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黒いチューリップ 02

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「……」からかっているのか、という思いが頭を過ぎる。いや、そうでもないらしい。生徒は真面目な表情のままだ。ここは相手に付き合うべきだと考え直す。「ないわ。と、いうか良く知らないの」
「じゃあ、先生は金縛りに遭ったことってありますか?」
「寝ていて体が動かなくなったりすることね?」
「そうです」
「いいえ、ないと思う」
「そうですか」がっかりした様子を露骨に見せる。
「あなたは、どうなの?」
「僕ですか? はい、あります。霊の存在を感じることがあるんです」
「そう」それしか言いようがない。それとも、凄いわ、とか言うべきだったのか。
「ええ」
「ねえ、成績のことなんだけど--」話を戻さないといけない。
「先生」言っている途中で言葉を挟んだ。「転校生して来た黒川なんですが」
「え?」
「黒川拓磨のことです」
「どうかしたの、彼が?」
「あいつ、怪しいです」
 いきなり何を言い出すのか。「どういう事、……怪しいって?」
「何て言うか……」
「何かされたの?」
「いいえ」
「じゃあ、どうして、そんな事を言うの?」
「……」
「あなたらしくないわ。理由もなく人のことを悪く言うなんて」
 加納久美子の頭の中で、午前中に見たサッカーのゴール・シーンが蘇る。佐野隼人はシュート・チャンスを転校生の黒川拓磨に横取りされていた。それで腹を立てているのかしら、という考えが浮かぶが直ぐに否定した。そんな狭い了見の子じゃなかった。
「あいつは--」 
 生徒の顔は真剣そのものだ。その迫力に圧されて次の言葉を待つ加納久美子だったが、別の声に名前を呼ばれてしまう。
 「加納先生、一番に電話です」学年主任の西山先生だった。
「……」生徒が口を閉ざす。
「……」どうしていいのか分からず、間ができた。
「加納先生、板垣順平の母親から電話です」返事がないので西山先生が繰り返した。
「はい」加納久美子は佐野隼人の顔を見たまま声を出す。「ごめんなさい。また後で話しを聞くわ」生徒に謝って、右手を躊躇いがちに電話に伸ばした。

   12

 オレらしくなかった。オレがするような事じゃない。キャプテンの佐野がすべき事だろう。
 板垣順平は行動を起こすのに時間が掛かった。他の生徒に頭を下げるような行為はしたことがない。サッカー部のエース・ストライカーで、身長は百八十センチを超える。学校での存在感は抜群で、いつも周囲の注目を集めていた。こっちが知らなくても多くの生徒が会釈する。とくに女生徒からされると嬉しい。可愛かったり、美人だったりしたら尚更だ。しかし笑顔は見せない。常にクールを装う。
 下校途中、前方に転校生の姿を認めた。ショルダー・バッグを重そうにして歩いていた。体育の授業で見せてくれた、あのヘッディング・シュートの興奮が蘇る。あれは本当に凄かった。よっぽどの運動神経がないと出来ないプレーだ。身長は百六十センチぐらいだろうか、身体つきも痩せて華奢だった。それでいてゴール前に走り込んだ俊敏な動きとジャンプ力。人は見かけによらないと言うが、その通りだと実感した。
 さっそく休み時間にサッカー部のキャプテンである佐野隼人に、あいつを入部させようと提案した。ところが返ってきた言葉は、『うん、そのうちな』という乗り気のないもので、がっかりした。
 劇的なゴールを決めた転校生が、今こうして目の前を一人で歩いている。自分が声を掛けて、サッカー部への入部を誘ってみようかという気になっていた。
 三週間後には富津中学との練習試合がある。前の試合では2-3で逆転負けていたので、次の試合では絶対に勝ちたかった。
 その自信はある。なぜなら前回の試合では彼らの技量に負けた訳ではないという気持ちがあるからだ。個々のテクニックとチームワークは君津南中の方が上だ。
 負けた原因は一つで、それは富津弁だ。試合が始まると直ぐに、恫喝するような汚い言葉が飛び交い始めた。相手チームが仲間割れでも起こしたのかと思った。彼らが彼らなりに普通に意思を伝達しているだけだと知るまで時間が掛かった。けんか腰に喋ってるとしか感じられないのだ。観客の富津弁での声援も独特のものだった。いつものプレーが出来ない。方言に翻弄されて敗れた試合だ。
 鶴岡政勝はビビッて動きに精彩を欠く。クリアミスして失点。あのバカは役に立たない。司令塔の器じゃなかった。
 自分は自転車での転倒事故から体が完全に回復していなかった。前の試合は欠場を余儀なくされて感覚も鈍っていた。
 次の試合は君津南中学で行われる。絶対に2点差以上のスコアをつけて相手をギャフンと言わせてやりたかった。もしチームに転校生が加わってくれたら、もう鬼に金棒だ。
 板垣順平は歩調を速めた。「おーい」
 声を掛けると転校生は振り向いて、怪訝そうな顔を見せながらも足を止めてくれた。追いつくと同時に相手を褒めた。「さっきのヘッディング・シュートは凄かったじゃないか」言いづらくて舌を噛みそうだった。褒められることには慣れているが、飼っている犬のルルを別にして誰かを褒めることはした記憶がない。
 「ありがとう。だけど君が精度の高いクロスを上げてくれたから出来たプレーさ。感謝するよ」
「あはは。そんなことねえよ」その謙虚さ、気に入った。なかなかいい奴らしいな。こりゃあ、幸先いいぜ。「家はどこだい?」
「大和田だよ」
「そりゃあ、ちょっと学校からは遠いな。自転車通学の許可が下りるんじゃないの? 加納先生に頼んでみたら」
「うん。ほかの奴からも同じことを言われた。考えてみるよ」
「そうしろ。オレの家も学校から近いとは言えないけどな。途中までは一緒だ。実は話があるんだ」
「何だい」
 板垣順平は転校生と並んで歩き出した。身長で二十センチも違うとかなりの体格差だ。こんなに小さい奴が、よくもあんなプレーが出来たもんだと再び感心する。が、バルセロナのメッシとかイニエイタにしても他のサッカー選手と比べると小柄な方だった。それに気づいて身体の大きさは関係ないと納得する。相手のショルダー・バッグのチャックが開いていて中身が見えていたが、無視して入部の誘いを開始した。「前の学校では、サッカー部だったのかよ」もしそうなら話は早い。
「いいや」
「……」残念。そう上手く話は運ばないらしい。最短で、周西小学校の前を通り過ぎるまでに話は決まるかもしれないと期待したのだったが。
「部活はしていなかった」
「おい、おい」意外な答えが返ってきた。ちょっと待て、あの運動神経を眠らせていたっていうことか? まさか。「でも、何か運動はしていたんだろう?」そうでもしなけりゃ、あんなヘッディング・シュートは出来るもんか。
「ううん、別に」
「マジ? それで、あのプレーかよ。ちょっと信じられないな。すごいの一言だよ、本当に。ところで、こっちの中学では何か運動部に入るつもりはあるの?」
「わからない」
「どういう事だよ、わからないって? その運動神経を、どこかの部活で生かすべきだろう」
「そうかな」
「そりゃ、そうさ。もったいないぜ」何なの、この欲のなさ。理解できねえ。サッカー部に入って、今日みたいなゴールを決めればオレみたいにヒーローになれるっていうのに。
作品名:黒いチューリップ 02 作家名:城山晴彦