堕とされしものたち 機械仕掛けの神
乾いた地面の上に転がるハイデガーの首。そして、血を吹くハイデガーの身体。だが、やはり血は止まった。それどころではない。
「ガハハハハハハハ、なかなかやるな鴉。おもしろい、おもしろいぞ、俺の血が沸き立って来るのがわかるぞ!」
ハイデガーはそう?言いながら?自分の首を拾って元の場所に固定させた。
急速な早さでハイデガーの首の傷は感知してしまった。首が飛んだ形跡など見つけられない。
ハイデガーは首を回して柔軟をすると、口元を少し吊り上げて地面に倒れる鴉を見下ろした。
「血をだいぶ使ってしまった。少しケトゥールが必要だな」
ハイデガーは物陰に隠れていた青年に気が付き、鴉はハイデガーが何をしようとしているのかに気が付いた。
物陰に隠れていた青年は猛スピードで自分に近づいて来るハイデガーに熱線銃を無我夢中で放った。だが、手が震えてどうにもならない。
鴉はハイデガーの行動を止めようとするが重症を追った身体が動かない。
ハイデガーは青年の身体を高く持ち上げた。
陽光に照らされる青年の顔はザックにものだった。
「は、放せ!」
熱線銃を握り締める手はガタガタと振るえ、ザックは熱線銃を地面に落としてしまった
鴉は何もできなかった。握り締めた拳からは血が出ていた。
陽光の下。持ち上げられた青年の身体から、紅が滴り落ちていた。
物陰にいたファリスは見てしまった。ハイデガーがザックの首筋に噛み付いたのを――。
長い時間、ハイデガーはザックの首に噛み付いたまま動かなかった。
ザックの首から流れ出す紅い血。そう、ハイデガーは吸血行為[ケトゥール]をしているのだ。
やがて満足に血を吸ったハイデガーはザックの身体を塵として放り投げた。ハイデガーにとって?ノエル?は糧でしかない。
蒼い顔をしたザックは二度と動くことはなかった。
ファリスは言葉を失い呆然と立ち尽くした。出来事が範疇を超えている。何が起きたのかわからない。
ハイデガーは口元を拭って、地面に倒れる鴉の元へゆっくりと向かった。それを見たファリスはすぐさまザックの元に走りよった。
地面に倒れているザックは身動き一つしない。息もしていないし、脈もない。
否定したい出来事であった。だが、事実だ。ザックは死んでいる。
多くの死を見てきたファリスであったが、まさか兄が死ぬとは思っていなかった。
いつか人は死ぬものだが、それでも死が本当に訪れるなど思っていなかった。
「あーあ、あたし独りになっちゃった」
悲しいはずなのに笑ってしまった。自分でもなぜ笑っているのかわからない。涙が次から次へと零れ落ちて来るのに笑ってしまうなんて、もう、わからない。
ファリスは地面に落ちていた熱線銃を拾い上げ、そして、構えた。
高熱の赤い光が熱線銃から放たれると同時に、小柄なファリスの身体が反動で動き、腕も上に持ち上げられてしまった。だが、高熱の光は的を焼いた。ファリスは反動を計算に入れて最初から下を狙っていたのだ。
改造を施されていた熱線銃の威力はとんでもないもので、それはハイデガーの右肩を消失させるほどだった。
恐ろしい形相で振り向いたハイデガーの顔を見てファリスは身を強張らせた。だが、すでに指は二度目の攻撃をしていた。
高熱の光はハイデガーの身体を掠めた。今度は外してしまったのだ。
震えるファリスの元へ歩み寄るハイデガーの右肩が徐々に再生していく。
「気の強い小娘の血は特に美味い」
舌なめずりをした醜悪なハイデガーがファリスとの距離を縮めていく。
ファリスは逃げられなかった。まるで蛇に睨まれた蛙のように、食われることを悟って身動きができなくなってしまった。
