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黒いチューリップ 02

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「それでもオレ達は金を土屋恵子に払い続けなくちゃならないのか」
「しばらくはな」
「畜生、あの女がいなくなってくれたら、どんなに嬉しいか」
「ところで関口から連絡はあったか?」前田良文が二人の会話に割って入った。
「いや、ない」と山岸涼太が答える。
「どうしてんだろう」と相馬太郎。
「もう二度と会えないかもな。なにしろ九州へ行っちまったんだから」
「ちぇっ、寂しいな」
「仕方ないぜ。火事だもんな」
「だけどさ、あいつ、その日の学校で、もう金の心配はしなくていいかもしれないって言ってたんだぜ」前田良文が言った。
「うん、そうだった」と、山岸涼太。
「そう言えばそうだ」相馬太郎が続く。「思い出した」
「どういう意味だったのか気にならないか?」前田良文は二人に向かって訊いた。
「そりゃ、気になるぜ。その理由が知りたい」相馬太郎が応えた。
「言われた時は冗談かと思って真剣に受け取らなかったが、今は凄く気になってる。なにしろ直後に家が火事で全焼だからな」山岸涼太が言う。
「関係があるのかな?」
「わからない」
「なんとか知る方法はないのか?」
「こっちからは連絡の取りようがない。関口から電話が掛かってくるのを待つしかないんだ」
「……」山岸涼太の返事に相馬太郎と前田良文の二人は黙った。僅かな希望も失われた思いだった。

 五人の窃盗グループの全盛は、土屋高志と連絡が取れなくなったことで終焉を迎えた。どうしたんだろう、と四人が不思議に思っていると、学校で女子が噂を口にしているのを耳にした。奴が何かを盗んでいるところを、パトロール中の警察官に見つかって逮捕されたらしいという内容だった。まさか。これはヤバイ。自分たちのことも白状するんじゃないかと、四人は震え上がった。毎日が気が気でない。いつ警察が逮捕に来るか分からない状況だ。兄貴がどうなっているのか土屋恵子に訊きたかった。しかしそうすればオレたちの悪事がバレてしまう。
 ああだ、こうだと四人で話し合っても情報が全くないのだから何の進展もない。ただ怯えて毎日を過ごすだけだった。
 「ちょっと話したいことがあるんだけど」ある日、山岸涼太が土屋恵子に声を掛けられた。昼休み、四人は体育館の裏で彼女の前に集まった。
 「あんた達が、うちの兄貴と組んで万引きをしていたのは知ってるよ」
「……」誰も返事はしない。
「今さ、うちの兄貴が警察に捕まっているんだけど、それは聞いているだろ?」
「……」
「しらばっくれんじゃないよ。あんた達の為にならないよ」
「どういう意味さ?」山岸涼太が訊いた。
「日曜日に、あたしが留置場まで面会に行ったんだ。兄貴は警察の取調べが厳しいって嘆いていたよ」
「それで」
「安心しな。あたしが兄貴に、あんた達のことは黙っているように頼んでおいたから」
「本当かい?」土屋恵子の言葉に跳び付くように相馬太郎が反応した。
「当たり前じゃないか。捕まるのは一人で十分さ」
「ありがとう。助かったよ」と、相馬太郎。
「ただし、……」
「え?」
「こっちが助けてやるんだから、あんた達にもそれなりに協力してもらわないと」
「……」そんなことだろう、と山岸涼太は思った。関口貴久の方を向くと、やはり頷いて見せた。
「協力って?」と、相馬太郎。
バカヤロー、そんなこと訊くまでもないだろう、と山岸涼太は怒鳴りたい気分だった。
「金だよ」子供を諭すみたいな感じで土屋恵子が答える。
「……」
「それなりのモノを留置場にいる兄貴に差し入れてやりたいんだ。あそこは冷暖房もないし、食事も粗末なもんさ」
「幾らだ」関口貴久が訊いた。
「週に三万円で、どうだろう? 留置場へ行くにもタクシー代が要るんだ」
「とても無理だ。そんな金を毎週なんて」
「じゃあ、二万円してやってもいい。その代わり--」
「そんなに稼げない。もっと安くしてくれないと」
「じゃあ、幾らだったら持ってこれるのよ」
「……」
「バカみたいな金額だったら、きっと兄貴はすべてを白状すると思うよ」
「わかった。週に一万円でどうだろう」関口貴久が答えた。
「たった一万円かよ。もう少し、どうにかならないの?」
「もし稼ぎが良かったら、その週は増額する。それで勘弁してくれ」
「……」
「頼むよ、お願いだから」
「じゃあ、しばらくの間は一万円で許してやろう。でも稼げたら、もっと持ってくるんだよ。いいね」
「わかった。そうする」
 話は終わったと判断して土屋恵子がその場から去っていくと、残された四人は今後のことを考えなければならなかった。 
 「オレたち、週に一万円も稼げるかな?」前田良文が言った。
「まず難しいな」答えたのは関口貴久だ。
「じゃあ、週に一万円にしてくれなんて何で言ったんだ?」と相馬太郎。
「仕方がないだろ。それがあの女を納得させられる最低の金額だ。それ以下だったら話はまとまらなかった」山岸涼太が代わりに答えた。関口貴久がやった交渉を理解していた。
「これからどうするんだ、オレたち」と、前田良文。
「まず持ち金を集めて、そこから一万円づつを土屋恵子に支払っていく。仕事は続けるが得た金は関口が管理する。もう一円も自由にならない。それで時間を稼ぐんだ」
「時間を稼いでどうする?」
「こっちの考えをまとめて再び交渉しよう。事態が好転するかもしれないし」
「どういう意味だ?」
「土屋高志が釈放されたら事情は変わるだろう」
「釈放されるのか?」
「わからない。あのバカがどれほどヤバい事をしでかしたに係っている」
「釈放されなかったら、奴は刑務所へ行くんだろうか?」
「いや、それはないだろう。きっと少年院だと思う」
「げっ、少年院かよ」相馬太郎が大きな声を出して、山岸涼太と前田良文の会話に割って入る。「もしバラされたら、オレたちも行くことになるのか?」
「そうだ。怖くなったのか、相馬?」冷やかすように山岸涼太が訊く。
「オ、オレ、……少年院はイヤだ。絶対に」
「行きたい奴なんているかよ、バカだな」
「オレ、聞いたんだ。どんなに酷いところか、少年院が」
「誰から?」
「知り合いだ。あそこじゃ、看守に酷い虐めに遭うらしい」
「ぶん殴られたりするのか?」前田良文が口を挿む。
「違う、そんなんじゃない」
「じゃ、どんな?」
「看守のチンポコを銜えて精液を飲まされるんだってよ」
「げっ、……マジかよ?」
「……」山岸涼太と関口貴久は黙っていた。
「本当だ。ガキどもはニューヨークで、ハンバーガーの屋台を地下鉄の階段から滑り落としたイタズラで警察に逮捕されたんだ。それで少年院へ直行だ」
「えっ、ニューヨークだって?」驚いて前田良文が訊き返す。
「……」
「それって外国の話かよ?」関口貴久が続く。
「お前、今、確かニューヨークって言ったよな?」山岸涼太の言葉には、いい加減な事を口にした仲間を咎める咎める響きがあった。
「違う、間違えた。ち、千葉だよ」
「おい、千葉に地下鉄はないぞ」
「あ、東京だった。思い出した」
「お前の話はウソくさいなあ」
「映画かなんかの話じゃないのか?」
「違う。本当なんだ。信じてくれよ」 
「……」誰も返事をしない。
作品名:黒いチューリップ 02 作家名:城山晴彦