⑤冷酷な夕焼けに溶かされて
冷ややかにそう言い捨てると、宝石のような黒い瞳が鋭さを増す。
「日取りは二週間後です。それまで安静にし、快復しておいてください。」
無言になった私達を、リク様は一瞥すると、踵を返した。
「…リク様。」
私は慌てて呼び止める。
「ミシェル様は、なぜ私とルイーズを婚姻させようとしているのですか？」
リク様は、私の気持ちをうかがうように、離れた位置からジッと見つめてきた。
「婚姻は…ミシェル様のお役に立てますか？」
質問の言葉を変えると、リク様は銀のマスクに手をかける。
そして、それを優雅に取り外した。
「！」
遠目でも輝くように美しい容姿に、私もルイーズも息をのむ。
そんな私達の目と丁寧に視線を合わせると、リク様の口角がきゅっと上がった。
切れ長の黒い瞳を三日月に細め、やわらかな笑顔で答えたリク様は、そのまま姿を消す。
「！」
シンと静まり返る室内に、私とルイーズが同時に吐き出したため息が響いた。
「これも、帝国を倒すための作戦のひとつ、なのかしら…。」
私の疑問に、ルイーズが頬を歪める。
「さあ…。なんだか、俺たち…蚊帳の外だな。」
「たしかに。私達、ルーチェの人間なのに、軍議にも参加していないものね。」
「ほんと…ミシェル様を星一族にとられたみたいだな。」
ルイーズがぼやくように言った瞬間、クスッと小さな笑い声がした。
慌ててそちらを見ると、仕切りのカーテンをくぐってカレン王とリオ王子が入ってくるところだった。
「お二人とも、ミシェル様が大好きなのですね。」
カレン王が、無邪気な笑みを浮かべる。
「は！」
ルイーズが慌てて跪き、頭を下げる。
「うわぁ…父上にこんなきっちり礼を尽くす人、いるんですね。」
「だね～。慣れないから、照れちゃうよ♡」
あははと明るく笑いながら、カレン王はいつの間にか私の枕元まで来ていた。
「あなた方が思ってるほど、ミシェル様は我々に気を許していないと思いますよ。」
そう言うカレン王は、とても無防備だ。
重傷を負っているとはいえ私は『ヘリオス』だし、『英雄』のルイーズがここにはいる。
(そんなルイーズに背を向けるなんて、とても危険なのに…。)
何の警戒も見せずに私の枕元に膝をつくカレン王に、私は戸惑いを隠せない。
けれど、そんなこともお構いなしに、カレン王はニコニコと人懐こい笑顔で私を見た。
「というか、ミシェル様は誰にも気を許してませんよね。あなた方以外は。」
(！)
意外な言葉に驚いて、私とルイーズは視線を交わす。
すると、戸惑う私の視線の先で、ルイーズの頬が緩むのが見えた。
喜びと安堵を隠せないといった表情に、リオ王子が観察するような視線を向ける。
「あ、それから、情報漏洩を防ぐため星一族の密書でやりとりをしているので、軍議はそもそも開いてないんですよ。」
そう言うカレン王は相変わらずふんわりとした空気を纏っているけれど、なんとなく心がざわつくのは気のせいだろうか。
「今、話が固まりつつあるのは、ルーチェによるデュー侵攻です。」
「えっ…。」
青ざめる私たちに、カレン王が華やかな笑みを浮かべた。
「ああ、でもご安心ください。
民は傷つけない、とルーチェ王が仰せでしたから。
そのために、奏(かなた)が今、デュー王の護衛をしながら、デューに滞在しています。
ルーチェが侵攻してきた時は、奏が星一族と共にデュー軍を率いて防衛にあたる予定です。
星一族がいれば、まず民が戦禍に巻き込まれることもありませんし、敗戦することも絶対ありませんから。」
人好きのする笑顔で言われると、何の根拠もないのに、なぜか無条件に信じてしまう。
「さすが、タラシ王。」
ぽつりとこぼされたリオ王子の言葉に、私は小さくふきだした。
けれど、今のカレン王の言葉は、ひっかかることばかりだ。
ルーチェにとって、デューは属国。
デューはルーチェの一部なんだけれど、統合されたわけではない。
まだ国として機能しているからこそ、今回再びルーチェに侵攻される役目を担った…。
けれど、そこに星一族が関わってきている。
『絶対に敗戦しない』とカレン王に言わしめる、星一族。
そんな人たちに、中枢に入り込まれているデュー。
(軍を動かすということは、デュー軍の全権を握られた、ということなのよね。)
(それって…大丈夫なのかしら。)
調略に長けている、星一族。
その星一族が王族の、おとぎの国。
(もし、おとぎの国がルーチェとの同盟を破棄したら…？)
そう考えた瞬間、背筋がぞくりとふるえた。
カレン王が清らかに微笑むほど嫌な予感がするのは、気のせいだろうか。
(…ミシェル様…。)
不安に苛まれ、心の中のミシェル様を頼るように私は胸元をぎゅっと握りしめた。
作品名：⑤冷酷な夕焼けに溶かされて 作家名：しずか