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黒いチューリップ 02

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 その問い掛けに真っ先に反応したのが相馬太郎だ。「オレも安室奈美恵のCDが欲しい」すぐに前田良文が続く。「オレも」山岸涼太と関口貴久の二人は黙っていた。相馬も前田も音楽には興味がないはずだ。タダで手に入るなら何でも欲しいという二人だった。
 昼メシは浮いた金で、四人と土屋高志でルピタにあるマクドナルドへ行った。万引きが成功したことで仲間意識が生まれていた。ハンバーカーを食べながら、当然の成り行きで、これからどうするかという話になる。 
 「俺たち五人が手を組めば絶対に上手く行く。前田、お前は背が高いから見張り役にぴったりだ」と、土屋高志は力強い口調で説得を始めた。今まで見たことがない姿だった。山岸涼太は、こんな男にリーダーシップを握られたんじゃ不安だと感じたが、欲しい物がタダで手に入るならと黙っていた。
 「盗んだ商品を金に返られないかな?」という相馬太郎の問い掛けにも土屋高志は、「いい考えがある。お前らが学校の友達から注文を取って来るんだ。その商品をオレたちが盗んで、そいつに定価の半値で売ってやろうぜ。どうだ?」と、すでに用意していたみたいに間を置かずに答えを出してくる。
 マクドナルドの店を出た時には五人の窃盗グループが出来上がっていた。やる気満々だ。もう好きな時に欲しい物が何でも手に入る能力を身に付けたような気になっていた。
 万引きは面白いほど上手く行く。前田良文が見張り、山岸涼太と関口貴久が大きな声で喋りながら店員の注意を引く、実行するのは土屋高志と相馬太郎だ。ヤバいと感じたら五人は絶対に一緒に逃げない。その場でバラバラに散らばる。何を盗むか前もって計画を立てた。同じ店に何度も足を運ばない。山岸涼太と関口貴久が中心になってルールを作った。学校で注文を取るのも二人の仕事だ。
 国道127号線沿いに大きなカジュアル・ウエアーの店がオープンした時は最大の収穫を上げた。初日の特売に大勢の客が押しかけて店内はごった返し、万引きのやり放題だった。すぐに盗んだ商品で持ち込んだリュックはいっぱいになり、何度も家に戻らなければならなかった。この時だけはルールを無視して、五人が手当たり次第に商品をリュックに詰めた。
 万引きした商品を学校の友達に売る計画は、考えていたほどの値段では捌けなかっが貴重な現金収入をもたらした。
 少しでもヤバそうだと感じたら店を出る。危険は冒さない。常に用心を心がけた。しかし相馬太郎だけは上手く行けば行くほど行動が大胆になっていった。
 
 公園の隅まで来て立ち止まり、山岸涼太の三人と土屋恵子が対峙した。
 「話って何よ? こっちは急いでいるんだから。早くしてよ」いつものことだが、今日も土屋恵子は機嫌が良くないらしい。教室では無口な方だった。痩せてもいないし、太ってもいない。身長は百六十センチ足らずか。笑った顔を見せることは少なくて、いつも無表情。金を要求する姿は堂に入っていた。チンピラみたいな兄貴よりも悪事にには長けている感じだった。
「実はさ、あのう……、金のことなんだ」山岸は低姿勢で話す。
「だめ、だめ。今週分は待てないよ。もう使い道が決まっているんだから」
「だけど毎週一万円なんて、もう無理な話だ。そんなに簡単に上手く行く仕事じゃないんだから。もう関口はいないし」
「うそ言うんじゃないよ。あんた達が手塚奈々や古賀千秋に、ワコールの下着を売って稼いでいるって聞いたけど」
「でも安くしか買ってくれないんだ」
