⑤冷酷な夕焼けに溶かされて
切ない真実
「芬允(ふぃん)。」
リク様が諫めるように、鋭く名を呼んだ。
けれど、フィンは怯むことなく言葉を続ける。
「僕は、母が犯されてできた子なんです。」
その瞬間、ボグッという鈍い音と共に、フィンが殴り飛ばされた。
「フィン!」
数メートル先に転がるフィンに私が駆け寄るよりも早く、リク様がその胸ぐらを掴み上げる。
「母を侮辱するな。」
そう言うリク様からは激しい殺気が放たれ、低く艶やかな声は底冷えのする鋭さだった。
あまりの恐ろしさに私の足は竦んだけれど、フィンは全く怯む様子がない。
「ははっ!」
嘲るように笑い、リク様をななめに見つめ返した。
「侮辱なんかしてません。『真実』を申しただけですよ。」
嘲笑を浮かべたその表情は、いつもの様子とは全く違う。
(一見、リク様を嘲っているように見えるけれど、本当は自分自身を嘲笑っているようだわ。)
「慣例では、花の都もおとぎの国も、星一族の血を引いている王族の子どもは、忍か王子か、将来を選択できるじゃないですか。
けれど、僕には選択の機会が与えられず、最初から忍として育てられた。
しかも、次期頭領の修行と称して5歳からルーチェへ行かされて…。
他の忍達は、おとぎの国か花の都かで修行するのに!」
フィンがリク様を睨みながら言うと、リク様からじょじょに殺気が薄れていった。
「…あなたの子どもが僕だけだから、仕方なく次期頭領と定められたけど、本当はその血も実力もない。
だから箔をつけるために、敢えて危険なルーチェへ出されたということくらい…気付いてますよ、『父上』。」
「…。」
悲しさが溢れるフィンとは対照的に、殺気の消えたリク様の表情は無機質だ。
フィンはそんなリク様から目を逸らすと、自分の黒髪をぎゅっと握りしめる。
そして、リク様の手をふりはらい、サッと距離をとった。
「この黒髪…。花の都の王族は銀髪なのに、麻流様が隔世遺伝で黒髪だから僕もそうだと騙されてきた。けど…ほんとは、違う。」
「…。」
「雪の国の民族は、黒髪黒瞳。
…だからこれが、母上を犯した雪の国の残党の血をひいてるって証拠だろ!?」
苦しげに奥歯を噛みしめるフィンを、リク様は険しい目付きで見つめる。
「それに僕には色術が遺伝してないし、身体能力もさほど高くない!
これほどあからさまなのに、次期頭領に据えられて…どれだけ苦しかったか…。」
ひどく傷ついた表情で、フィンはまくしたてた。
「…。」
(こんなフィン、見たことがない…。)
動揺する私たちの前で、リク様は眉間に皺を寄せると、ななめにフィンを見据える。
「おまえ…ルーチェに帰って、何があった?」
先ほどまでの鋭さと違い、探るようにフィンをじっと見つめるリク様。
「…。」
とたんに黙り込むフィンに、リク様は一歩近づく。
「ミシェルか?」
「っ!…ちが…う」
「では、誰?」
「…。」
フィンは何かにとらわれたように、強ばった表情でリク様をじっと見つめたまま微動だにしない。
リク様はそのままフィンに近づき、鼻と鼻がつきそうな至近距離でその黒瞳を覗き込んだ。
「とりあえず、眠りな。」
銀のマスクを僅かにずらしてリク様が耳元で囁くと、フィンは糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。
けれど、地面に倒れ込む前に、リク様がその体を抱き止めた。
「すみません。先に城へ戻ります。」
言いながらフィンを軽々と肩に担ぎ上げ、そのまま姿を消す。
「…今のは…催眠?」
ルイーズを見上げると、ミルクチョコレートの瞳が細められた。
「たぶん、色術だろう。…色術も、催眠の一種だそうだから。」
ようやく人間らしさを感じたリク様を、再び得体の知れない存在に感じてしまう。
思わず身震いする私の肩を、ルイーズが優しく抱いた。
けれど一気に膨らんだ不安は、満ち潮のように心の中に広がる。
「ミシェル様のそばにいるはずのフィンがおとぎの国にいるなんて…何かあったのかしら…。」
城でリク様にごまかされたことを思い出し、一気にふくらんだ不安が、口をついて出た。
すると突然、ルイーズに手首をぐいっと掴まれる。
「ルイーズ?」
戸惑う私の手を、ルイーズは強引に繋ぐ。
「行こう。」
包み込む大きなあたたかい手は力強く、私の胸が小さく高鳴った。
「どこへ?」
「行けばわかる。…きっと気に入るはずだ。」
精悍な頬をやわらかく崩して甘く微笑まれたら、心にチョコレートを流し込まれたようにその甘さにうっとりとしてしまう。
思考を奪われた私は、その後は羞恥でルイーズの顔を見ることができなくなり、うつむいたまま黙って歩いた。
作品名:⑤冷酷な夕焼けに溶かされて 作家名:しずか