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黒いチューリップ 09

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 「三月十三日は、どんな具合になっている?」女が黒川拓磨に訊いた。
「順調さ。きっと上手くいく」
「そうかい、それならいいけど。ところで鏡は、どうするつもりだい。そのまま放っておく気なのかい?」
「まさか。オレなりに考えているさ」
「失敗は二度と許されないよ。去年の暮れに平郡中学で死に掛けたのを忘れちゃダメだ」
「そんなの当たり前だろう」黒川拓磨は鼻で笑った。

   47 

 黒川拓磨と話をする機会は,あえて探す必要がなかった。
 翌日、加納久美子が英語の授業で二年B組の教室に入ると、教壇の上に青いチューリップがあった。「まあ、素敵。誰かしら? 持って来てくれたのは」
「僕です」
 黒川拓磨だった。加納久美子の胃が重くなった。「ありがとう」何とか感謝の言葉を搾り出す。授業中、生徒たちに付加疑問文を教えながら、このチャンス活かすしかないと自分に言い聞かせた。
 休み時間を知らせるチャイムが鳴ると、黒川拓磨の方から近づいてきた。「黒川くん、ありがとう」加納久美子は声を掛けた。
「どういたしまして。先生、チューリップは好きですか?」
「もちろん。嫌いな人なんているかしら」
「その通りだ」
「どうしたの?」
「近所の花屋で見つけました」
「こんな時期だから、さぞかし高かったでしょう?」
「はい、安くはありませんでした。でも大昔のオランダでは、チューリップの球根で家が買えたらしいですよ。あはっ。そこまでは高くありませんでしたから、ご心配なく」
「チューリップ・バブル」
「そうです。この花の球根が、そこまで高価になったなんて信じられますか?」
「いいえ。その当時のオランダ人て、どうしちゃったのかしら」
「あの頃に取引されていたチューリップは、これほど色や形が管理されたモノじゃなかったんです。すべてがウイルスに感染した奇形の花でした。色合いや形が病気に左右されて、球根が急に綺麗な花を咲かせたんです。それに病気なので長持ちしません。そんなんで希少価値が高くなってバブルに発展していったんです」
「まあ、詳しいのね」
「歴史は好きです。バブルに踊って、それが弾けて多くの人々が苦しむところなんか。チューリップ・バブルの後では長い年月に渡って、オランダは不況に苦しんだそうです」
「……」人が苦しむ姿が面白いなんて、嫌な性格。この話題は続けたくなかった。「黒川くん、ちょっと訊きたいんだけど」加納久美子は言った。
「はい、何ですか」
「あなた、板垣くんにゲーム・ソフトを貸したの?」
「いいえ」
「本当に?」
「はい。僕はテレビ・ゲームに興味はありませんから」
「そう」本人が否定するなら仕方ない。これ以上は追求できなかった。「もう一つ、訊きたいことがあるんだけど」
「なんなりと」
「五十嵐香月さんと交際している?」
「いいえ」
「そう。わかった。もう、いいわ」
「彼女は素敵な女の子ですけど、ちょっと好みじゃありません。僕の理想は知的な女性です。たとえば加納先生みたいな」
「……」最後の言葉にびっくり。
「先生はブルーが似合う。だから迷わずに青いチューリップを選びました」
「ありがとう」小さな声で感謝の言葉を口にした。生徒との会話に居心地の悪さを覚えつつあった。
「青や赤、黄色と様々な色のチューリップがありますが、どうしても作れない色があるのを知っていますか?」
「い、いいえ」
「黒です。黒いチューリップは絶対に出来ないらしい」
「そうなの」
「それとバレンタイ・ディですが、女性が好きな男性にチョコレートを送るのが一般的です。でも欧米では男性が好きな女性に花を送るという風習もあります」
「ごめんなさい。次の授業の用意があるから、もう行くわ」もう居た堪れない。ぼくと付き合ってくれませんか、なんて言葉が次に聞こえてきそうな雰囲気だ。加納久美子は、テキスト類をまとめると足早に二年B組の教室を後にした。

   48 

 「どうすりゃいいんだろう? オレは」秋山聡史は頭を抱えながら独り言を口にした。
「まさか死人が出るとは……、な」黒川拓磨が言った。
「足の悪いバアさんが一緒に住んでいるなんて知らなかったんだ」
「仕方ないさ」
「取り返しがつかないことをしちまった」
「死ぬのを少し早くしただけじゃないか、気にするな」
「お前は当事者じゃないから、そう簡単に言えるのさ」
「あの女の家に火をつけるとは思わなかったぜ」
「あの紙には、『土屋恵子が学校から居なくなってほしい』と書いてあったんだ」
「それで放火か?」
「そうだ。関口貴久の時は上手くいったからな。あの野郎、オレから金をふんだくろうとしたんだぜ」
「じゃ、これで二度目だな」
「もうしない。頼まれても絶対にするもんか」
「やり過ぎたな、今回は」
「言えてら。灯油を家の回りにハデに撒きすぎた。欲しかった佐久間渚の下着が手に入って、テンションが上がっちまった」
「放火すると教えてくれていたら、いくつかアドバイスしてやれたんだが……」
「どんな?」
「警察に捕まらないように、気をつけなきゃならない事がいくつかあるさ」
「マジかよ。だけど火をつける時は誰にも見られなかったぜ。心配はしていない」
「何を言ってる。それでも警察は放火犯を逮捕するんだ」
「どうやって?」
「すこしづつ容疑者を絞り込んでいくらしい」
「オ、オレが容疑者になっているって言うのか?」
「わからない」
「脅かすんじゃねえぜ。やめてくれ」
「お前、放火してからも現場に残っていたか?」
「うん。どこまで家が燃えるか確かめたかったからな」
「そりゃ、マズいぜ」
「どうしてだ?」
「警察の鑑識なんかがカメラを持って、現場の写真を撮っていただろう? 気づかなかったか?」
「た、たしかに……そうだけど」
「お前、写真に撮られたか?」
「わからない。覚えていない」
「写真に写っていたら容疑者の一人だぜ」
「火事の現場にいただけで、か? そんなの大勢いたんだぜ」
「そうさ。ほとんどの放火犯が、現場に残って火事に見惚れるらしいからな。気が遠くなる作業だけど、警察は写真に写っている野次馬の一人ひとりを調べていくさ」
「……」
「つまりだ、関口貴久の現場と土屋恵子の現場の両方に写っていたら、もう致命的だぜ」
「げっ。……ヤバい。どうしよう」
「自業自得だ」
「おい、黒川。待ってくれ、何とか助かる方法はないか? 警察なんかに捕まりたくない」
「……」
「おい。黙ってないで何とか言ってくれよ」
「祈るしかないだろうな」
「え、祈るだって?」
「そうだ。警察が捜査ミスを犯して、お前を見逃すことを祈るしかない」
「そんなことで大丈夫かな?」
「お前には、もうそれしかないぜ」
「……」
「三月十三日は参加してくれるよな?」
「約束したから、それは行くさ」
「そこで僕と加納先生が仲良くなれるように本気で祈ってくれ」
「関係があるのか? オレが逮捕されないで済むのと」
「もちろんだ。ぼくの為に祈ってくれたら、廻り回って秋山聡史の利益に繋がっていくんだ」
「……」
「放火殺人だぜ。ただの放火じゃない、重い犯罪だ。捕まったら始めは少年院かもしれないが、二十歳になる頃は刑務所へ移されるだろう。きっと懲役十年以上は食らうな」
作品名:黒いチューリップ 09 作家名:城山晴彦