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黒いチューリップ 05

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「何だよ。お前は関係ない」反射的に喧嘩腰の言葉が口から出てきた。心の中では、お前が転校してくる前に決まったことなんだよ、口出ししないで大人しく座っていろ、と怒鳴っていた。オレの彼女だった佐久間渚を横取りした憎い奴だ。
「そんなことはないと思うな。オレだって二年B組の生徒の一人なんだぜ」
 確かにその通りだ。苦々しい思いで隼人は応えた。「じゃあ、何だよ。言ってみろ」
「どちらにも行かないという選択肢はないのかな?」
「ふ、ふざけんな。どっちかに行くってことは決まってるんだよ」
「そう言うけど、みんなは行きたくないみたいだぜ」
「……」何も言えなかった。クラスの全員が興味深く二人のやり取りを見守る。佐野隼人は明らかに劣勢に立たされていた。教室の空気が張り詰めて時間だけが流れた。
 静寂。
 小池和美が立ち上がった。「黒川くんの言う通りだわ。どちらにも行かないという選択肢もあっていいと思う」
 隼人は自分の耳を疑った。こっ、このやろう。なんて女だろう。どっちかに決めろ、と指示を出したのはお前じゃないのか。全身が怒りで震えた。「おい、小池。お前と古賀の二人が勝手にボランティア活動を--」ことの経緯を明らかにしようとしたが、最後まで言わせてもらえない。
「そんなことは、もうどうでもいいの。どちらにも行かないという選択肢も加えて、全員の意見を聞くべきよ。ねえ、みんな」
 そうだ、そうだ、そうだ、という声があちこちから上がった。佐野隼人は一人、悪者にされた気分だ。無意識に親友の板垣順平の方を見て助けを求めた。ところがだ、奴は顔を下に向けて無関心を装っていた。いつもだったら、みんなに手を上げろよ、とか助け舟を出してくれてるはずなのに。今の奴の態度が信じられない。もはや孤立無援だった。「……じゃあ、どちらにも行きたくないと思う人は?」黒川拓磨の意見に従うしかなかった。当たり前だが、か細い声になっていた。
 ほぼ全員が手を上げた。それを見て佐野隼人は黙って自分の席に戻った。
 なんてこった。最悪の月曜日の朝だ。今日一日、誰とも話したくない。そう思った佐野隼人に声を掛けてきた女子生徒がいた。佐久間渚だった。
 「佐野くん、これ」
 オレを裏切った女だ。その手には交換日記帳を持っていて、差し出す。ムッときた。黒川拓磨にはラブレターで、オレにはこんな面倒くさいモノを持ってくるのかよ。もう続けていられるか、馬鹿野郎。怒りが爆発した。「うるせえっ」佐野隼人は彼女の手から交換日記帳を引ったくるように奪うと、思いっきり床に叩きつけた。
 教室が静まり返った。
 どうした? 何があった? 離れたところに席があって事情を知らない連中から声が上がる。
 佐野くんが渚に怒鳴ったのよ。渚のノートを床に投げつけたわ。問い掛けに答える声も聞こえてきた。二人が付き合っていることは周知の事実だった。二年B組において大スキャンダルと言ってもいい。もし君津南中学校で女性週刊誌が刊行されていたら、次号の表紙を飾る言葉はこれで決まりだろう。『二年B組の佐野隼人と佐久間渚が破局。本誌だけが知る赤裸々な事実』だ。そしてメディアの取材攻勢が始まるのだ。
 佐野さん、今のお気持ちは? 去年ですが二人だけになった放課後の教室でキスまでいったというのは事実ですか? もし傷心の彼女に声を掛けるとしたら、どんな言葉が浮かびますか? 別れた理由の一つに新たな男子生徒の存在があると聞きましたが本当なんですか? 佐久間渚が妊娠しているという噂がありますが、それについて一言お願いします。彼女のパンティとかブラジャーが頻繁に盗まれていますが、破局と関係がありますか? 
 ふざけんな。絶対に誰にも何も喋ってやるもんか。そして佐久間渚が静かに床に落ちた交換日記帳を拾って自分の席に戻っていくのが音で分かった。
 可哀想なことをしたな、という思いはなかった。ざまあみろとしか思わなかった。
 渚、大丈夫? と問いかける五十嵐香月の声が教室の後ろから聞こえてきた。それに続いて、佐野くんて酷い、という誰かの言葉が耳に届く。女の子に八つ当たりするなんて最低じゃない? 佐野くんて男らしくない。非難の言葉が二年B組の教室に飛び交う。
 佐野隼人は自分の席に座ったまま、何一つ身動きできない状況に追い込まれてしまう。何もかもがイヤになった。このまま家に帰りたい。仮病を使って早退しようか。
 しばらくして、ほとぼりが冷めたころを見計らって、顔を上げて正面を向いた。目だけで回りを見ると、ほとんどが佐野隼人と顔を合わそうとしていなかった。……たった二人を除いて。
 一人は黒川拓磨で、薄笑いを浮かべたので直ぐに目を逸らした。オレがこんな目になって愉快なのが明らかだ。畜生。いつか殺してやるからな、覚えていろ。もう一人は意外なことに、根暗の秋山聡史だった。こっちを見てニヤニヤした表情をしていた。何やってんだ、馬鹿野郎。こいつには睨みつけてやった。

   19

 君津南中学校で二学年の主任を務める西山明弘は悩んでいた。最近まではすべてが順調だった。何もかもが上手く行く感じだ。しかし、ここにきて人生における最大の決断を迫られていた。
 始まりは去年の春に学年主任になれたこと。就任が決まっていた人物が交通事故に遭って休職を余儀なくされて、自分に白羽の矢が立つ。周囲からは、君津南中学校で最年少の学年主任だと祝福された。卒業したのは二流の大学だったが、ここで一気に出世コースに乗れたんじゃないかと自信を得た。目標にしていた教頭を通り越して、上手く行けば校長という地位に就けそうな気がしてきた。これからはヘマをしないで、しっかり職務を全うすることだと自分に言い聞かせた。学校、とくに二学年において絶対に不祥事は許されない。何かが起きれば管理責任を問われてしまう立場だ。イジメや暴力に対しては常に目を光らせた。
 主任手当てとして毎月の給与に五千円がプラスされたことは嬉しい。学生時代からの借金があって生活は苦しかった。中古で買ったレガシィのローンだって残っている。今にしてスズキかダイハツの軽自動車にすべきだったと後悔していた。自動車税は高いし、燃費はリッターで10キロに届かない。それにハイオク仕様だった。遊び仲間が大学卒業と同時にフォルクスワーゲンのゴルフGTIを買って、それに対抗意識を燃やしたのが拙かった。車自体は運転していて楽しいのだが、今の自分には維持していくのが大変だ。
 家賃を削るしかなかった。三軒目に訪れた不動産屋が探し出してくれたのが築三十五年を過ぎた木造アパートだ。ここでレガシィのローンが終わるまでは我慢するしかないと諦めた。
 もちろん外観はそれなりで古い。住んでみても多くの場所で不具合が見つかった。歩くだけでミシミシと建物自体が揺れる感じだ。もし大きな地震がきたらどうなるのかと不安だった。ただし入居者が少ない。両隣は空室で静かだった。
 意外なことに家賃は銀行振り込みではなくて、月末に一階の最も日当たりの悪い部屋に住む大家が自ら取りに来た。今時そんなの有りかよってな感じだ。五十代の母親と年頃の娘の二人暮らしで家賃収入だけで生活しているらしい。
作品名:黒いチューリップ 05 作家名:城山晴彦