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⑤冷酷な夕焼けに溶かされて

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プロポーズ


「着いたぞ。」

その言葉に顔をあげると、なんとそこは一面レンゲソウの咲き誇る丘だった。

「きれい…。」

「デューで遊んだ丘に、似てるな。」

ルイーズも腰に手を当てて、ぐるりと辺りを見渡す。

「よく、こんな場所を知っていたわね。」

笑顔で見上げると、そこには真剣な表情のルイーズがいた。

「…。」

頬を紅潮させ、潤んだ瞳で真っ直ぐに見下ろしてくる。

「ルイーズ…?」

何も言わず微動だにしない様子に首を傾げると、ルイーズがストンッと地面に膝をついた。

そして、ポケットからビロードの箱を取り出す。

「ニコラ。」

掠れた声は、微かにふるえていた。

「俺と、結婚してくれ。」

言いながら開かれた箱からは、光を纏った透明な宝石がのぞく。

ルイーズはそれを指で摘まむと、私の左手を優しく取った。

(…手が…ふるえてる…。)

(私も…。)

ひやりとした硬い感触が薬指の爪先を滑ると同時に、脳裏を夕焼け色の瞳がかすめる。

その瞬間、咄嗟に右手でルイーズの手を押し止めてしまっていた。

「!」

ハッとした様子で、ルイーズが顔を上げる。

大きく見開かれたミルクチョコレート色の瞳が、戸惑いに揺れていた。

「…ごめんなさい…ルイーズ。」

私は左手をぎゅっと胸に抱きしめると、そのまま座り込む。

「ごめんなさ…。」

ルイーズのことは、好きだ。

ミシェル様に出会うまでは、ルイーズのことをずっと想っていた。

ルイーズの国が滅んでからは、いつか戦場でルイーズと会えればいいと思いながら『ヘリオス』として生きてきた。

だから、ルーチェの使者として、ルイーズが私を迎えに来た時は、胸が張り裂けそうに辛かった。

愛する人の手で、後宮へ連れて行かれる身を恨んだのも事実だ。

しかも、その愛する人は男妾の務めも果たしていて、目の前で伽を見せられた時は…心が壊れそうにもなった。

その後、ルイーズからミシェル様への恋心を聞いて、ルイーズへの想いを断ち切った。

思えば、ルイーズへの想いは『憧れ』だったのかもしれない。

幼い頃に抱く、淡い初恋だったのだろう。

でなければ、たとえルイーズが同性愛者だと知っても、別の人を好きだと知っても、そう簡単に想いは断ち切れなかったはずだ。

そう。

まさに今、存在が不要だと言われても、別の人と結婚しろと言われても、おとぎの国へ置き去りにされても尚、そばにいたいと思うほどに求めていたはずだ。

この想いは、離れていても深まるばかり。

初めは、恐ろしくて理解できなくて、ミシェル様のことは好きではなかった。

けれどミシェル様と過ごすうちに、まるで磁石のように心が惹き寄せられていった。

ミシェル様の本当の姿を知るたびに、彼を守り支えたいと思った。

ルイーズの国が滅ぼされた時は、連れていかれるルイーズをただ見送るだけだった。

どうしようもない、と諦めた。

けれど、ミシェル様は違う。

愛されていなくても、不要だと捨てられても、どうにかしておそばにいれる方法はないかと模索してしまう。

寵姫としても、王女としても、ヘリオスとしても切り捨てられた私は、どうやったらおそばへ戻れるだろうか。

そんなふうに、常に考えている。

「俺が…両性愛者だから、気持ち悪くなったのか?」

「いいえ。そんなわけないでしょ。」

「…では俺が…ルーチェで2回、おまえの首を痛めつけたから…嫌いになったのか?」

ルイーズが苦しげに頬を歪めながら、私から目を逸らした。

「いいえ。あれはそれぞれ理由があったのだから、特に何とも思っていないわ。」

「…。」

奥歯を噛みしめるルイーズの顔を見上げて、私は眉を下げる。

「そうではなくて、ルイーズのライバルになっちゃったの、私。」

「…は?」

一瞬、私の言葉が理解できなかったルイーズはきょとんとしたけれど、すぐに驚きに息をのんだ。

「え!?…おまえ…本当に!?」

口元をおさえ、ルイーズの頬が一気に色づく。

「いや、あれは寵姫の役目を果たしていただけじゃないのか?」

私は首を横にふると、自嘲気味に苦笑いを浮かべた。

「おそばで過ごすうちに、ミシェル様のことを本当に好きになっていたの。
けれど…たぶん、ミシェル様もルイーズと同じように思っていらっしゃるでしょうね。」

ルイーズは力が抜けたように、ぺたんと地面に尻餅をつく。

「お別れする前、一生懸命お伝えしたの。おそばにいたいって。…でも、ミシェル様はそういう女はお嫌いだったみたいで…。」

「…ああ…そもそも女嫌いでいらっしゃるから…。
いや、女に限定しないな。
人間嫌い、と言ったほうが正しいかもな。」

ルイーズが、悲しげに眉をさげた。

「でもね、少なくとも、ルイーズには心を開いていらっしゃったと思うの。」

私の言葉に、ルイーズが首を横にふる。

「いや、俺よりおまえのほうが、心を許されていた。」

「え?」

「ミシェル様は、同衾されないんだ。」

「どうきん…。」

「つまり、ご自分のベッドに、他人を寝かせないということだ。」

意外な言葉に驚いて、私は息をのんだ。

「最初の伽の際、おまえを寝所に残されただろう。」

「…でも、あれは私に恥をかかせまいと…。」

戸惑う私を、ルイーズは力強い視線で見下ろす。

「ミシェル様にとって、おまえが恥をかこうがかきまいが、どうでもいいことだ。」

「…。」

(たしかに。)

「今までは寝所から逃げ出しても追なかっわれないし、同じ姫君を二度呼ばれることもた。
というか、逃げ出さない姫君は、おまえが初めてだったけどな。」

(それは、兄上の命を盾に取られていたから…。)

「いつものミシェル様なら、逃げ出さなくとも部屋から放り出すなり床に寝かせるなりされたはずだ。
それなのに、ご自分のベッドで共に眠られた…。
それは、異例中の異例で、前例のないことだった。」

「…たしかに…『なぜ命を狙わなかった』と言われたわ。」

私は初めての夜伽のことを思い出した。

「枕元に、わざわざ私の方へ柄を向けて剣を置かれていて…。試されているのだと思って、私は敢えてそれを手に取らなかったの。それで信用してくださったのだと…。」

「まぁ、それで信用されたのは間違いないと思うが、そもそも同衾で試す必要がないだろう。」

「…『ヘリオス』が本当に服従しているのか探った、ということじゃないの?」

「俺もはじめはそう思っていたけれど、よくよく考えたらそれならわざわざ愛妾扱いせず、俺と同様のことをされていたと思う。」

「ルイーズは何かされたの?」

「何度もいわれのない嫌疑をかけられたり、襲われたりした。そうやって追い詰めて、反抗しないか、裏切らないか、確かめられていた。」

「…知らなかった…。」

私が呆然と言うと、ルイーズは小さく息を吐きながら頷く。

「おまえに対しては、『ヘリオス』ということを周囲にも覇王様にも隠してやり、寵姫の身分を与えるために伽の褒美を用意してやり、その後は共に住もうとさえされた。
…常に暗殺を警戒して、人を寄せ付けなかったミシェル様からは考えられないことだ。」