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黒いチューリップ 05

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 相手は誰なんだ。すごく気になっていく。それは渚の顔が嬉しそうな表情をしていたからだ。まるで恋人と喋っているみたいに見えた。不安が嫉妬心へと変わる。
 男子生徒の全身が見えたとき、佐野隼人は鋸山の展望台から背中を蹴られて突き落とされた気分になった。マ、……マジかよ。
 転校生の黒川拓磨だった。よりによって、あいつだ。あんな奴と何で楽しそうに喋っていられるんだ。
 渚の奴、オレからあいつに乗り換えようとしているのか? こっちが、せっかくプレゼントでもして喜ばせてやろうとしていたところなのに……。なんて女だ。
 もしかしたら自分の思い過ごしで、これからも佐久間渚は自分のガールフレンドでいてくれる。そんな心の片隅に僅かに残っていた期待が、彼女が次に取った行動で完全に打ち砕かれてしまう。
 手紙を、あいつに手渡したのだ。ラブレターに違いなかった。それも教室の横の廊下でだ。大胆過ぎるぜ。もう誰に見られても構わないってことらしい。畜生っ。オレにはラブレターなんかくれなかったのに。嫉妬心は憎しみへと変わった。ふざけた女だ。オレをコケにしやがって。絶対に許してやるもんか。自分の席に座りながら悶々とした気持ちだった。
 「佐野くん」
こんな時に呼ぶんじゃねえ、バカ野郎が。「……」声で小池和美だと分かったが無視した。
「ちょっと、佐野くんたら」
「何だよ」近くにこられて返事をするしかなかった。大柄な女で目立つのに、最近はレンズの大きな玩具みたいなメガネを掛けて余計に注目を集めてる。それ似合っていないから外したら、と誰か言ってやる奴がいないのかよ。 
 不思議なことに、そのメガネを掛け始めてから小池和美の態度が自信に溢れた感じに変わった。理解できない。本人はカッコいいとでも思っているらしい。
 「ボランティアの件だけど」
「それが?」
「どっちに行くか今日中に決めて知らせないといけないの」
「あ、そう」
 そんなことオレが知ったことかよ。委員長の古賀千秋と書記の小池和美、お前ら二人が勝手に決めたことだろう。高校受験で内申書を良くしたいが為だ。
「佐野くん、だから前に出てクラスの意見をまとめて」
「なんでオレが?」ふざけんな。オレは関係ないだろう。
「千秋が休みなのよ」
「……え」
「風邪らしいの」
「ウソだろ」冗談じゃない。今はそんな面倒なことをする気分じゃなかった。
「早く」
「お前がやってくれよ」
「いやよ。あたしは書記だもん」 
「じゃあ、明日でもいいだろう」
「ダメ。今日中に、って言ってるでしょう」
 この強情な女。言い出したら絶対に妥協しない。隼人が嫌がっているのを知っていて、心の中では面白がっているんだ。
「ちっ」佐野隼人は渋々だが立ち上がった。小池和美の声が大きくて周りの注目を集めていたからだ。早く終わらせて席に戻ろうと考えた。
「おい、佐野。ちょっと、いいかな?」
「何だ」教壇に立とうとしたところで、山岸涼太と相馬太郎の二人に呼び止められた。こいつらか、という思いだ。また何か、くだらないことをしようとしているのが、連中のニヤニヤした表情から明らかだ。
「アンケートの結果が出たんだ。発表させてくれ」と、相馬太郎。
 すぐに数人の男子生徒から声が上がる。そっちが先だ。山岸と相馬の話が聞きたい。そうだ、先にやらせろ。
 ここは引き下がるべきだと佐野隼人は判断した。「分かった。早くしろよ」そう言って自分の席に戻った。
 小柄な相馬太郎が山岸涼太を従えて教壇に立つ。右手に紙を持っていた。「前回の『二年B組女子生徒ベスト・オナペット』は、当然ですが投票権は男子に限られました。それで今回は『AV女優になりそうな二年B組女子生徒』のアンケートを行って全員に協力してもらいました」
 相馬太郎は生徒全員の反応を確かめながら話す。得意げだ。こういう場面では輝いていた。
 「では発表します。第三位は篠原麗子さんでした」一斉に拍手が起きる。『ベスト・オナペット』では二位でしたが、今回は順位を一つ落としました。でもさすがですね。おめでとうございます」
 拍手は続いた。視線が篠原麗子に注がれる。本人は恥ずかしそうに下を向く。その顔が次第に赤くなっていくと、逆に拍手は大きくなった。おめでとう、という声も上がって、はやし立てた。
 「第二位は五十嵐香月さんです。ベスト・オナペット第三位から一つランクを上げました。映画鑑賞で演技に対する感性が身についていると判断されたのでしょう。おめでとうございます」
 同じように拍手が起きたが、本人は注がれる視線に軽く笑っただけだった。
 「第一位は--」と相馬太郎が言い出すと、大きな拍手と共にクラス全員の視線が手塚奈々に集まった。「そうです。手塚奈々さんです。『二年B組女子生徒ベスト・オナペット』に続いての連覇を達成しました。おめでとうございます。みなさん、盛大な拍手をお願いします」
 相馬太郎の言葉に応えて手塚奈々が席を立つ。両手を挙げて勝利の喜びを表現した。「ありがとうございます。AVデビューしましたら、ぜひ応援して下さい」そして挙げた手を頭の後ろで交差させると身体を捻ってセクシーポーズを取って見せた。
 それが男子に受けて拍手が大きくなった。会釈して彼女が席に腰を下ろすまで続く。どんなに冷やかしても手塚奈々は期待を裏切らない。軽率な女に扱われて嫌がるどころか、反対に調子を合わせておどけて見せるので男子から絶大な人気があった。
 しかし今回のアンケートの結果発表は前回ほどの盛り上がりはなかった。ランキングに入る女子生徒に代わり映えがなかったからだろう。三度目は無いなと思った。相馬太郎と山岸涼太から、終わったと合図を送られてオバア佐野隼人は席を立って教壇へと進んだ。
 「ボランティアの件なんだ」その一言で教室は静まり返った。まったく関心がないという証拠だ。隼人は続けた。「南子安にある老人ホームか坂田の福祉施設のどっちへ行くか決めたいと思います。これから票決を取りますから手を上げてください」
 ……。 
 何の反応もない。山田道子が隣に座っている奥村真由美に話し掛けるのが見えた。ボランティのことで何か言うのかと思ったら、英語の宿題どこまでだった、という声が聞こえてきた。隼人は一気に進めて早く終わりにしようという気持ちを強くした。「老人ホームでいいと思う人?」
 誰も手を上げない。どころか誰も、こっちを見ていない。嫌な予感が脳裏に走った。「じゃあ、坂田の福祉施設?」
 ……。
 やはり誰も手を上げなかった。完全に無視されていた。畜生、古賀千秋の奴が休んだりするから……。「おい、どっちかに決めなきゃならないんだ」言葉に怒りが滲んでしまう。「どっちかに手を上げてくれないと困るだろう」
 ……。
 教室は静かなままだ。これは大変なことになった。きっと長引きそうだ。佐野隼人に対して残りのクラス全員が対峙するという図式が教室に出来上がった。どうやって連中を説得させて、どっちに行くか決めさせるか。この状況から早く脱出したかった。 
 「ちょっと、いいかな?」やっと誰かが反応してくれたかと思ったら、それは黒川拓磨だった。
作品名:黒いチューリップ 05 作家名:城山晴彦