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⑤冷酷な夕焼けに溶かされて

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ルイーズの言葉に、鼓動がとくとくと早くなった。

胸の奥底からわきあがる喜びに、私は叫び出したい気持ちだったけれど、口元を両手で塞いで、それをなんとか押し止める。

「…勘違いしてしまいそう…。
ミシェル様に嫌われているわけではないのね、私。」

くぐもった声で呟くと、ルイーズが大きな手で、私の頭をぽんぽんと優しく叩いた。

「むしろ、大事にされているんじゃないか。」

そして、身を屈めて私の顔を覗き込む。

「なのに、俺と結婚することを命じられた。」

掠れたやわらかな声に、私は目の前のミルクチョコレートの瞳を見つめ返した。

「リク様も『ミシェル様の役に立つ』とおっしゃっていた。
やはり、覇王を倒すための重大な任務なのだろう。」

(覇王を倒すための『任務』…。)

その瞬間、覇王が鮮やかに脳裏によみがえる。

『おまえのせいで、最近ミシェルは反抗してきよる。』

その原因を、覇王がなぜ私と思われたのか…。

覇王にさえも、ミシェル様の変化が見えたということなのか…。

(『最近ミシェルは反抗してきよる』…。)

(ミシェル様は、『いつ』から『反抗』を?)

(私が知る限り、ルイーズの国は覇王様の命令通り滅ぼした…。)

(その次は…デュー。)

(デューは…属国になった…。)

(もしかして、これは命令違反だったのでは…。)

もし、覇王からはヘリオスを手に入れて、デュー自体は滅ぼすよう命じられていたのであれば、間違いなく命令違反だ。

それをミシェル様は独断で属国とし、王族を二人も残したのかもしれない。

(本来なら、『ヘリオス』の兄上だけがルーチェへ連行され、私は殺されていたはず…。)

そもそも、いくら父が降伏条件として私の命乞いをしたとしても、それを受け入れる利点などルーチェにはない。

(だって、ルーチェに抵抗できる力も交渉できる切り札も、デューにはないんだもの。)

(わざわざ命令違反をしてまで、降伏を受け入れる必要なんてなかった。)

当時は無駄な労力をかけずに済むから降伏を受け入れたのだと思っていたけれど、今ならルーチェにとってデューなんか一瞬で滅ぼせたということがわかる。

(無駄に感じる労力すら、必要なかったわよね。)

(だって、侵略された時、父は私を出陣させなかったのだから。)

もとより、『ヘリオス』がいたとしても勝てる戦ではなかった。

とは言え、『ヘリオス』がいれば一矢報いることはできたかもしれない。

けれど、その後捕らえられてしまうのは目に見えている。

父は、『ヘリオス』が捕虜になることを恐れたのだ。

だから侵攻の知らせが入った時、すぐに父は側近と共に国境へ向かった。

そしてルーチェ軍に、自らの首と引き換えに私達兄妹の命乞いをし、デューは降伏、無血開城となった。

その後ミシェル様は属国協定を結ぶために兄に会った時、『ヘリオスでないと気付いた』とおっしゃっていた。

その時に、私達はルーチェを謀った罪で処刑されていてもおかしくなかった。

(降伏も、それを理由に破棄されて当然だったのに…なぜ?)

なぜ、その場で内容を変更してまで協定を結んだのか…。

そもそも『妹が即位、兄は捕虜としてルーチェへ』という父が出した降伏条件自体、あり得ない。

(私がもともと王位継承権を持っていたのなら、話は別だけれど…。)

考えれば考えるほど、デューを残そうとすると色んな歪みが生まれ、ルーチェにとっての利点が何ひとつ見当たらない。

(覇王様の不興を買うことになるし…。)

(なのになぜミシェル様は…。)

「ニコラ?」

ジッと黙り込む私の顔を、ルイーズが再び覗き込んだ。

けれど私は気付きながらも、つい考えに没頭してしまう。

『これ以上、覇王に力を持たせたくないからヘリオスを献上したくない。』

それなら、『ヘリオス』と露見した私をその場で殺せば済んだ。

処刑理由なんて、何とでもなっただろうし…。

わざわざ生首を偽造してまで命を助ける価値は、ないはずだ。

はじめは、『ヘリオス』に一騎当千の価値があるからと思っていた。

(でも…。)

『おまえはもう不要だ。』

そう言って、簡単に切り捨てられる程度なのだから…。

『私が覇王から命じられてヘリオスを探しているのを知っていながら隠していたとは。おまえはもう信用ならぬ。』

それなのに、報告しなかったというだけで、ルイーズは処刑されそうになった。

(結局ルイーズの処刑は、ヘリオス処刑を偽装する為の計略だったのだけれど、そもそもそこまでする理由が何もない…。)

「!」

突然、ある考えが閃く。

『もう、おまえは不要だ。』

(そうよ…『不要』なら殺せばいいのに…。)

『ルイーズと婚姻しろ。』

(なぜ、こんなことを命じられたのか…今ようやくわかった…。)

『ミシェル様の役に立つ。』

(…ちがうわ…。)

(重要な任務でも、ミシェル様の為でもなく…。)

「ニコラ?」

ルイーズに肩を掴まれる。

「どうした?大丈夫か?」

「ルイーズ。」

私は、間近にあるミルクチョコレートの瞳を見上げた。

「私達、ここにいたらダメ…。」

「え?」

「ミシェル様が…危ないわ…。」

私の言葉が思いがけなかったのか、ルイーズがひゅっと息をのむ。

「…なんだと?」

「そもそも…星一族との繋ぎを担うフィンがお側を離れるなんて、ただ事ないじゃない。」

ルイーズが、ハッと目を見開いた。

「何があったのかわからないけど、少なくともフィンが無断で帰国してきたのは間違いないわ。
様子もおかしかったし…。
リク様の尋問で、ミシェル様に何かされたのでないとフィンは答えていた…。
それなら、覇王様じゃないの?
フィンがミシェル様のおそばを離れるよう、覇王様が何か仕掛けたのだとしたら…。」

「星一族との繋がりを絶たれたということか?!」

「だから、急いでルーチェへ帰らないと!」

「いや…待て!ミシェル様の計略、という可能性はないか?
ならば我々が独断で動くことは、それを妨げることに」

「それなら、少なくともリク様はご存知のはずよ!!」

「!」

「フィンも、リク様もご存知ない、ミシェル様独断の計略って…意味あるの?あの覇王様相手に、そんな計略立てるかしら?」

「…いや…しかし…」

「ミシェル様が死んでいいの!?」

「っ!」

「……。一刻も早くルーチェへ!」

私が立ち上がろうとすると、力強く抱きしめられる。

「それならば、なおさら結婚したほうが良くないか?」

首筋に、ルイーズの熱い吐息がかかった。

「ミシェル様が命じた『婚姻』。やはり何か重要な意味がある気がしてならないんだ。」

決して私情ではないと言いながらも、私を抱きしめる腕の力が強まる。

「…だから、結婚しよう。」

(ルイーズ…。)

「…とりあえず、城へ戻ってからよ…。」

無碍にもできず、ずるいと思いながらもそう答えた。