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黒いチューリップ 06

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「それにさ、食事なんかは同じ量を食べ続けていたんだぜ」
「え? ちょっと、待って」今の言葉もう一度、聞きたい。しっかり確認しないと。「つまり、食べたいモノを控えなくていいってこと?」
「うん」
「うわっ、信じられない」大好きなチョコレートが今まで通りに食べられるんだ。涙が出るほど感激。「黒川くん、本当にもらっちゃっていいの?」
「いいよ」
「ありがとう。すごく嬉しい」
「小池さん、そこで一つお願いがあるんだけど」
「何でも言って」あたしのヌードが見たいって思ってるなら、上半身は脱いでもいいわよ。下半身は自信がないけど、オッパイは両腕を使って寄せれば女らしいんだから。
「三月十三日の土曜日に『祈りの会』を開く予定なんだ。ぜひ出席して欲しい」
「なに、『祈りの会』って?」
「僕の願い事が成就するように、一緒に祈って協力して欲しいだけなんだ。たぶん一時間ぐらいで終わると思う」
「それだけ?」脱げとか触らせろ、を覚悟していただけに拍子抜けしてしまう。
「そうだ」
「出席するわ」本当にオッパイは見せなくていいのかしら?
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」気が変わったら、いつでも言って。もう覚悟はできてるから。
 こんな凄いメガネを貰ったのに、『祈りの会』に出席するだけでいいなんてウソみたい。黒川拓磨くんには感謝してもしきれない。いつか何か御返しをしたかった。チビでも立派な人物っているもんだ。古賀千秋が生徒会長になっても、彼が正規の生徒でいられるように守ってあげよう。
 小池和美は下校途中でルピタに寄って、どっさりチョコレートを買う。帰宅すると自分の部屋に閉じこもった。勉強机の上に鏡を置いて自分の痩せた姿を見ながら、チョコレートを頬張る。鼻血が出ようが構わない。食べられなかったこれまでの分を取り戻す勢いで食べ続けた。口の周り、両手、鏡、目の前に置いた白いタオルが真っ赤になっても止めなかった。
 血が交じり合ったチョコレートの味はなかなかだ。結構いけるじゃないの。病みつきになるかも。ただし鏡に映った少女は、まるで恐怖映画に出てくる吸血鬼みたいだった。ニヤッと笑うと血だらけの唇の間から白い歯が現れて、恐ろしさが増す。うふっ。愉快。この血まみれの顔で相馬太郎や秋山聡史に襲い掛かってやりたい。首に噛み付いてやろうかな。きっと腰を抜かすぐらい驚くはずだ。
 あ、ダメよ。そんなんじゃあ。いいこと思いついた。
 まず獲物にラリアットを食らわせて気絶さす。目が覚めたところを吸血鬼の顔で驚かせてやるんだ。そして首に噛み付く。チビで馬鹿な連中を恐怖のドン底へ突き落としてやろう。
 ああ、卒業するまでに一度でいいからやってみたい。神様、お願いです。この小池和美にチャンスを下さい。それまで良い子にしていますから。
  
   21   

 ずる休み。今学期に入って四回目だ。母親は知らない。ざまあみろ。もうアンタの言いなりにはなりたくない。
 古賀千秋の母親に対する怒りと憎しみは、とうとう我慢の限界を超えた。これからは悪い事に手を染めてやろう。勉強だって、もうやる気を失いつつあった。
 さあ、今日はどうやって一日を過ごそうか。もうテレクラ遊びは飽きた。
 電話してバカな男たちと話すのは初めは愉快だった。なんとかデートにもちこもうと言葉巧みに誘ってくる。
 「歳はいくつ?」
「十八だけど」まさか十四歳とは言えない。十八から二十一歳の間で答えていた。 
「じゃあ、まだ学生?」
「そう」
「今日、学校は?」
「休んじゃった。最近は何もかもがつまらなくて」ここでエサを撒く。話の流れで、「ボーイフレンドと別れたばっかりなんです」と言うこともあった。
「気晴らしにドライブでもしようよ?」か、それとも「どっかで一緒に飲まない?」と誘ってくる。
「いいよ」行きません、なんて返事したことない。
 時間と待ち合わせ場所を決めて電話を切る。ほとんどがそこで終わり。約束はすっぽかす。以前に二度ほど男の声と話し方が良さそうだったので、待ち合わせ場所まで自転車で行ってみたことがあった。でも本人を見てがっかり。そ知らぬ顔で通り過ぎてやった。会話でバカな男たちを手玉に取るのは面白い。
 話していて、馴染みのある声に驚いたことがあった。聞き覚えがあるけど、なかなか思い出せない。誰だろう。しばらく話していて急に、相手の口調で思いつく。やばいっ。学年主任の西山先生だ、間違いない。古賀千秋は急いで電話を切った。これを最後にしてテレクラ遊びは止めた。
 今日もテレビのワイド・ショーを見て過ごすことになりそうだ。読みたい本もなし。聞きたい音楽もない。見たいレンタル・ビデオもなかった。でも、じっとしていると母親への怒りは募るばかりだった。
 何点取っても母親は満足してくれない。難しいテストで学年でトップの八十点を取れた時でも、自分は嬉しくても、母親の言葉は「その程度で喜んでいちゃダメでしょう。あんたには小川先生という家庭教師を付けているんだから、もっと頑張ってくれないと困る」だった。やる気を失う。怒りと憎しみを覚えた。
 七十点なんか取ろうものなら、家に帰ってからの叱責は恐怖に近いものがあった。前の席に座る手塚奈々が四十五点で世界制覇したみたいに大喜びしているのとは正反対だ。
 幼少の時に怯えた母親の言葉は、「ダメでしょう」と「早くしなさい」だ。小学校に入るとそれが、「何やってんの、あんた」と「いい加減にしなさい」、それと「何度言ったら分かるのよ、あんたは」の三つに変わる。
 三年生の時の作文で、ほとんど父親は家に居ないと事実を書いたところ、母親に怖い顔をされて叱られた。みっともないことは書かなくていいと言うが、どういう事がみっともないのか説明はなかった。
 生理が始まったときは、母親がどんな態度を取るのか分からなくて怖かったので伝えられなかった。一ヶ月近くも経ってから言ってみると、案の定で聞こえない振りをされた。娘が成長して女らしくなっていくことを快く思っていないことは明らかだった。胸が膨らみだして、「あたし、ブラジャーをした方がいいと思うんだけど」と控えめに言ってみると、返ってきた答えは「そんなの必要ない」だった。
 仕方なくクラスメイトの篠原麗子に付き合ってもらって、アピタで適当なサイズを選んで小遣いから買った。
 中学生になると勉強とクラブ活動で忙しくて、母親の話を聞いていられる時間が少なくなる。すると「こんなに苦しんでいるのに愚痴の一つも聞いてくれないの」という言葉を浴びせられた。
 もう子供じゃない。話の内容が理解できるようになって、母親にも非があることが分かる。ところがそこを突くと、「あなたに何が分かるの」と「あたしがどんなに大変だったか知らないくせに」と激しく反撃してきた。
 クラブ活動で疲れて帰ってきたところを、成績のことで文句を言われて、とうとう不満が破裂する。「お母さんが中学生だった時よりも、あたしはいい点を取っているんだから黙っててくれない」と言い返した。母親はやっと君津商業へ進学できるぐらいの成績だったと、父親から聞かされていた。ショックだったのか、しばらく沈黙が続いた。母親は静かに部屋を出て行った。
作品名:黒いチューリップ 06 作家名:城山晴彦