死んでもいいとファリスは思った。そうしたら、可笑しくて笑ってしまった。
「殺したいなら殺せば、もう、いいよ……」
笑いながら立ち尽くすファリスの頬にハイデガーのゴツゴツした手が触れる。
ファリスは死を受け入れようとした、だが――。
「ファリスに手を出さないでもらおう」
ファリスは見た。醜い顔をしたハイデガーの後ろに、美しい黒鳥が翼を広げていた。
背中から突き刺さった爪はハイデガーの?核?を突き、ファリスの身体のすぐ前で止まっていた。
ハイデガーの口から血が吐き出され、ファリスの顔を紅く彩った。
「ガハハハハ、残念だな鴉。俺の?核[クゥーク]?は移動してある」
「何っ!?」
驚いた表情を見せた鴉はハイデガーの身体から引き抜いた。その手には銀色に輝く機械が握られていた。
突如、背中に漆黒の翼を生やしたハイデガーは猛スピードで天に上昇した。その反動で巻き起こった風によりファリスは身体のバランスを崩し地面に手を付いた。
手に握っている物体が何であるか悟った鴉は、それをハイデガーに向かって力強く投げ飛ばした。そして、すぐにファリスの身体に覆いかぶさり、黒衣が鴉とファリスの身体を包み込んだ。
鴉にできることはファリスだけを救うことだった。
次の瞬間、上空が激しく輝き、鼓膜を破る爆音を共に大爆発が起こった。
爆発音以外は何も聞こえなかった。爆発は?全て?を奪ったのだ。
爆発は地上を抉り、紅蓮の炎が遥か遠くの地上にまで降り注いだ。
その現象は消失だった。凄まじい破壊力の中で、人々は泣き叫ぶことも許されぬままに死んで逝った。それは不幸か幸福か?
スラム三番街居住区の大部分を消失させた爆発は巨大都市エデンに住む多くの人々の目に留まった。その規模は昨晩、謎の飛来物がつくったクレーターよりも大きい半径二五〇メートルであった。
クレーターのほぼ中心でファリスは黒い物体に包まれていた。最初はそれが何であるか理解できなかったが、やがて黒い物体が自分の身体から離れ、鴉が姿を現した。だが、鴉は目を閉じており、そのまま背中から地面に倒れた。
何が起きたのか理解できなかったファリスであったが、すぐに倒れた鴉の横に跪いた。
「鴉、大丈夫!? 目を開けてよ!」
鴉は目を開けなかった。それどころか、いつもよりも顔を蒼い。その顔にファリスは兄を重ね合わせてしまった。
「死なないでったら!」
悲痛な叫びは届いていた。身体が自由に動かない。だが、もう少し時間が経てばしゃべるくらいはできるだろう。
この時、鴉を急激な渇欲を襲った。身体が燃えるように熱く、聖水[エイース]を欲している。
鴉は喉の奥から声を搾り出した。
「私から離れるのだ」
「えっ、なに?」
「行け! 早くこの場を立ち去れ!」
怒鳴り声は震えていた。それは身体全身に伝わり、鴉の身体は寒さに凍えるように震えている。
「どうしたの、大丈夫? ダメだよ、ほっとけるわけないじゃん」
「行くのだ!」
「でも――きゃっ!?」
急に動いた鴉の身体がファリスを押し倒した。
「は……やく、逃げ……ろ」
早く逃げろと言われてもファリスの身体は地面に押しつけられ、その上には鴉が覆いかぶさっていた。鴉の行動は矛盾していた。
ファリスはわかってしまった。苦痛に歪む鴉の口元から長く伸びた糸切り歯が覗いていたのだ。
大きく開けられた鴉の口は今にもファリスの首筋に噛み付こうとしていた。だが、鴉の歯は大きな音を立てながら閉じられた。
作品名:堕とされしものたち 機械仕掛けの神 作家名:秋月あきら(秋月瑛)