。ところが一向に良くならなくて」
「症状が悪化してからでしょう? それじゃあ、意味がない。手遅れですよ。刺されたら、すぐに消毒しないと」
「えっ? し、しましたけど……」
「うふっ。していませんよ。見れば分かります」
「そんな、……医務室で消毒をしたつもりなんですが」
「勘違いでしょう。してたら、こんなに症状が悪くなるはずがありません」
「……」西山は怒りで顔が真っ赤になるのが分かった。しかし抑えられない。
 あの東条朱里のメス豚め、オレを騙しやがった。沁みます、とか言ってオレに目を瞑らせて、消毒薬とは違う別の液体を落としたんだ。許せねえ。間違いない、あの女は黒川拓磨とグルだった。二人してオレをハメやがって。チクショウー。仕返ししなきゃならないバカ野郎が一人増えた。ぶっ殺してやりたい。
 「どうしました?」
「あ、……い、いいえ、何でもありません」医者の言葉で我に返った。「で、どのくらいで治りますか?」
「……」
「先生?」
「何とも言えないよ」
「どういう意味です?」
「ここまで悪くなったら、……もう元通りには」
「刺された痕が残るっていうことですか?」
「だろうな」
「痒みが酷いんです。それは治りますか?」
「痒み? 痛みじゃなくて?」
「はい。刺された直後は物凄い痛みに襲われましたが、今は痒くて夜も眠れ--」
「あれっ」医者は西山の言葉を遮った。「ちょっと待って」おもむろにトレーからピンセットを手にすると、それを患部に近づけた。見ている前で荒れた皮膚の一片を取り除いた。
 そのまま医者はピンセットの先を正面に持ってくると、反対の手で老眼鏡を調節しながら凝視する。「うわっ。こりゃ、凄い」
「……」そんなモノを見て何を驚いているんだ、この年老いた医者は? この病院を選んだのは間違いだったかもしれない、と西山は思った。
「見てごらんなさい」ピンセットの先を西山の顔に近づける。
「はあ?」そんなモノ、見たくない。
「よく見て」
 何の意味があるのか分からない。それよりも、この痒みを早く何とか--。「げっ」
 自分の皮膚だった一片に何かが動いていた。よく見ると糸状の小さな虫だった。何匹かいる。なんて気持ち悪い。「これは……、これは一体なんですか?」
「幼虫だな」
「ど、どうして、……こんなところに」
「どうやら、キミの体の中で生息しているらしい」
「そ、そんなバカなっ」
「刺されたところを見てごらん」
「え?」信じられない気持ちだったが、医者の言葉に従った。「うわっ」その通りだった。刺されて化膿した回りに糸状の虫が蠢いていた。
「痒みの原因は、それだな」
「え、これが?」
「そうだ。つまり、その幼虫たちがキミの皮下組織の中を動き回ることによって、痒みが生じるということさ」
「……」
「キミが興奮したり、激しく体を動かしたりすると強い痒みが襲ってこなかったかな?」
「……」
「どうだ?」
「……確かに。言われて見れば、そうです」
作品名:黒いチューリップ 11 作家名:城山晴彦