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⑤冷酷な夕焼けに溶かされて

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悲愴


「妻は…13年前に、自ら命を絶ちました。」

農園の皆に見送られ、私たちはリク様と一緒にのどかな田園風景の広がる畦道を歩く。

光り溢れる穏やかな風景とは裏腹な言葉に、私たちはリク様を見つめた。

するとリク様は、ある一軒の大きな屋敷の前で足を止める。

「ここが、妻の生まれ育った家です。」

豪奢な造りに、豪農のお嬢様だったのだろうと想像した。

「今は、先ほど会った農民たちが住んでいます。」

言いながら、リク様は裏庭へまわる。

そして、手入れの行き届いた華やかな庭の奥に佇む、大きな木の下で歩みを止めた。

「ここで、妻は首を吊っていました。」

リク様は、そっと根本にりんごの籠を下ろす。

「どうぞ。」

籠からリンゴを取り出すと、私たちにひとつずつ手渡してくれた。

「サンドリヨン。今年のりんごは、おまえのお眼鏡にかなうかな。」

木に優しく語りかけると、銀のマスクを外す。

「!」

相変わらず若く美しいその横顔は、思いがけず涙に濡れていた。

リク様は木の幹に額をつけると、カシッと音を立てて、りんごをかじる。

「…甘いな…。」

低く艶やかな声が、ざらりと体の内側を撫でるけれど、それよりも涙に濡れるリク様に、鼓動が高鳴った。

でも、その高鳴りは甘い感情でなく、苦しくて悲しくて仕方がない…切ない想いだ。

つられるように私の両瞳からも涙が溢れる。

ルイーズも、鼻をすすった。

そんな私たちの前で、リク様は無言でりんごを食べ続ける。

ゆっくりと最後のひとくちを噛み砕くと、そっと木の幹に口づけた。

その姿は、絵画の王子様のように優雅で美しい。

(黒装束で暗器を身体中に纏っているのに、清らかな王子様にしか見えない。)

けれど、そんな優美さを持ちながらも悲愴感が溢れるリク様は、暗い闇の中にいるように見えた。

「正直、今まではリク様のことを、どこか信用できずにいました。」

私は赤いりんごを握りしめながら、小さく呟く。

「はい。」

リク様は、銀のマスクをつけると、頷いた。

「音も香りも気配も…感情の起伏もなくて…人形か幻か、と思うほどでした。」

「ふふ。」

私の言葉に、珍しく、リク様は笑った。

「サンドリヨンにも、同じことを言われました。」

銀のマスクから覗く瞳が、自嘲気味にふせられる。

「花の都の帝王学は、とにかく感情を殺すことから学びます。怒り、悲しみ、恐怖は絶対に見せない、悟られないことを、物心つく前から叩き込まれるのです。更に、忍になると、感情だけでなく気配を消す訓練も受けます。ですので、そのどちらも身につけたら、人形よりも人形らしくなります。」

淡々と紡がれた言葉をついさらりと聞き流してしまうと、リク様は口元に拳をあてて軽く咳払いした。

「…今のは、笑うところです。」

(あ!冗談だったの!?)

ルイーズと顔を見合わせると、互いに豆鉄砲をくらったような顔をしている。

その瞬間、私達は同時に吹き出して、お腹を抱えて大笑いした。

「リク様も、冗談を言うんですね!」

ルイーズの言葉に、リク様は腕組みをする。

「…。」

顔の半分が銀のマスクで覆われているので表情がわかりにくいけれど、きっと今、微笑んでいるだろうと想像できるほど、纏う空気がやわらかかった。

「13年前…ということは、フィンが生まれてすぐに、お妃様は亡くなられたということですか。」

ルイーズが呟く。

「子が生まれると、女性はこのうえない幸福に満たされると聞きますが、お妃様は…なぜ…。」

「それは、僕が父上の子でないからですよ。」

突然聞こえてきた言葉に、私達はふりかえった。