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黒いチューリップ 05

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 二度目のときに娘が家賃を取りに来た。洒落っ気のない普通の女だった。魅力を探すとしたら若いことだけだ。財布から出した金を受け取りながら、「学校の先生をしていらっしゃるんですか」と訊くので、「そうです」と答えた。すると娘の顔が、目の前に神が現れたかのような畏敬の表情に変わった。教師をしていると言って、そこまで崇められたのは初めてだ。同時に、このアパートにはロクでもない奴しか住んでいなさそうだと思った。
 事実、ほかに住んでる連中は建築現場の作業員みたいな汚い格好で部屋から出て行くか、生活保護を受けて一日中ぶらぶらしている年寄りしか見なかった。オレが唯一まともな人間らしい。
 三度目も娘が家賃を取りに来た。今度は少し世間話をした。いい感触だったので来月分も娘が取りに来るなと思った。その通りで、試しに西山は娘を食事に誘ってみた。丁度、新聞の折り込みでファミレスの割引券を見つけていたし。
 娘は、びっくりした様子だった。急に黙りこくって恥ずかしそうに頷いてみせた。デートに誘われたのは初めてらしい。
 土曜日の夕方、レガシィの助手席に乗り込んできた女の格好には西山がたじろぐ。まるでこれから結婚式に行くみたいな姿だった。ウエストに大きなリボンをあしらったピンク色のパーティー・ドレスだ。それがまるっきり似合っていない。サイズも大き過ぎるような気がした。化粧は歌舞伎役者ように厚かった。西山自身は紺色のチノパンツにサン・サーフのアロハだ。これから畑沢にある中華のファミレスへ行こうとしていたのに気が滅入った。知り合いには会いたくない。会えば、あのとき一緒にいた女の人は誰ですかと訊かれるにきまっている。きっと心の中では、あんなセンスの悪い女とよく一緒に食事ができるもんだと笑っているくせに。仕方なく同じ割引券が使える市原の店まで足を伸ばすことにした。
 食事中の会話は悪くなかった。女が西山を崇拝していたからだ。何を言っても興味深く聞いてくれた。気分がいい。その日のうちにアパートで肉体関係を結んだ。予想した通りで、処女だった。
 翌日から女が夕飯を用意してくれるようになる。これには助かった。味は不味いが金が浮く。セックスも毎晩のようにした。どんどん女が積極的になっていく。もうオレなしでは生きていけないってな感じだ。
 やばい。
 西山は女と所帯を持つことなんて考えていない。これ以上は親密になってはいけないと危機感を持つ。が、距離を取ろうとしても肉体関係は続けたいので難しかった。
 本命の女が勤め先の君津南中学校にいる。美術教師をしている安藤紫だ。一目惚れだった。ルックス、香り、笑顔、優しい性格、すべてに心を奪われた。
 特に、桃みたいな丸い尻が素晴らしい。ウエストの細いくびれと長い脚が更に魅力的に見せている。去年の夏だった、落とした何かを拾おうとして上半身を屈めた時、西山は幸運にも彼女の真後ろにいたのだ。ワンレングスの艶のある髪、華奢な背中、白いブラウスにブラジャーのラインがうっすら、そして大きなヒップが目に飛び込む。西山明弘は安藤先生のセクシーな尻に、しゃぶりつきたい衝動に駆られた。なんとか理性で自分を抑えたが、絶対に二度目は無理だと思った。
 なんてケツだ! こんなムチムチしたケツは見たことがない。今にもスカートの布がはち切れそうじゃないか。
 後ろから彼女を押し倒し、紺色のスカートの裾を捲くって頭を中に潜り込ませる。パンティの上から安藤先生の尻に顔を押し付けたかった。あのセクシーな尻に埋もれてみたい。
 しかし公立中学校の職員室で、いきなり女教師の尻に抱きつくことは日本国憲法が許してなかった。蚊がとまっていました、そんな嘘もこの場合は通用しないだろう。残念。欲望のままに行動すれば懲戒免職に直結するのだ。法律を守りながら生きていくってことは本当に難しい。  
 ああ、ヤりたい。ヤりたい。ヤりたい。安藤紫先生とヤりまくりたい。その日からは、ずっと頭の中で魅力的な美術教師の裸の後ろ姿を想像し続けた。授業中であろうが、食事中であろうが欲望の火が消えることはない。もしかしたら彼女は素っ裸よりも、衣服を着ていた方が逆に色っぽいかもしれないと思ったりもした。
 職員室にいれば、自然に目が安藤先生へと向いてしまう。仕事に集中できなかった。小テストの採点をしながらも頭の中では、安藤先生を四つん這いにさせて、後ろから大きな尻を両手で抱えて、オレの強力なミサイルを突っ込んでいるところを想像した。
 なんとかして親密な関係になりたい。何度も食事に誘った。しかし未だにいい返事をくれない。オレが嫌いなのか? いや、それはないだろう。なぜなら、ときどき親しげに話し掛けてきたりするからだ。オレが言った冗談にも笑って応えてくれるし。
 もしかしてオレは彼女の好みのタイプじゃないのか? 恋愛の対象にならないとか? だとすると問題の解決は難しい。
 優しく接して彼女の気持ちが変わるのを待つしかない。これは時間が掛かるので気が滅入る。手っ取り早いのは、やっぱり、オレにヤらせてみろよ、だ。すぐにタイプの男になれるだろう。これまでがそうだった。どんな女もオレに背後からミサイルを打ち込まれたら我を失う。持っていた自尊心は粉々に崩れて快楽の奴隷に成り下がる。ヒーヒー、ハアハアと喘ぎ声を漏らして、その目は虚ろ。タイミングを見計らって、オレがミサイルの核弾頭を破裂させてやると、女は身体を弓なりにして歓喜に悶えた。
 しばらく余韻に浸って、声が出せるようになって最初の一言は決まって、「もう一度して」だ。もはやオレの虜だった。
 安藤先生にも同じことが起きるのは間違いない。オレのミサイルを味わった途端に後悔の念に襲われるのだ。ああ、もっと早く食事に付き合うべきだった、と。
 あの手この手で西山明弘が、美術教師からデートの約束を引き出そうと画策していた矢先だった。君津南中学校は何人かの新任教師を迎い入れて、そこで計画が大きく狂うことになる。
 加納久美子、英語教師として赴任してきた女が西山の集中力を乱す。一目見た瞬間に気持ちが舞い上がった。
 憧れていた安藤先生とは全く違うタイプの女だった。痩せてスレンダーな肢体は、何か運動で鍛えられたアスリートという印象が強い。オッパイやヒップが特に大きいわけではない。安藤先生みたいに女らしい身体じゃない。それでも、どこか凄くセクシー。目つきとか仕草とか、男を引き付ける魅力を待ち合わせていた。
 知的な顔立ちは意思の強さを醸し出す。この女を口説くのは大変だと思った。それが故に西山は自分のミサイルを突っ込みたい強い衝動に駆られてならない。難攻不落な女ほどミサイル攻撃をしてみたかった。
 職場に二人のターゲットだ。これは拙い。高校の時にクラスに付き合っていた女がいたにも関わらず、他の女に手を出したことがあった。上手く行っていたのは一ヶ月だけだ。すぐに、どっちの女に何を話したか、どっちの女に何を約束したか、頭の中で混乱してしまう。最後は両方の女に二股がバレて破局した。
作品名:黒いチューリップ 05 作家名:城山晴彦