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黒いチューリップ 10

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 事故だった。これはマズい。約束の時間までに着けるか自信がなくなった。加納久美子はバッグから携帯電話を取り出すと、望月良子の番号を押した。
 「あ、加納です。すいません、事故で渋滞なんです。今、竹岡あたりを走っています。少し送れるかもしれません。それでも構いませんか? ああ、良かった。ありがとうございます。でしたら先にファミレスの中に入って、コーヒーでも飲んでいて頂けないでしょうか? ええ、そうして下さい。よろしくお願いします。では後ほど」 
 マホニーというファミレスの駐車場に着いたのは、約束の時間から十五分ほど送れてだった。スズキの白い軽自動車が目に入って、その横にポロを停めた。
 さあ、どの人が望月良子だろう。すぐに見つけられるだろうか。不安な気持ちで店内に入ってレジの前で立ち止まった。客が入店したチャイムに反応してウエイトレスが近づいてくる。その時、窓際の席で久美子に手を振る一人の女性が目に入った。笑っている。きっと、あの人だ。そう直感した。
 「お一人ですか?」ウエイトレス訊いてきた。
「いいえ。待ち合わせです」久美子は答えた。「あの人なんです」確信はなかったが、窓際に座る若い女性を指差した。
 「望月です。初めまして」半信半疑で久美子がテーブルに近づくと、プリントの白いブラウスに赤いカーディガンを羽織った若い女性が先に口を開いた。座ったままだった。
「加納です。初めまして。今日は本当に有難うございます」
「こちらこそ。こんな所まで来て頂いて感謝しています。で、お連れの方は?」
「あ、すいません。風邪で来られなくなりました」
「そうでしたか」
 小柄で笑顔の可愛い女性だった。はっきりとした大きな目が聡明な印象を強くしている。話し易そうな感じだ。良かった。たくさん色々なことを聞けそうな気がした。
 向かいの席に腰を下ろしてみると、窓の向こう側に自分のフォルクスワーゲンが停まっているのに気づく。なるほど。彼女は久美子が車から降りるところから見ていたらしい。
 「黒川拓磨の母親に会ってきました」さっそく加納久美子は話を切り出す。
「どうでした?」望月良子が応えて訊く。
 途中でウエイトレスが注文を取りにきて中断したが、加納久美子は相手に内容を全て話す。
 「母親は、とても息子のことを恐れている様子でした」そこを何度も強調した。
「やはり、そうでしたか」望月良子は頷く。「でも息子だけじゃありません。こちらへ母親が連絡してきた時は、夫にも恐れている様子でした」
「え、本当ですか?」
「夫と息子の二人から逃れたくて、こちらに助けを求めてきた感じです。しかし会って話しをしようとした直前でした、夫の方は学校で焼死したんです」
「そうでしたか」久美子は言った。
「黒川拓磨の担任教師と争って、二人とも亡くなったんです」
「まさか、……信じられない」
「教師の方がガソリンを教室に持ち込んだらしくて」
「確かなんですか?」
「いいえ、推量でしかありません。現場検証をして、警察が出した結論です」
「その現場に黒川拓磨はいたんですか?」
「わかりません。しかし教師が彼を焼き殺そうとしたところで、その父親が助けに入ったと考えられます」
「でも証拠はない?」
「その通りです」
「教師が人を殺そうとするなんて……、そんな」
「そうしなければならない状況に追い込まれたんだと思います」
「どうして、ですか? 黒川拓磨の平郡中学での様子を教えてください」さあ、ここからが本題だ。加納久美子は身構える気持ちになった。
「わかりました」そう言うと望月良子は座り直して口を開く。「単刀直入に言わせて頂きます。黒川拓磨は、……あいつは悪魔です」
「……」たじろいで返事ができない。こんな優しそうな女性から、そんな辛らつな言葉が聞かされるとは思ってもみなかった。
「彼に、どれほど学校をメチャクチャにされたか分かりません。今でも精神的に立ち直れない生徒がほとんどです」
「た、たとえば……」具体的に聞かせてほしい。久美子は促した。
「あいつは生徒たちの弱点を探り出して、悪の道、堕落の道へと誘い込んだのです。それは彼らの恋愛感情であったり、金銭欲であったり、虚栄心でもありました。そして誰一人、求めていたものが叶った者はいません。騙されたと気づいた時には手遅れでした。弱みを握られて、もう黒川拓磨の言いなりになるしかありません」
 注文したコーヒーを、ウエイトレスが持ってきたので望月良子は黙った。
「……」久美子は視線を相手から動かせない。テーブルの上にコーヒーが置かれても見もしなかった。確証はないが、うちの君津南中でも同じような事が起きていそうな気がしてならないのだ。
「見たかったビデオを黒川拓磨から借りた生徒なんですが、彼の視線の先のテレビには何も映っていませんでした」ウエイトレスが立ち去ると、望月良子は続けた。
「そうですか」うちの板垣順平と同じだ、久美子は思った。
「彼の母親が不審に思って声を掛けると、邪魔をするんじゃないと怒って激しく暴力を振るったそうです。両親は重傷を負って病院へ運ばれます。平和だった家庭が崩壊しました」
「……」
「女子生徒には女優にしてやるとか、その器量ならモデルになれそうだとか、甘い言葉で近づきます。黒川拓磨が君津の中学へ転校して行くと、彼女たちは中絶手術を受けなければなりませんでした」
「……」久美子は視線を望月良子から外した。五十嵐香月を妊娠させたのは、やはり黒川拓磨かもしれない。
「加納さんに、一つ訊きたいことがあります」
「え、はい。何でしょう?」久美子は視線を戻した。
「失礼ですが、お幾つですか?」
「二十八になります」自分の年齢が何かと関係があるのか。
「うちで黒川拓磨の担任をしていた教師は桜井優子といいます」
「え、女性だったんですか?」大胆な行動に出るからには、てっきり男性教師だと思った。
「そうです。それに加納さんと同じ年でもあります」
「えっ」
「彼女の出身は君津市でした」
「……」鳥肌が立ってきた。
「彼女の旧姓は木村でした。もしかして、ご存知ありませんか?」
「……」無意識に目が大きく開く。加納久美子は言葉が見つからない。
 木村優子。知っているどころじゃない、高校時代に仲が良かったクラスメイトの一人に同じ名前の女性がいる。「ま、まさか……」
「国際中学と高校を卒業しています」
「ま、待って下さい」もう話さないで。少し休ませて、そういう意味で右の手のひらを前に突き出す。胸が苦しかった。これ以上は一度に受け入れられない。
「……」望月良子は口を閉じた。
「し、知っています。彼女とは親しい仲でした。だけど信じられない、まさか」
「やはり、そうでしたか」
「木村優子さんは卒業と同時に、館山の方へ引っ越されたんです。何度が手紙のやり取りをしましたが、その後は疎遠になってしまいました。でも、あの子が……やはり信じられない」
「桜井先生は霊感の強い女性でした」
「ええ、そうでした。高校のときに、そんなことを聞かされたのを覚えています」
「では彼女が高木という教師から、ある鏡を預かったのは聞いていますか?」
「……」高木教頭のことだ。あっ、……そうだ、思い出した。
作品名:黒いチューリップ 10 作家名:城山晴彦