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黒いチューリップ 07

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 佐久間渚のアソコを掴め。思いっきり撫で回せ。パンティを下ろしちまうんだ。そうすれば光月夜也みたいに、きっと自分から尻を振って喘ぎだす。ここまではアダルト・ビデオの展開と同じように進んで--。
 「もう、いやっ」佐久間渚が強い言葉と同時に佐野野隼人の顔を平手打ちした。
 あっ、バカ。なんてことを--。そんなことしたら興奮が冷めちまう。せっかく、いいところだったのに。え、……ウソでしょう。
 「ご、ごめん。もうしない」佐野隼人が驚いて手を引っ込めたのだ。
 何で? 謝ってんじゃないよ、この呆けっ。まさか、これで終わり? ふざけないで。佐野隼人、お前、それでも男かよ? 
 「悪かった。許してくれ」佐野隼人は咽び泣く佐久間渚の肩に手を回して慰め始めた。
 ちっ、情けない男だ。女に泣かれたぐらいで怖気づきやがって。
アダルト・ビデオの男優は興奮して、もっと大胆になっていったんだから。ガッカリさせてくれるじゃないの。これで御仕舞い? 最後までヤればいいのに。
 二人は冷静を取り戻した様子だった。これから再び興奮して第2ラウンドが開始ってことはまずなさそう。
 ここで山田道子は気づく。もし覗いていたことを二人に知れたら不味いんじゃないか、と。その通りだ。覗き見してた女は、実際にヤってた本人たちよりも非難される可能性があった。ヤバいよ、帰ろう。忘れ物は諦めた方がいい。来た時と同じように山田道子は忍び足で教室を後にした。そっと階段を降りながら考えた。二人のセックスまでは見られなかったが、少なくともキスシーンは見た。収穫はあった。いつかこんな台詞を口にして佐久間渚から譲歩を引き出す場面がくるかもしれない。
 「あんたが放課後に佐野くんと教室でキスしてたのを見たよ」
 もし否定したりしたら、こう付け加えてやろう。「ウソは言わないでよ。スカートの中に佐野くんの手が入ってきたとき、あんたは平手打ちしたじゃい」、と。ここまで具体的に描写したら、ぐうの音も出ないはずだ。仲良しの弱みを握った。そう思うと佐久間渚の可愛らしさも前ほど悔しくなくなった。
 しかし初潮が一番遅かったくせに、男女の関係では早々とキスからペッティングまで経験してるなんて。呆れた女だ。
 癪に障るのは、これまで何一つ報告がないことだった。友達を何だと思っているのかしら。初潮が遅くて、あれほど心配してやったのに。礼儀を知らないとは佐久間渚のことを言うんだ。悔しい。裏切られた思いだ。あんなに可愛い顔をして、こんなにマセてるとは知らなかった。もしかしたら、男と知り合ったら即にヤらせるタイプだったりして。
 この件では出来れば五十嵐香月と一緒に、影で佐久間渚を激しく非難したかった。だけど、それには『渚のキスシーンを見ちゃったよ』と教えなければならない。無理だ。こんな貴重な情報をタダで香月にくれてやるわけにはいかない。あいつほど人の手柄を横取りして自分のモノにしてしまうことに長けた女を知らなかった。
 だけど誰かに言いたい。渚の秘密を誰かと共有したかった。人の秘密を知るのは大好き。だけど、もっと好きなのが人の秘密を多くの人に言い触らすことだった。
 口には出さないが態度で、あたしは知ってたんだから、と示してやる。知らされた相手が見せる驚いた表情に山田道子の優越感は満たされた。
 根っからの詮索好き。自分の欲求を満たす為なら勝手に人のカバンを開けて覗く。板垣順平がニヤニヤしながら鮎川信也に黒いビニールのバッグを渡した時にはピンときた。体育の授業で男子全員が教室からいなくなるのを待った。鮎川くんの青いバックの中にアダルト・ビデオを見つけて、やっぱりだと思った。あたしの目を誤魔化すなんて無理な話よ。
 うっわー、凄そう。『スチュワーデス暴虐レイプ』という強烈なタイトルが目に飛び込んできた。
 だてに映画同好会に入っているわけじゃない。恋愛、アクション、西部劇、サスペンスなど色々な作品を鑑賞してきた。しかしアダルトは未だだった。これは見るしかないと思った。まさか鮎川信也に又貸しさせてくれとは恥ずかしくて言えない。黙って借りることにした。五十嵐香月と佐久間渚を誘ったが、予定があるからダメだと言われた。近くにいた手塚奈々に声を掛けると、目を輝かせて一緒に見たいと言う。そりゃそうだろう。ひょろっと細長かっただけの脚が女らしい曲線を帯びてきた去年の夏から、彼女はセクシー路線で男子の人気を集めているのだから。だけど家で待っていると、スズキのスクーターに乗ってやって来たのには驚いた。黄色いヘルメットから長い髪をなびかせて颯爽と姿を現した。運転も上手そう。馴れた手つきでスタンドを掛けて玄関の前に停車させた。身体だけじゃない、行動も女子大生気取りだ。
 佐久間渚と佐野隼人のキスは、誰かに言いたくて欲求不満になりそうだった。そこで頭に浮かんだのが幼馴染みの篠原麗子だ。あの子は大人しくて口が堅い。新築したセキスイハウスの家に遊びに行った時に教えてやった。
 最近の篠原麗子は自分よりも佐久間渚に急接近していた。美術部の活動に誘ったりして。やきもちではないが、何か気に入らない。渚のキスのことをバラせば、二人の仲にヒビが入るんじゃないかと期待した。一石二鳥だ。ところが麗子の反応ときたら期待外れもいいところだった。
 「へえ、そうなの」ときた。
「ねえ、あの二人が放課後の教室で抱き合ってキスしてたのよ」言い方が悪かったのかと思って、具体的な事実を加えて繰り返した。
「ふむ」
「……」この女、耳が聞こえないの。それとも難しい日本語は理解できなかったりして。「それに佐野くんたら渚のお尻を触ったりし
てたのよ。手をスカートの中にも入れたわ」これで、どうだ。少しは驚けよ。
「ねえ、道子。サラミは好き?」
「え?」何だって、サラミ? それと渚のキスが、どう関係しているの。「……嫌いじゃないけど」
「たくさん買っちゃったのよ。いくつか持っていって」 
「そう」もう呆れた。この情報に飛びつかない女っているんだ。信じられない。「あんた、これ一体どうしたの?」目の前に十本ものサラミを並べられて、ちょっとビックリ。もしかして万引きしたのかしら。いや。この子は、そんなことしない。
「Dマーケットで買ったんだけど……」
「どうして、こんなに買ったのよ? そんなに好きなの、これが」
「ううん。そういうわけじゃないけど」
「普通、一度に十本も買うかしら、サラミを?」
「仕方なかったのよ」
「仕方なかったって、どういうこと?」
「すごく恥ずかしかったから」
「え、恥ずかしくて十本もサラミを買う? ちょっと理解できないわ」
「本当は十一本だったの。あたしが一本は噛んで食べたから」
「十一本も? あんた、よく買えたわ。逆に偉い。あたしだったら恥ずかしくて出来ない。相当な酒飲みじゃないかって思われそう。それに、見て。この形よ。何か別のことに使うんじゃないかと、疑われちゃうわ」
「どうする、道子? 持っていく?」
「一本でいいわ。そんなに何本も続けて食べられないもの」
「わかった」
作品名:黒いチューリップ 07 作家名:城山晴彦