堕とされしものたち 機械仕掛けの神
「ヤダよ、ここはあたしの〈ホーム〉なんだから、他に行く場所なんてない!」
「…………」
鴉の瞳がファリスの瞳をじっと見据えた。ファリスは決して目を放さなかった。
しばらくして鴉が自分の腕を掴むファリスの手を魔法のように優しく解き呟いた。
「安全な場所にいろ」
鴉はファリスをこの場に残して風のように走って行った。その向かう方向はスラム三番街居住区――ファリスの家がある場所だ。
その場にいた者たちは黒い風が次々と重機やロボットたちを壊していくのを見た。それはあまりにも一瞬の出来事で、まるで白昼夢を見ているようであった。
爆発で燃え上がる景色の中に陽炎が立っていた。
揺らめく闇色の影。その中に浮かぶ蒼白い顔。そう、それは美しき魔人の顔であった。
予期せぬ強敵の出現にハイデガーは狂喜した。彼の中に流れる血が沸き立ち、全身が喜び震える。まさか、ここで鴉に出逢えるとは……。
「ガハハハハ、鴉、鴉、鴉ではないか! 久しいぞ、久しいぞ、まさかこの地上[ノース]で逢えるとは思っても見なかった。貴様がラエルとなったという噂は真であったのだな、ガハハ!」
「久しぶりだハイデガー元将軍」
無表情であった鴉が失笑を浮かべた。
ハイデガーは鴉の元部下であったが、今は互いに昔の地位を剥奪されている。今や二人とも罪人であるラエルでしかないのだ。
ヒッポーの屋根に立っているハイデガーは機体の中に乗っているオペレーターに命じた。
「スラムの制圧はどうでもいい、奴を奴を全精力を上げて殺すのだ!」
対キメラ用兵器YJ参型が三機、鴉を取り囲んで左腕に装着されているバルカン砲を構えた。
「撃て、撃つのだ!」
ハイデガーの合図と共にYJ参型のバルカン砲とヒッポーの両脇に装着されているバズーカ砲が発射された。
避ける間もなく放たれた弾は鴉に命中して辺りに砂煙が舞う。さすがの鴉もこれでは無傷とは言えまい。だが、次の瞬間、黒衣が波のように広がり中から無傷の鴉が現れた。黒衣が弾を全て防いでしまったのだ。
YJ参型が三機同時に鴉に襲い掛かる。
YJ参型の右手は人間の手のような構造になっており、その手で鴉を掴もうとするがなかなかうまくいかない。
鴉は俊敏な動きで相手の攻撃を躱す。
「これも鉄屑だな」
硬質化させた鴉の腕がYJ参型のボディにめり込んだ。
腕を抜かれ穴から火花が散る。そして、停止。鴉はYJ参型を一撃で仕留めてしまったのだ。
あとの二機も同じ方法で倒せる。機体の頭脳であるコンピューターを破壊すれば機体は停止する。わかりやすい原理であった。
襲い来る二機のYJ参型の掌に装着された穴から光の粒子が発射された。それは科学と魔導の融合が生み出した魔導砲であった。
渦を巻く蒼白い光を鴉は紙一重で躱した。鴉が先ほどまでいた場所には直径五メートル、深さ三メートルほどのクレーターができてしまっている。
クレーターは赤く光り、まだ高い熱を帯びていることがわかる。魔導砲はそのエネルギーから、物体を砕く前に消失させてしまうのだ。
バルカン砲を避けつつ、鴉はバルカン砲を撃っていないYJ参型と間合いを詰める。
鴉がYJ参型と眼前まで間合いを詰めると、YJ参型の右手が鴉の顔に向けられた。それは魔導砲を放つ構えだった。
身を翻した鴉はYJ参型の腕を掴んで、その腕をもう一機のYJ参型に向けた。
次の瞬間、光り輝くエネルギーの塊がYJ参型のボディを貫き溶かしてしまった。ボディの中心を溶かされたYJ参型は腕を足だけを残して地面に崩れ落ちた。
