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黒いチューリップ 09

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「そんなのイヤだ。入院している佐久間渚の見舞いに行けないじゃないか」
「そうだ。それに、いくら心の優しい彼女でも前科者とは付き合わないだろうからな」
「わかった。祈るよ。お前の為に一生懸命に祈るさ」
「それがいい。見舞いに来てくれたら、きっと佐久間渚は大喜びするんじゃないか。感動して、お前しか頼る人がいないと思うに違いないぜ。一気に彼女と親密な関係になれるチャンスかもしれない」
「言う通りだ。オレは絶対に警察に捕まるわけにはいくもんか」
 不安の中に一縷の希望を見つけた。久しぶりに秋山聡史の顔に笑みが浮かんだ瞬間だった。

   49 

 「黒川拓磨と話したわ」お昼休みに美術室まで足を運んで、加納久美子は安藤先生に報告した。
「どうだった?」
「……わからない。言えるのは、あの子は普通の生徒とは違うということだけ」
「あなたのことを担任教師じゃなくて、異性として見ていたでしょう?」
「え、どうして知っているの?」加納久美子は安藤先生の言葉に驚いた。
「やっぱり」
「何で知っているのよ?」
「あたしのことも、そうだったから。間違いなく性的な目で見ていたわ」安藤紫は答えた。
「黒川拓磨と話をしたの?」
「探りを入れようとしたわけじゃないのよ。あの暗い絵を返す時に彼の方から話しかけてきたの。すごく居心地が悪かった」
「あたしも、そうだった」
「彼は何かを企んでいると思う。何か、すごく自信ありげだった。あたしなんか簡単にモノに出来そうな態度なのよ。信じられる?」
「あの子は手に余りそう」
「主任の西山先生に相談したら?」
「この前だけど手塚奈々がアルバイトをしていることで、あたしに代わって彼女と話をしてもらったの。任せてほしいなんて言ったけど、上手く行かなかったみたい」
「でも主任という肩書きを持っているから、相談はしておいた方がいいと思う。もし何かあった時に、報告をしていなかったとなったら問題になるわ」
「わかった。そうする」
「ところで黒川拓磨が転校して来た理由は何だったの?」
「聞いていないわ」
「父親が去年の暮れに亡くなったから?」
「そうかもしれない」
「前の学校に電話してみたら? 無駄かもしれないけど、もしかしたら何か情報が得られるかもしれないし」
「うん。黒川拓磨の担任をしていた教師と話がしてみたい」加納久美子は言った。
「いい考えだわ」安藤紫が応えた。
 
   50

 「おい、板垣。何を持って来たんだ、お前?」サッカー部員の一人が訊いた。
「ビデオだよ。あいつが退屈してると思ってな」
「どんな?」
「バカ、聞くだけ無駄だぜ。板垣のことだから、エロビデオに決まってんだろう」別のサッカー部員が横から口を出す。
「そうだな、訊いたオレがバカだった。また光月夜也のビデオに違いないぜ。あはは」
「いや、これは別モノさ」と板垣順平。
「お前、AV女優の好みが変わったのか?」
「そうじゃない。これは裏ビデオなんだ」
「えっ、マジかよ」
「先輩から借りてダビングしたのさ。『洗濯屋ケンちゃん』ていう有名なビデオらしい」
「見たのか?」
「当たり前だろう」
「どうだった?」
「モロだぜ。内容も悪くない」
「見てえ。オレにもタビングしてくれないか」
「いいぜ」板垣順平は応えながら、同じクラスの鶴岡政勝が黙っていることに気づく。こういう話題には、いつもなら真っ先に飛びつくはずなのに。「おい、どうした? 元気がないな」
「……」
「おい、鶴岡」
「え?」
「何を考えている? お前らしくないぞ」
「悪かった。なんだかオレ、ちょっと風邪をひいたみたいなんだ」
「しっかりしろ。今週中に治せよ。日曜日には富津中学とのリベンジ・マッチなんだからな」
「わかってる」鶴岡政勝の返事には、早く風邪を治したいという意思が微塵も感じられなかった。

 君津南中学のサッカー部員全員で、交通事故で入院している鮎川信也を見舞いに行くところだった。
 鶴岡政勝は良心の呵責に苛まれて、仲間の会話に入れない。鮎川信也が乗っていた自転車の前輪に細工したのは自分で、それが原因で奴は道路で転倒して、後ろを走っていた軽トラックに轢かれてしまう。
 左足の踵を複雑骨折して、二度とサッカー部には戻れそうにないと顧問をする体育教師の森山先生から聞かされたのだ。ショックだった。ちょっとした怪我をして次の試合を休んでくれたら、それでよかったのに。大変な事をしてしまった。
 「もう今までと同じようには歩けないんじゃないか。もしかしたら松葉杖が手放せなくなるかもな」、と言った板垣順平の言葉が胸に深く突き刺さる。
 軽トラックを運転していた老人は避けようとして、反対車線に飛び出すと対向車と正面衝突して亡くなった。つまり鮎川信也の自転車にパンクを細工したことで人が死んで、友達を障害者にしたのだった。もう取り返しがつかない。
 次の富津中学との試合に出場して、マネージャーの奥村真由美に活躍する姿を見せたかった。その思いが大変な事態を招く。
 皮肉なことに鮎川信也が事故に遭った晩に、奥村真由美から電話があった。「一緒に『メリーに首ったけ』を観に行かない?」という誘いだった。うれしかった。でも同時に罪悪感が込み上げてきた。
 あり得ない。信じられない。なんてこった。
 デートの約束をして携帯電話を置いた後は、鮎川信也の自転車に細工したことを後悔した。そんな事をする必要はなかったのだ。彼女は自分に好意を持ってくれていた。
 鮎川信也がパンクに気づいて、何事もなく家に帰ってくれることを願う。しかし夜の十時過ぎに板垣順平から電話があった。着信音が鳴った瞬間にイヤな思いが脳裏を過ぎる。最悪の結果を知らされた。
 「学校の帰りに鮎川が事故に遭ったらしいぜ」
「……」なんてこった、マジかよ。うな垂れて目を閉じた。
「おい、鶴岡」
「……な、何だ?」
「お前、聞いてんのか?」
「うん」
「鮎川が交通事故に遭ったみたいなんだ。今さっき親父のところに学校から連絡があった」
「そうか」小さい声でしか返事ができない。
「どうしたんだ、お前? 驚いていないみたいだな」
「い、いや……そんなことはない。驚いているさ」
「本当か?」
「当たり前だろう。ちょっとショックが強すぎて……。まさか、重傷じゃないよな?」
「そこまでは、まだ分からない。これから親父から詳しく聞く。明日の朝に学校で話すから。部室に集まってくれ。いいな?」
「わかった」

 鮎川信也の病室には一番後ろから入った。奴と顔を合わせたくない。左足は白い石膏で固めてあって、それが痛々しい。みんなを代表する形で板垣順平が話す。持ってきたビデオを渡すのが見えた。事故に至った詳しい経緯を本人から訊く。鶴岡が、「女の子の自転車を追い越そうとしたところで、前輪のパンクに気づいたんだ」と、みんなに聞こえるように説明し始める。
 聞きたくない。鶴岡は一刻も早く帰りたかった。誰かが、「そろそろ行くか?」と言い出すのを待った。
 「おい、鶴岡」板垣の声。
「……」ちっ、呼ばれちまったか。
「鮎川が話したがっているぜ。前に来い」
作品名:黒いチューリップ 09 作家名:城山晴彦