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⑤冷酷な夕焼けに溶かされて

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(ついてきていること、気づいていらしたのね。)

いつもと変わらない淡々とした静かな口調だけれど、やっぱりなぜか泣きそうなのではないかと感じてしまう。

私は戸惑いながら微笑んで、リク様の手から贈り物を預かった。

すると、ルイーズも手伝ってくれる。

「だれ?」

リク様に抱かれた男の子が、私達を怪訝そうに見つめた。

「私の知り合いだよ。」

リク様が切れ長の瞳を三日月にすると、男の子はふーんと小さく呟く。

けれど、まだ警戒が解けていないのがありありと伝わってきた。

(名乗った方が、いいのよね。)

(…でも、ニコラと名乗っていいのかしら?)

迷っていると、リク様がくすりと小さく笑う声が聞こえる。

「シン。知りたきゃ、まずはおまえから名乗りな。」

滅多に聞かないくだけた口調に、彼とリク様が親しい間柄ということが伝わってきた。

「…うん。でも…何て言っていいか…。」

少し間を置いて、シンは目を伏せる。

「『シン』と名乗ればいいだろ?
そして、職業はりんご農園の守人。違うの?」

低く艶やかな声は、聞いたことがないくらい優しい。

リク様に頭を撫でられたシンは、パッと顔を輝かせて大きく頷いた。

「うん!オレは捨て子だったけど、リク様に名前をもらって、今は奥様が大事にしてた農園の管理も任せてもらっているもんな!」

(奥様の農園…。)

(サンドリヨン、とは奥様の名前だったのね…。)

(でも…『大事にしてた』って…過去形?)

(命日って言われてたし…まさか…。)

戸惑う私達をふり返ると、リク様はにこりと微笑んだ。

「シン。あちらの女性は、新婦さん。その右隣の髪の短い男性は、新郎さん。二人は明日、結婚するんだよ。」

「へぇ~!そうなんだ!!おめでとう!!」

(新郎新婦…。)

(それを名前だと信じて疑わないなんて、可愛いな。)

ごく自然に祝福してくれた素直なシンに、心がふわりと温かくなる。

そんなシンを愛しそうにキュッと抱きしめると、リク様はそっと地面に彼を降ろした。

「収穫したの持ってくるから、ちょっと待っててよ!」

言いながら走っていくシンの姿は、すぐに赤と緑の中に溶け込んでしまう。

気がつけば、いつの間にか私達はりんごの実がたわわに実った木々の中にいたのだ。

「私の妻は、このりんご農園の娘でした。」

やはり過去形の言い方に、私の胸がざわめく。

「…でした?」

おうむ返しすると、リク様はふいっと目を逸らした。

「妻は、もうこの世にはいません。」

(やはり…。)

逸らされた視線の先には、質素な造りの墓石が静かに佇んでいる。

「シンは痩せ細って、ここに倒れていました。
私が墓参りに来て発見し保護した、身寄りのない子どもです。」

「…。」

かける言葉が見つからない私達の手から、リク様は贈り物を受け取ると、それらを抱えてお墓へ歩み寄った。

そして静かに跪くと丁寧に供え、手を合わせる。

お墓に向かう姿は慎ましく、とても優しいのに、その背にも腰にも武器が光っており、違和感を感じた。

そんな私の心を読んだのか、リク様は立ち上がると私達をふり返る。

「サンドリヨンは、私が助けに来るのを待っていたはずですから…いつも忍装束で来ています。」

真っ直ぐに向けられた切れ長の黒い瞳が、潤むように光った。

「私が、もう少し気遣ってやっていれば、サンドリヨンは死なずに済んだのに…。」

そこまで言うと、再びお墓へ向き直り、そっと墓石を指の背で撫でる。

「…サンドリヨン。ニコラ姫とルイーズ殿が来てくれたよ。お二人は明日、婚礼の儀を挙げられるんだ。」

愛しげに掛けられた言葉に、胸が締めつけられた。

私達はその場に膝をつくと、指を固く組み、額をつける。

「お初に、お目にかかります。…ニコラと申します。」

ふるえる声でそう言う私に寄り添うように、ルイーズも膝をついた。

その時、パタパタと元気な足音が近づいてくるのが聞こえる。

「リク様ー!」

シンが籠いっぱいのりんごを抱えて、こちらへ走ってきたのだ。

「はい、これ!去年より甘くできた自信あるから食べて!」

得意気に胸を張るシンの後ろから、様々な年齢の男女がたくさん集まってくる。

「リク様、お待ちしておりました。」

「おや、お客様でしたか。」

農民姿の彼らに、リク様は優雅に瞳を細めた。

「ん。…皆、かわりないか?」

「おかげさまで!」

「星一族の皆様のおかげで、雪の国の残党も姿を見せなくなり、安心して暮らせております。」

リク様は小さく頷くと、懐から小さな封筒を取り出す。

「今月ぶんだ。いつもありがとう。」

ひとりひとりに言葉を掛けながらリク様が給金を渡していくと、皆涙ぐみながらそれを受け取った。

「宿無しのワシらに衣食住を与えてくださるだけでなく、こうやって働く場も与えてくださって…それだけで充分なのに…ほんとにありがてぇ…。」

「カレン王様がマル様と結婚してくださったおかげで星一族の皆様が来てくださり、私たち女や子どもも安心して暮らせるようになりました…。」

「本当に、神様です…おとぎの国も花の都も、王族の皆様は神様です!」

口々に述べられる感謝の言葉に、リク様は首をふる。

「14年前…私は守れなかった。…どれだけ償っても償いきれない。これは、私の自己満足な罪滅ぼしなのだ…。」

(リク様…泣いてる?)

いつも淡々とした感情の読めないリク様が、は驚声をふるわせ、言葉を詰まらせたことに、私たちいた。

事情はわからないけれど、初めて見るその姿に、私の心もぎゅっとしめつけられる。

涙が溢れそうになり、私は思わず顔をふせた。