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黒いチューリップ 09

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 促されて仕方なくベッドの側に立ったが、出来るだけ目を合わさないようにした。「早く治ればいいな」なんとか言葉を口にする。
「しばらく掛かりそうだ。もうサッカーは無理かもな」
「……」何も言えない。オレの所為だ。
「鶴岡、今度の試合は頑張ってくれよ。絶対に勝ってほしい。お前が自分のプレーをすれば絶対に大丈夫だから」
「うん」
 つらい。こんな励ましを受ける資格なんてないのに。本当に鮎川に悪いことをしたと思った。と同時に奴が凄くいい友達だと分かった。
 立ち直れそうにない。病院を後にして家に帰ってからも、罪悪感
に押し潰されそうだった。その夜だ、黒川拓磨から電話があった。
 「どうだった、鮎川の容態は?」
「最悪だ。二度とサッカーは出来ないらしい」
「マジか」
「畜生、大変なことをしちまった」
「仕方ないぜ」
「もう取り返しがつかない」
「そうだな。でも運が悪かったんだ。お前だけの所為じゃない」
「そうかな」
「軽トラックを運転していた年寄りが、運転操作を誤ったから事故になったんだろう」
「それもあるけど」
「いや、それがすべてさ」
「そうは思えない」
「もし鮎川が転倒しなかったら、軽トラックは女の子を轢いていたかもしれないぜ」
「まさか」
「その可能性が高いと思う。目の前で転倒した鮎川を避けられないぐらいだから、かなり反射神経は鈍いな。年寄りの運転なんて、気違いに刃物と同じだぜ。お前は自転車に細工して女の子を救ったと言えるんじゃないかな」
「……」
「もし女の子が轢かれたら足の怪我ぐらいじゃ済まないぜ」
「そうかもな」
「鮎川はサッカーが出来なくなったかもしれないが、死んだわけじゃない」
「……」
「お前は女の子を助けたのさ。くよくよしながら生きて行く事はないだろう。若いんだから、前向きに生きろ」
「それは言えてるな」
「祈ってやれ」
「え?」
「鮎川の怪我が一日も早く完治するように祈るんだ」
「どうやって?」
「三月の十三日に学校に集まってくれ。みんなと一緒に、まずはオレと加納先生が仲良くなれるように祈ってほしい」
「それとこれが関係あるのか?」お前と加納先生が仲良くって、それ本気かよ。ちょっと無理があるんじゃないのか。
「もちろん。オレの為に祈ってくれたら廻り回って、お前の願いだって叶うのさ」
「そういうもんかな?」
「そうだ」
「わかったよ」
「前向きに考えろ。過去を引き摺って生きたって、いいことは何もないぜ。奥村真由美と一緒に映画を見に行くことに集中しろ。きっと楽しいぜ」
「え? ああ、そうだな。お前の言う通りだ」そのことを何で知っているんだろう。
「前から思っていたんだけど」
「何を?」
「お前と奥村真由美なら、お似合いのカップルになるんじゃないのかな」
「マジでか?」
「嘘じゃないぜ」
「身長が彼女の方が少し高くて気になっていたんだけどな」実は5センチ近くも鶴岡は低かった。
「心配するな。そんなことを気にする奥村真由美じゃないぜ。いい性格だ」
「オレも、そう思う」
「せいぜいデートを楽しんでくれ」
「ありがとう。元気になった感じがするよ。三月の十三日は必ず学校へ行く」
「頼む」
 黒川拓磨から電話をもらって、鶴岡政勝は元気を取り戻した気分だった。ただ一つ、腑に落ちない。どうして黒川の奴が、オレが奥村真由美と映画に行くことを知っているのか不思議に思う。もしかして彼女が言ったのかもしれない。
 黒川が内藤に『メリーに首ったけ』を一緒に観に行かないか、なんて誘ったのかな。そこで彼女が「ごめんなさい、もう鶴岡くんと一緒に見に行く約束をしちゃったの」なんて答えたりして。それなら納得だ。
 『お似合いのカップルになりそうだ』という言葉を掛けられて有頂天の気分だった。ほかの事は別にどうでもいい。
 どんな服で行こうか? どこで食事しようか? 今は、生まれて初めてするデート以外のことは何も考えたくなかった。

   51

 「加納先生」
 お昼休み、加納久美子は美術室から職員室へ戻ると西山主任から声を掛けられた。「はい」
「今さっきですが、波多野くんの父親から電話がありました。ここに折り返し電話してくれますか」そう言ってメモを渡された。電話番号が書いてあった。
「わかりました」
 波多野孝行の父親は君津警察署に勤務する刑事だ。佐野隼人が教室の窓から転落した件だろうか、と思った。それとも息子のことで何か話があるのだろうか。
 加納久美子は美術室で安藤先生と一緒に、二人で昼食をとるのが習慣だった。きっと波多野孝行の父親は、昼休みに担任教師は職員室にいるだろうと考えて電話してきたのだ。久美子はデスクの前に座ると受話器を取って、メモを見ながら番号を押した。
 「もしもし」
「君津南中学の加納です。お電話を頂いたそうで。席を外してまして、すいません」
「いいえ。こちらこそ、いきなり電話して申し訳ありません」
「どんな御用でしょうか」
「大した事じゃありません。ちょっと加納先生に訊きたいことがあって電話しました」
「はい」
「三月の十三日なんですが、学校で何が行事がありますか?」
「え、……ちょっと待って下さい」思い当たる節がない。
 久美子は小物入れケースの横に貼ったスケジュール表に目をやった。土曜日だった。「いいえ、何もありませんけど」
「そうですか」
「三月の十三日が、どうかしましたか?」
「いいえ、別に……。わかりました。お手数を掛けしました。どうも、ありがとうございました。これで失礼します」
「はい。失礼します」へんな電話だった。
「加納先生、どんな用件でした?」学年主任の西山先生が近くまで来ていた。
「別に大した事ではありませんでした」加納久美子は答えた。
「佐野隼人の事件についてじゃなかったんですか?」
「違います」
「本当ですか?」
「はい」疑っているらしい。
「じゃ、どんな件でした?」
「三月の十三日の土曜日に、学校で何か行事があるのか訊かれました」
「はあ?」
「ありません、て答えました」
「それだけ?」
「そうです」
「わかりました。もし佐野隼人の事件に関しての事だったら、僕にも知らせて下さい」
「もちろんです」
 期待外れだった様子だ。背中を向けて自分の机に戻ろうとしたところで、加納久美子が声を掛けた。「西山先生」
即座に振り返った。「え、何でしょう?」
「……黒川拓磨のことなんですが」ついでだ。ここで言ってしまおうと思った。
「黒川が、どうしました?」
「成績は問題はありません。でも何か、彼は不思議なんです。理解できないところがあって、わたしの手に余るというか……」
 どう言っていいのか分からない。本人が否定している以上、板垣順平に貸したゲーム・ソフトのことや、五十嵐香月と親密な関係にあったかもしれないことは口に出せない。
「じゃあ、僕が彼と話をしてみましょう」
「そうしてくれますか。先生となら男同士ですし、何か違った面が見えてくるかもしれません」
「任せて下さい。手塚奈々のときは、あまりにも彼女が反抗的なので、やむを得ず厳しい対応になってしまいました。今度は大丈夫です。世間話でもすれば、彼が何を考えているか言ってくるんじゃないかな」
作品名:黒いチューリップ 09 作家名:城山晴彦