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⑤冷酷な夕焼けに溶かされて

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光の中の闇


「ニコラと2週間後に婚姻?」

遠くで、ルイーズの声がする。

「はい。ルーチェ王からそのように指示がありました。」

リク様と思われる低い艶やかな声が、静かに響いた。

「…ニコラはミシェル様の寵姫なのに…?」

ルイーズの声が、微かにふるえる。

「もう『ニコラ姫』も『ルーナ妃』もいません。」

そう告げるリク様の口調は、場違いなほどに淡々としていた。

「いない?」

怪訝そうに、ルイーズがおうむ返しする。

「ニコラ姫は、処刑されたことになっています。」

「処刑!?」

「静かに。極秘事項です。」

リク様が厳しい声色で制すると、ルイーズのひゅっと息を飲む音が聞こえた。

「…ニコラはそのことを知っているのですか?」

カタンと小さな音がして、ルイーズが椅子に座り直したことがわかる。

「はい。生首を見せた、とルーチェ王から聞いています。」

リク様が圧し殺した声で言うと、ルイーズが再びおうむ返しした。

「…生首…?」

「私が作りました。」

その瞬間、ガタンッと何かが倒れる音がして、私の体がビクッとふるえる。

「大丈夫ですか?」

見れば、椅子から転げ落ちたルイーズに、ちょうどリク様が手を伸ばしているところだった。

「作った、って…」

「意識が戻られましたか。」

リク様はルイーズを立ち上がらせると、そのままこちらへ歩いて来た。

「デューへ移動する間、あなたが痛みに苦しまないよう、ルーチェ王が痛み止めを使われたようですね。」

「!」

ハッとして起き上がろうとすると、首に違和感を感じる。

私の首に、何か硬いものが巻きついているのだ。

「頸椎を捻挫されているようなので、装具をつけています。」

リク様は私のそばに膝をつくと、その装具に触れる。

「苦しくないですか?。」

私が小さく返事をすると、リク様は私の右手をとった。

「手のひらの傷は、縫合しています。一週間後に抜糸します。」

(いつの間に、そんな処置まで…。)

丁寧に巻かれた包帯のおかげで、さほど痛みを感じない。

リク様は私の右手をそっと下ろすと、懐から薬袋を2つ取り出した。

「こちらは消炎剤、こちらは鎮痛剤です。そして、こちらは消毒液と塗り薬。一週間ぶん入れていますが、傷薬に関しては不足した時はカレン王か里桜(りお)に言ってください。」

思いがけない名前が出てきて、私は思わずリク様の瞳を至近距離で見てしまう。

その瞬間、体の奥がぞくりとふるえた。

「…私の瞳を、近くで見てはいけません。」

リク様はすっと立ち上がると、私から速やかに距離をとる。

「私達、星一族の直系は色術の力を持っています。近くで目を合わせたり声を聞くだけで、脳の伝達を狂わせ、心を支配する力があります。」

「あ…あの!」

淡々と説明するリク様の言葉を遮るように、声をあげてしまった。

「…。」

無言になったリク様に、私は一番聞きたいことを直球でぶつける。

「ここは…おとぎの国なのですか?」

「はい。」

当然とばかりに、リク様が答えた。

「私は…デューに帰る予定だったはずです。
デューのほうが宿営からも近かったのに、なぜわざわざ健常でも越えることが難しい国境の山を越えておとぎの国に…。」

ふるえる声で訊ねる私に、リク様が小さく息を吐く。

「たしかに、あなたとルイーズ殿は亡くなったことにして、密かにデューへ行かれる予定でした。
ですが、あなたが想像以上にお転婆なので安静と、ルーチェへ容易く戻れないようにする為に、ルーチェ王からおとぎの国へ連れていくよう申し入れがあったからです。」

(ミシェル様!)

(…よく読まれてる…。)

顔が一気に熱くなる私に、リク様が珍しく小さく笑った。

「ですので、帝国とのカタがつくまでここで安静にしていて頂きます。そして」

ひと呼吸置くリク様を、私とルイーズが注目する。

「その間にルイーズ殿と婚姻して頂きます。」

「!!」

少し離れたところにいたルイーズが、急ぎ足でそばへ来た。

「ニコラは、デューの王妹です!ルーチェ王の後宮ならまだしも、一騎士の妻になるなど…!」

言いながら、私を庇うようにリク様との間に立つ。

「確かに、かつて私は一国の王になるはずでした。我々は幼なじみだし、ニコラとは婚約もしていました。当時は身分に差がなかったので、何の問題もありませんでした。しかし今は!」

一気に捲し立てると、ルイーズは頭を抱え込んだ。

「ルーチェ王の寵姫とまで言われたのに…一騎士の元へ降嫁するなど…ニコラの名誉が傷つくではありませんか!!」

たしかに、デューがルーチェの属国に下ったとはいえ、その王妹への扱いとしては最低なものだ。

「あなたの気持ちは、どうなんですか?」

激しく動揺するルイーズに、リク様が静かな声色で訊ねる。

「国も家族も地位も全て奪われた中で唯一得たのが、婚姻の自由が許される今の身分ですよね。
かつて政略的な婚約をしていた姫との婚姻の義務がなくなったのに、今更またそれに縛られるのは嫌だと言うことですか?」

「違う!」

ルイーズが、鋭く否定した。

「そんなことはない。」

(ルイーズ…。)

私は、ルイーズの背を見上げる。

すると、ゆっくりとこちらをふり返ったチョコレート色の瞳と、視線がぶつかった。

「国が滅ぼされて、もうニコラとは結ばれないと思っていました。」

王子の頃よりも日に焼け、体もたくましく精悍になったルイーズ。

けれど、その表情から溢れ出る優雅さは、変わらず王子そのものだ。

(私が好きだった、ルイーズのまま…。)

「ルイーズ…。」

(でも、ルイーズは…。)

ルーチェでの、初めての夜伽を思い出し、顔と体が羞恥で熱くなる。

その時、ミシェル様の言葉がよみがえった。

『あいつは、バイだ。』

『…男も女も抱けるってこと。』

(そうよ…ルイーズはミシェル様のことを好きだけれど、愛そうと思えば女の私も…。)

真っ直ぐに絡む視線から逃れるように、思わず目をふせる。

(けれど、私はもう…。)

変わってしまったのは、私だ。

私はあの…夕焼け色の孤独な瞳に、どうしようもなくとらわれている…。

「結婚できるものならば、したい!…だが…しかし…」

ルイーズが複雑そうに、視線をさ迷わせた。

「そんなに気になりますか。身分が。」

リク様の、冷ややかな声が響く。

「では、ニコラ姫が、ルイーズ殿と同じ立場になれば良いのですね?」

「!」

(それは…デューを滅ぼす、ということ?)

「そんなことは…!」

「デューは、ルーチェの属国です。」

リク様が、切れ長の黒い瞳で私を見た。

「この方は『王妹』と名はつきながらも、もう王妹ではない。実質、デューを統治しているのは、ルーチェ王なのですから。」

容赦ない言葉に、私もルイーズも息をのむ。

「だから、ルーチェ王の命に従えないのであれば、デューは滅亡するだけ。」

淡々と紡がれる言葉は、その声色とは真逆に鋭く、私達の心をえぐった。

「身分など、あってないようなもの。
そしてあなた方の意思など、関係ないのですよ。」

「…。」