小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

黒いチューリップ 06

INDEX|7ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

「あっはは。そうは見えなかったな。かなり練習を積んでいるって感じだ」
「ミッド・フィルダーの司令塔に褒められて悪い気はしないな」
「サッカーは好きなんだろう?」
「ああ。だけどプレーするよりも試合を見る方が好きだ」
「じゃあ、ヨーロッパのサッカーだよな?」
「もちろん」
「好きな選手は?」
「アズーリの至宝、ファンタジ--」
「もう言わなくていい。ロベルト・バッジョだろ?」
「そうだ」
「オレはジダンだな。マルセイユ・ルーレットには惚れ惚れしている」
「まさに神業としか言いようがない」
「そのとおり」
 こんな調子で奴とはヨーロッパのサッカーの話で盛り上がった。授業を挿んで次の休み時間になっても続く。これまで回りには外国の事情に詳しい奴なんて一人もいなかった。やっと話し相手を見つけたっていう、そんな気分だ。次の日韓共同開催のワールドカップでの優勝争いを予想したりで楽しかった。
 どうしても次の富津中学との試合には出たいんだ、と悩みを打ち明けるのに時間は掛からない。
 「そういう気持ちなら、どんな手段を使ってでも試合に出る努力をすべきだな」と、転校生。
「……」当事者じゃないから簡単に言えるんだ。
「運を天に任すなんて態度じゃダメだぜ」
「そう言うけどな、なかなか思い通りにならない事だって……」
「セリエAなんかで活躍するストライカーは、いいパスが来るのを待っちゃいないぜ。自分から取りに行くんだ。たとえ相手が味方であろうと、オレがシュートするんだという気持ちで奪いに行く」
「すげえな」
「自分よりもチーム・プレーが大事という日本的な考えだと、本当の意味でのストライカーは育たない。Jリーグの試合ではキーパーと一対一なのに、パスの相手を探そうとするフォワードの選手をよく見る」
「オレも、そう思う」
「試合に出たいなら出来るだけのことはやれ」
「もし、……」
「何だ?」
「もし、それが汚い方法でもか?」
「見つからなければいいのさ」
「……」言えてる。
「上手くやるんだ。きっと成功する」
「わかった」
 放課後のクラブ活動が終わって、トイレに行く振りをして鶴岡政勝は駐輪場へ急いだ。いつもの場所に鮎川信也の白い自転車を見つけた。周りを伺う。誰もいないことを確かめて近づく。針で前輪に小さく穴を開けて、黒いビニールテープを貼った。完了。目立たないように、ゆっくり校舎へと戻った。板垣順平の時みたいに上手く行くことを願いながら。
 カバンと学生服を取りに二年B組の教室に寄ったが、部室へは行かなかった。鮎川信也と顔を合わせたくなかったからだ。後ろめたい気持ちは、これが最初で最後だからという思いで紛らわす。
 帰り道、もし上手く行かなかったらと考えた。ただの自転車のパンクで終わったとしたら。
 それは、それでいい。そしたら次の試合に出場することは潔く諦めよう。出来るだけの事はやったんだ、と自分を納得させられた。後悔はない。また、いつかチャンスが来るのを待つだけだ。
 家路を歩きながら想いが膨らむ。出場できた次の試合で大活躍してチームに勝利をもたらす。その勢いに乗って奥村真由美に告白すると、彼女の方からも前から好きだったと知らされて大感激。板垣順平を除くサッカー部の仲間たちに祝福されて、オレたちはボーイフレンドとガールフレンドの仲になるんだ。
 
   24 
 
 『ぼくと付き合って下さい』
 波多野孝行は書いた文を何度も読み返す。うん、ストレートで何か凄くいい感じだ。これなら上手く行きそうだ、きっと。
 相手は同じクラスの篠原麗子だった。彼女の女らしい、ふくよかな容姿に強く惹かれた。長い黒髪と、それに合った優しそうな顔立ちも大好きだ。そのうち誰とでも寝るようになるに違いない手塚奈々や、男に対して見栄えしか求めない五十嵐香月の虚栄心とは対照的な女性。穢れない美しさ、純真無垢、それが篠原麗子だ。
 中学二年に上がってクラスが一緒になる。彼女の身体が丸みを帯びていくに従って目が離せなくなった。なんて女らしくて美しい。ほかの女生徒とは別格の存在だ。憧れた。でも気持ちを伝える勇気はなかった。片思いだ。
 波多野孝行は父親こそ君津署の刑事だが、本人は痩せていて存在感のない男子生徒でしかない。彼女とは挨拶をするぐらいでしか言葉を交わしたことはなかった。
驚いたのは、机に向かって自分の気持ちを文に表わそうとしていると、ドアを叩く音に続いて父親が部屋に入ってきたことだ。もう、びっくり。慌てた。女の子に手紙なんか書いていないで勉強しろ、と叱られるんじゃないかと思った。
 「孝行」だけど声は怒っていなかった。
「……ん?」心臓ドキドキ。不審に思われないように、ゆっくりパソコンのカタログで机の上にあった紙を隠す。
「お前、去年だけど校外学習に行ったよな?」
「うん」
「その時にクラス全員で写真を撮ったか?」
「と思うけど」
「見せてくれないか」
「え、どうして」
「いいじゃないか。見たいんだ」
「今、どこにあるか分からない。探して持っていくよ」
「よし、そうしてくれ。急いでな」
「うん」
 一体、何なんだよ。今になって去年の校外学習の写真が見たいだなんて。息子に対する嫌がらせか。あ、それとも……加納先生の写真が見たいのかな? すっげえ美人だな、なんて前に褒めてたからな。理解できない、うちの親父。
 しかし関係ない話で本当によかった。もしかしてバレたのかなと一瞬だけど身が縮まる思いだった。
 気を取り直して書いたを文章を眺めた。ボーイフレンド、ガールフレンドの仲になれますようにと願った。
 初めて心から好きになった女の子だ。何とかして仲良くなりたいと、ずっと考えていた。
 以前に篠原麗子への強い想いを、友達の新田茂男に話して、何かアドバイスをもらおうとしたが直前で気が変わった。よくよく考えてみると奴は女に全く興味がない感じなのだ。男らしいのは名前だけで、容姿は自分と同じように痩せて、なよなよしていた。
 初めて相談した相手は転校生の黒川拓磨だった。下校途中で、お互いに好きな人がいるなら告白しようということになったのだ。
 彼の口から加納久美子先生の名前が出てきたのには驚いた。「ええっ、それは難しいんじゃないのか。相手は歳の離れた教師だぜ。綺麗なのは分かるけど、中学生の男子なんか相手にするわけがないだろう」そう応えるしかなかった。
 「きみが協力してくれるなら何とかなるんだ」
「え、オレが?」びっくりするような事を言ってくる。
「そうだ」
「オレなんか何も出来ないぜ。クラスの女の子とさえ、よく話したことがないんだから」
「わかってる」
「だったら、何で?」
「三月の十三日、その土曜日に『祈りの会』を開くんだ。それに出席して欲しい」
「『祈りの会』だって? 何だい、それって」
「ぼくの願いが叶うように皆で祈るのさ」
「皆って?」
「もちろん二年B組の生徒たちだ」
「全員が了解済みなのか?」そういう話がクラスで進行しているとは知らなかった。新田茂男は知っていたのかな、オレに話さなかっただけで。
「いいや、一人ひとりを説得している最中だ」
作品名:黒いチューリップ 06 作家名:城山晴彦