「幾らで売っているのよ?」
「もう定価の半値以下さ。稼いだ金は、ほとんど渡しているっていうのが実情なんだ」
「じゃあ、今週は幾ら出せるのよ」
「三千円が精一杯だ。頼むよ、それで勘弁してくれ」
「たった三千円?」
「そうなんだ」
「ふざけないで。それっぽちじゃあ、とてもディズニーランドへ行けない。オバアちゃんの誕生日だって近いのに」
「……」そんな事に俺たちが稼いだ金は使われるのかよ。バカらしい。山岸涼太は首を回して仲間の顔を窺った。連中の表情から同じ意見だと理解した。
 「あんた達のことを黙っていられなくなるかもよ」
 その脅し文句を待っていた。要求された金額を渡せないと毎度のように聞かされる言葉だった。山岸涼太は用意してきた切り札を口にする。「それも仕方ないと思っている。もう限界なんだ。でも、そしたら一円も持って来れなくなるぜ」
「……」土屋恵子が黙る。
 思ったとおり効果があったようだ。言葉を続けて一気に畳み掛ける。「学校があるから週末にしか仕事は出来ないし、いつも上手くいくとは限らない。もう疲れたよ。好きなようにしてくれても構わないと思っているんだ」
「じゃあ,幾らだったら持って来れるのよ?」
「わからない」
「そんなんじゃ、こっちの予定が立たないわ」
「そう言われたって、オレ達だって困るんだ。その時その時で稼ぎは違うんだ。約束なんて出来るもんか」
「じゃあ、どうしよう。いつまで兄貴を黙らせていられるか分からないわ」
 土屋高志のことは疑わしかった。警察に捕まったことは聞いていたが、その後どうなったのか誰も知らない。それに兄貴を黙らせておくのとディズニーランドやオバアちゃんの誕生日に、一体どんな関係があるというのだろう。山岸涼太は強気に出ることした。
 「オレ達から言えることは、稼いだ分の七割を差し出す。それぐらいしか出来ない」
「あんた達が幾ら稼いだか、どうやって確かめられるの?」
「オレ達が言うことを信じてもらうしかないな」
「そんな」
「だって、それしか方法がないだろう」
「……」
「納得がいかないなら、好きにしていい」
「考えさせて」
「そうしてくれ」
 その言葉を最後に土屋恵子は公園から出て行こうとしたが、何かを思い出したように振り返った。
 「相馬、お前は土曜日の朝に迎えに来な。オバアちゃんを足の治療で病院へ連れて行くんだから」
「無理だよ」同級生なのに目下扱いだ。でも何も言えなかった。
「どうして」
「もうセルシオは手放した」
「バカじゃないの、お前は。まだまだ手伝ってもらいたい事が沢山あるのに」
「盗んだ車なんだ、長く持っていられないよ」
「また盗めばいいじゃない。とにかく土曜日の朝には迎えに来てくれないと困るの」
「ダメだ、行けない。そんなに都合良く車なんて盗めるもんじゃないんだ」
「……」
「ナンバーが登録されているから、早く乗り捨てないと警察に捕まっちまう」
「まったく。お前たちって本当に使えない連中ばっかりだ」
 土屋恵子が不機嫌に立ち去って行く後ろ姿を、三人は黙って見守った。最初に口を開いたのは相馬太郎だ。
 「畜生っ。あの女、ぶっ殺してやりてえ」
「本当だ。ガソリンでも頭から浴びせて火を付けてやろうぜ」と前田良文が応えた。
「だけどな、お前が教室でセルシオを盗んだなんて自慢するからいけないんだ。あの女は地獄耳だって覚えておけ」
「わかった。で、これからどうなるだろう」
「オレ達の提案を呑むしかないと思う」
「土屋高志が警察に喋ったりしないかな」
「大丈夫じゃないかな。もうオレは信じていない。土屋のバカ兄貴は警察に捕まったけど、きっと釈放されているぜ」
「じゃあ、今どこにいるんだ?」
「わからない」
作品名:黒いチューリップ 02 作家名:城山晴彦