YJ参型の腕をまだ掴んでいる鴉はすぐさま鋭い爪でYJ参型のボディを貫いた。
襲い来るYJ参型を鴉は簡単に仕留めてしまった。
最後の一機から腕を抜いた鴉を見てハイデガーが怒りを露にする。
「なかなかだ、なかなかやるな鴉!」
「機体の最も頑丈な場所に頭脳を設置していては、そこを壊してくれと言っているようなものだ」
「さすがだ、さすがだぞ輝かしい称号を持つ〈輝星の君〉――アズェル!」
「その名はすでに〈命の書〉から消されてしまった。茶番は仕舞いだ、貴様自ら来るがいい」
静かな挑発にハイデガーは乗った。この時をハイデガーは待ち侘びていた。
「ガハハハ、俺を昔の俺と思うなよ。今の、今の俺の力を持ってすれば貴様とて敵うまい」
「さて、それはやってみなくてはわからんな」
「いいぞ、いいぞ、相手に申し分はない」
ヒッポーの屋根から地面にハイデガーを降りると、地面に乾いた土が砕けた。
鴉とハイデガーに一騎打ちがはじまることにより、周りで動いていたロボットや戦闘員、そしてスラムの住人の動きが止まってしまった。
静寂に誰しも嵐が巻き起こることを感じていた。
ハイデガーはごつごつした指を鳴らし、首を回して柔軟をしはじめた。それを見たユニコーン社の戦闘員たちは物陰でカメラを回す報道陣に規制をはじめた。
埃を舞い上げる風が鴉の黒衣を靡かせる。
先に仕掛けたのは鴉であった。
天に舞い上がった魔鳥は黒い翼を広げ、地上に鋭い爪を向けた。
落下する鴉の爪はハイデガーの眼前で止められた。
強い力で掴まれている鴉の腕はぐるりと捻り回され、鴉は捻れた方向に身を任せて宙を回転しながら身体をしなやかに曲げてハイデガーの顔面に蹴りを喰らわせた。
顔面に衝撃を受けたハイデガーはよろめき、鴉の腕を掴んでいた力を緩めた。その隙に鴉はハイデガーとの間合いを取る。そして、すぐに地面を蹴り上げて鴉へ鋭い爪をハイデガーに向けた。
血の出た口元を舌で拭ったハイデガーは腰元から銃を抜き撃ち放った。
楽園[アクエ]の技術を似せて作った銃からは雷光に似たビームが放たれ空気を焼いた。
雷光は直線的に幾度も曲がり相手を翻弄する。そして、速度を上げて一直線に鴉に向かう。
硬質化させた鴉の左手が雷光を受け止めようとした。だが、左手は鴉の身体をその場に残して後方に持っていかれ、身体から引きちぎられた。
血飛沫が鴉の左肩から止め処なく吹き出る。
鴉は表情を変えない。そして、やがて血は止まった。
ハイデガーの眉が少し上がった。
「ガハハハ、血を止めることが精一杯か? そうなのだな、そうなのか鴉!」
「…………」
「そうか、そうか、それが貴様の力か。だが、なぜケトゥールをしない?」
「その問いに答える口を持ち合わせてはいない」
黒衣が翼のように広がり、鴉はハイデガーに向かって行った。
再び雷光を吐き出すハイデガーの銃。
二度目はない。鴉は雷光の軌道を見切っていた。
鴉は柔軟な身体を捻って雷光を軽やかに躱す。しかし、その瞬間、鴉の表情が変わり後ろを凄い勢いで振り返った。
後方で人家が吹き飛んだ。それの鉄片が近くにいた人の身体に突き刺さり、即死させた。
死んだ人間は小さな子供であった。
次の瞬間、鴉の移動速度が上がった。
ハイデガーは目を大きく見開いたが、避けることができなかった。
鋭い爪がハイデガーの首を跳ね飛ばす。だが、ハイデガーの指は引き金を引いていた。
放たれた雷光は鴉の胴体を貫き。鴉は地面に倒れた。
作品名:堕とされしものたち 機械仕掛けの神 作家名:秋月あきら(秋月瑛)