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黒いチューリップ 09

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 その日の晩に、篠原麗子は古賀千秋に電話した。学校で面と向かって話したくはなかった。額の汗と火照った顔を見られたくないからだ。
 「千秋、いま話せる?」
「大丈夫だけど、なに?」
「三月十三日の土曜日に、黒川くんが学校で『祈りの会』を開くらしいの」
「何よ、それ? 『祈りの会』って」
「それぞれが持っている悩みや願望を、みんなで祈って解決するんだって」
「へえ、面白そう」
「一緒に参加して欲しいんだけど?」
「いいよ」
「それとローソクが必要なんだ。あたしが買いに行くように頼まれちゃったの。付き合ってくれない?」
「いつ?」
「明日でも。学校が終わってから」
「わかった」
「ありがとう」ああ、助かった。
 篠原麗子は一人で買いに行く自信がない。またエッチなオジさんが横から出てきて、お節介をされそうで怖かった。
『何をやってんだい、お姉ちゃん。そりゃダメだって。ローソクなんか、あんたの役に立つもんか。そういう事だったらサラミに限るんだ。見てごらん、この先端の丸み。ここが大切なんだから。硬過ぎることはなく、また柔らか過ぎることもない。使って滑らか。デリケートなところに触れさせた瞬間の心地良さが大きく違う。悪いことは言わないからサラミにしなさい。太さだって、お姉ちゃんの身体には丁度いいと思う。ローソクは細すぎて、満たされた感じがしないだろうから』
こう言われてしまったら終わりだ。もう逆らえない。ローソクを買いに行って、サラミを持って帰ることになったら、きっと黒川くんは激怒する。どうしたってサラミにローソクの代わりは務まらないもの。
 『ゴメンなさい。ローソクがサラミになっちゃったの』
 こんな謝罪を誰が受け入れてくれようか。みんなが馬鹿にした目で見るに決まっている。篠原麗子っていう女は早熟なくせに買い物は満足に出来ないらしい。そう思われてしまう。
 とても一人では買いに行けない。不安だ。気の強い古賀千秋の助けが必要だった。万引き事件を起こしたって平気な顔をして学校に来ていた。二年B組の学級委員長も、辞任する気持ちはなさそう。さすがだ。
 「ところでさ、麗子」
「なに?」
「まだ、あのサラミは残っている?」
「えっ、……」ドキッ。どうして、あたしがサラミで悩んでいるって分かったの? もう、恥ずかしい。「う、うん、……ま、まだあるけど。どうして?」
「もし良かったら、何本でもいいから少し譲って欲しいの。あれって、すごく使いやすいのよ」
「え、どういう意味?」
「あ、……つまり、すごく美味しいってことよ」
「そうなの」ああ、よかった。気づかれたんじゃないらしい。「それなら明日、学校に持っていくから」
「うれしい。この前は二本もらったけど、一本は古くなったから友達に上げちゃったのよ」
「そうなんだ」よく意味が分からないけど。
「じゃあ、明日」
「わかった」
 篠原麗子は持っているサラミすべてを、古賀千秋に渡してしまう気だった。もう用はない。あれを目にする度に、精肉コーナーにいたエッチなオジさんの言葉を思い出して嫌だった。『お姉ちゃん、またおいで。いつでも相談に乗るから。えへへ』
 Dマーケットの近くを自転車で通ると、ここの精肉コーナーで働くエッチなオジさんが、あたしのことを待っているんだと意識してしまう。忘れたいけど忘れられない。その度に、背中から腰にかけてゾクゾクした感覚が走った。いやらしい。でも溶けてしまいそうになるほどヘンな気持ち。あたしって、こんなに淫らな女だったのかしら。あの母親の娘だから仕方ないのかもしれないけど。
 ある日曜日の午後だけど、もう身体がムズムズして堪えられなかった。自転車でDマーケットへ急ぐ。一階の食料品売り場をうろうろ回った。足が精肉コーナーに近づく度に、強烈な快感が身体を貫く。もう汗びっしょりだ。あのオジさんに見つかるかもしれないというスリルに痺れた。もし声を掛けられたらどうしよう。そしたら『また相談に来ました』と言うしかない。 
 きっとエッチなオジさん二人が、ニヤニヤしながら迎えてくれるだろう。この前みたいな、すごく恥ずかしい目に遭わされるのは間違いない。それは困る、……でも、もう一回ぐらいだったらいいかな、と思ってしまう最近の篠原麗子だ。これまでは、そんな考えを持ったこともなかったのに。どんどんセクシーに大人びていく身体に、心が追いついていけない。
 胸の膨らみについては、こんなに早く大きくなって欲しくなかった。みんなの注目を集めようとしているみたいで、すっごく恥ずかしい。
 いつだって男性たちが熱い視線を送ってきた。それが、もう小学生の男の子から中年のオヤジまでが。『あたしは見世物じゃありません。もう見ないで下さい』、そう叫びたかった。と同時に着ている服を脱いで、この女らしい身体を自慢したいという気持ちになったりもした。
 中学二年で、この状態だった。これから高校、大学へと続いていく。早熟な身体をコントロールしていけるか自信がない。どうなってしまうんだろう。すごく不安だった。

  

 54

 起死回生のチャンスが到来だ。西山明弘は意気込む。今度は失敗するものか。強い自信があった。相手は気難しい思春期の女じゃなくて、たかが十四歳のガキだ。勉強はできるかもしれないが、考えていることは単純そのものだろう。
 『黒川拓磨が、あたしの手に余る』と、加納先生から助けを求められた時は飛び上がりたいほど嬉しかった。手塚奈々を上手く説得できなかったことで、オレへの信頼は失墜したと思った。これでターゲットは安藤紫先生一人に絞るしかないと諦めていたのだ。
 悔しさから、二年B組で次々に起きる不祥事に担任の加納先生に対して辛く当たってしまった。お前に指導力がないから、こんな事が続くんだろう。そんな感じだ。ところが、まだオレを頼りになる男として認めてくれていたらしい。しっかり成果を挙げて、彼女にとっての憧れの存在へと登りつめたかった。
 黒川拓磨なら手塚奈々と比べれば赤子の手を捻るようなもんだ。まさか時給三千円でアルバイトもしていないだろうし。外見も子供そのもので、男としての魅力なんかあったもんじゃない。
 学年主任である西山明弘は、すぐに問題点に気づく。黒川拓磨は
担任の加納先生を教師ではなくて、異性として意識しているのだ。注目してもらいたくて何かしら事を起こす。手っ取り早いのが、悪さをして加納先生を困らせることだろう。
 やり方が稚拙だ。まあ、中学二年程度の知識と経験じゃ、それぐらいが精一杯かもしれない。
 年上の女性に憧れる年頃でもある。まして担任教師が魅力的な女性だから尚更だ。無理もない。そんな時期が自分の過去にもあったから良く分かる。
 『いいか、加納先生を困らせるんじゃない。今、お前にとって大切なのは勉強だ。このままいけば木更津高校に間違いなく合格できる。頑張れ。オレが応援してやるから』
 このぐらいの言葉を掛けてやれば、きっと奴は態度を改めるに違いない。一件落着だ。そして、これを切っ掛けにしてオレと加納先生が急接近する。
作品名:黒いチューリップ 09 作家名:城山晴彦