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黒いチューリップ 07

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 イタリアン・レストランでの食事を終えて、アパートまで送ってくれたところだ。ほとんど二人は車内で言葉を交わさない。レストランでも今までとは違う雰囲気だった。
 この男もダメだ。いざ結婚となると尻込みを始めた。電話で、逢おうと言われた時から否定的な返事を聞かされるんだと感じた。ウェートレスが注文を聞いて立ち去ると、男はトイレへ行った。安藤紫は行動を起こす。水の入ったコップにペナルティの白い粉末を落としてやった。躊躇いなんかない。これまで何度もやってきた。いい返事をくれないバカには代償を払ってもらう。タダ乗りは絶対に許してやらない。あたしの身体を楽しんでおきながら、その責任を果たさないで立ち去ろうなんて考えが甘すぎる。
 「すまない。今は仕事が忙しくて……」
「いいのよ。あたしが性急すぎたわ。あの話は忘れて」
「また逢ってくれるかい?」
「もちろん。あなたのことを好きなのは変わりないもの。また連絡して。今日はご馳走さま。おやすみなさい」
 安藤紫は助手席のドアを開けて外に出た。何歩か進むと振り返って、笑みを浮かべながら男に手を振った。同時に心の中では、こいつに安藤紫の恐ろしさを思い知らせてやろうと誓う。
 また一から始めなきゃならない。男漁りだ。目立つ服を着て、人が集まる場所へ足を運ぶ。
 どんな服を男が好むか、どんなポーズに男が興奮するか。すべて分かっている。学年主任の西山明弘は格好のモルモットだった。色っぽい仕草や甘い言葉にハッキリと反応してくれるから、ずいぶん勉強になった。
 その甲斐もあって、言い寄ってくる男は数知れない。しかし付き合うに値する男は数少なかった。
 メルセデス・ベンツの男には深く失望した。今度こそは、と思っていたのに……。医者の息子だった。長男だから、いずれ父親の経営する医院を継ぐのは間違いなかった。
 あいつから連絡が来たら、しばらくは逢ってやろう。ペナルティをドリンクに混ぜて飲ませなきゃならない。体格から計算して、確実に症状が出る量を用意してあった。
 お前は医者にはなれない。させるもんか。患者になるんだ、それも不治の病で。
 さあ、気を取り直さないと。いつまでも落ち込んでいられない。
明日は加納先生を誘って二人で食事でもしようかと思う。彼女と一緒だと楽しくて、気持ちが前向きになれた。
 それに悪いことばかりじゃなかった。もう一つの計画では大きな進展があったのだ。とうとう、あの女の子供を見つけた。女子生徒だった。
 なるほど、あの女の面影を引き継いでいた。可愛い。いずれ相当な美人になるだろう。すでに男子生徒たちの注目を集めているのも頷ける。これまで気づかなかったのが不思議なくらいだ。
 男よりも女でよかった。復讐のし甲斐があるというもんだ。美貌を奪って醜い女にしてやりたい。その変わり行く姿を見て母親と祖母が嘆き苦しむのが楽しみだ。
 上手く手懐けて、こっちに親しみを持たせよう。毎日のように会って、少量のペナルティを混ぜたコーヒーを飲ませ続ける。徐々に体調を崩し、可愛らしさを失っていく。男子生徒の憧れから、誰もが目を背けたくなるような存在へと変貌するのだ。 
 明日の昼休みに、彼女が美術室へ遊びに来ることになっていた。そうだ。ベンツの男に失望させられた腹いせに、女子生徒のコーヒーには、今回だけ大目のペナルティを混ぜたコーヒーを飲ませてやろうじゃないか。
 グッドな思いつきに安藤紫の気分は少しだけ良くなった。

   30

 「お前、どうして呼び出されたのか分かっているか?」
 学年主任の西山明弘は二年B組の教室で、生徒の机を間にして手塚奈々と向き合っていた。体育の授業でクラスの全員が校庭に出て行った。今は二人だけだ。彼女は見学者リストに入っていたので都合がよかった。お好み焼き屋でのアルバイトを問い質してやるつもりだった。
「あたしの体操着が盗まれた件ですか?」
「なに? お前、そんなモノを盗まれたのか」その話は聞いていない。
「はい。体育の授業が終わって汗で濡れたままでした。でも翌日にはロッカーに戻してあったんです。なんか気持ち悪い」
「マジか? 誰だ、そんな事する奴は」
「男子の誰かじゃないかと思います」
「そうだろうな、きっと」変態じゃないか。いい女だから、そんな事をしたい気持ちになるのも分からないではないが。「二度と盗まれないように、しっかり管理した方がいいな」
「これで三回目です」
「えっ」
「もう困っちゃう」
「三度目なんて……。加納先生は知っているのか?」
「最初の時は報告しましたが、次からは面倒臭くなってしていません。いつも翌日には戻ってくるんです、だから……」
「そうか」呆れた。もう性犯罪だぞ、これは。「よし。四度目があったら、オレに報告してくれ」それしか言いようがない。
「わかりました」
「だけど今日、呼び出したのは別の話だ。お前、何か校則違反をしているだろう?」
 こうして近くで見ると本当に魅力的な女だと思えた。瑞々しい色気を全身から発散している。ナメクジみたいにジメジメした感じの大家の娘とは大違いだ。
「え、……さあ、なんだろう」
「とぼけても無駄だぞ。こっちには情報が入ってきているんだ」この言葉が効いたらしい。女生徒は顔を上げた。「正直に話せば悪いようにはしない」
「本当ですか?」
「もちろんだ。オレを味方だと思っていい。お前ぐらいの年齢になれば何かしらの過ちをして当然だ」
「じゃ、言います」
「よし」ますます気に入った。なかなか素直で性格はいい。
「原付に乗って友達の家やコンビニへ行くのは、もう止めます」
「は?」
「あの日は風が強かったんですよ。歩いてコンビニまで行くのがかったるくて、家にあったスズキのスクーターに乗りました。そしたら凄く楽ちんで、病みつきになっちゃったんです。すみませんでした。もうしません」
「お、おい」こりゃ、拙い。「お前な、それは校則違反どころか道路交通法違反だぞ。もし事故でも起こしたら取り返しがつかない。親は知っているのか?」
「母親はダメって言いますけど、父親は頼めば渋々ですがキイを渡してくれます」
「……マジかよ」これは大変なことを聞いてしまった。知りたくなかった。
 この女生徒の父親に電話して、娘さんにスクーターに乗らせてはいけません、なんて言ってみろ。返ってくる言葉は決まっている。うちの生活に口出しするな、だ。
 以前に、中学生の息子と毎晩のように晩酌を交わす父親に注意したところ、逆切れされて職員室まで怒鳴り込んできた。「お前らはガキどもに勉強だけ教えていればいいんだ。余計なことはするんじゃない」
 もう二度と、生徒たちの家庭とは関わりを持ちたくないと、これで決めた。連中が非行に走るのは、ほとんどが親に問題があるからだ。しかし何か不祥事が起きれば、マスコミは学校の責任を追及してくる。バカやろう。アホで道理が通らない親よりも学校の方が追求し易いからだ。
作品名:黒いチューリップ 07 作家名:城山晴彦