堕とされしものたち 機械仕掛けの神
これでは大型のキメラ生物が街で暴れた時と同じで、まるで戦争のような状況になってしまった。こうなってしまってはファリスに成す術なく、流れ弾などに当たらないように物陰で身を潜めているしかない。
鉄の壁の後ろに身を潜めていたファリスとザックであったが、ザックは熱戦放射銃を構えて飛び出して行こうとした。
「俺も行って来る!」
「待ってザック、危ないから止しなよ」
「自分の〈ホーム〉が滅茶苦茶にされて黙ってられねぇよ」
ザックはファリスに腕を掴まれたが、それを強く振り払って駆け出して行ってしまった。
「ザック……」
ファリスは兄の名前を呟くが、自分にできることは兄の安否を祈るのみ。
相手が武器を持って攻め入れば、それこそ相手の思う壺であった。抵抗するスラムの人々に対して、ついに対キメラ用の兵器が投入された。
ユニコーン社の造り出した対キメラ用兵器?YJ参型?は腰を据えた人間が膝を曲げたような形をしており、ベースは手足のある全長三メートルほどのヒト型ロボットであるが、ゴツゴツとしたボディをしているために、もはやそれは岩のようにも見える。
ジャンクショップのオヤジがタバコを銜えながら、対戦車用バズーカをYJ参型に向かって撃ち込んだ。
轟々と音を立てながら発射された弾はYJ参型に見事命中して、辺りは砂煙と硝煙に包まれ視界が覆われた。
銃声に反応してザックが叫ぶ。
「オッサン危ねぇ!」
ジャンクショップのオヤジをザックは突き飛ばした。オヤジのいた場所にはバルカンによって空けられた穴が無数に広がっていた。
立ち込めていた煙が治まり、その中から無傷のYJ参型が姿を現した。それと共に四つのキャタピラ型の足に四角い箱を乗せたようなボディの乗り物が現れた。この新たに現れた乗り物は通称ヒッポーと呼ばれる乗り物だ。
ヒッポーの屋根の上には大層な髭を生やした体格のいい軍人風の男が立っていた。
「ガハハハハハハ、思い知ったか屑どもが!」
大口を開けて馬鹿笑いをしているこの男の名はハイデガー。ユニコーン社の社長である。
ユニコーン社は重機類の開発から販売に加え、民間の警備会社としての名は世界でも通っているほどの大会社である。
今回、スラム三番街の人々の退去と建物の取り壊し、そして歓楽街の建設計画を打ち出したのはキャンサー社であり、ユニコーン社はその処理を委託されたのだ。
ユニコーン社の兵器を前に戦力の差は明らかだった。だが、スラムの人々は命に代えても〈ホーム〉は守り抜く。
銃声が鳴り響く中、ファリスは物陰で頭を抱えて震えていた。
「負けるに決まってるのに……」
負けることはわかっていた。そうわかっているファリスですら〈ホーム〉から逃げ出すようなことをしなかった。自分たちが生きていける場所はここしかない。
ファリスの肩が誰によって掴まれた。
「……っ!?」
顔を上げたファリスが見たものは最新型のコンバットスーツを着たユニコーン社の戦闘員だった。手にはハンドライフルを持っている。
「大人しく投降すれば危害は加えない」
「嫌っ!」
ファリスは戦闘員に静止を振り切って無我夢中で走り出した。足元にハンドライフルの弾が警告として打ち込まれるが、それを無視してファリスは走った。
逃げたファリスを戦闘員は追うことはない。目的はあくまでスラム三番街に住む人々が退去することにあって、ファリスをわざわざ追って仕事を増やすまでもない。
戦闘員から逃げたファリスは瓦礫の山を踏み分けて廃ビルの近くまで来ていた。
突然の爆風。ファリスは腕で顔を覆いながら地面にしゃがみ込んだ。
腕の隙間から見える廃ビル。そのビルが大きな音を立て、砂煙と共に倒壊していく。
「あぁっ!?」
ファリスは愕然とした。今、目の前で倒壊したビルは鴉が寝床としていたビルだったのだ。
あんな爆発に巻き込まれて人が生きているはずがない。だが、ファリスは鴉が生きているのではないかと思った。鴉の見た目は人間だが、内に秘めた人間ならず力は人間のものではない。
裏社会では鴉の名は知れ渡っているが、ファリスはそれを知らない。鴉が戦うところを見たわけでもない。ただ、それでも鴉が普通の人間ではないことはわかった。鴉は美しい魔人だ。
瓦礫の中から巨大な闇が出現した。それは闇色の衣だった。
ハリケーンの巻き起こす風が目に見えるならば、あのような動きに違いない。
闇色の衣が渦を巻き辺りに散乱していた瓦礫を激しく吹き飛ばし、中から黒衣を纏った男が現れた。
日の光を浴びる男の顔は妖々しいまでに蒼白かった。
ビルの周りにいた重機やロボットに取り付けられていたセンサーが黒衣の男を捕らえた。そう、それは巨大都市エデンの魔鳥――鴉だった。
近くにいた機械を操作するオペレーターには鴉が敵であるか味方であるかわからなかった。だが、鴉が脅威であることはすぐにわかった。
オペレーターの背負っている機械からキーボードとディスプレイパネルが飛び出し、オペレーターは自分の前に来たキーボードに打ち込みをはじめた。それはこの場にいる機械たちへ出した鴉の攻撃を命令であった。
はじめにドラム缶型ロボットがドリルアームで鴉に襲い掛かる。
ドラム缶型ロボットの数は四機。四方向から連携して襲って来る。だが、このロボットは工業用に過ぎない。鴉にとってはただの鉄屑に過ぎなかった。
一機のロボットに向かって全速力で走った鴉は目にも留まらぬ速さでアームを掴んだ。回転するドリルの根であるアームを掴んだのだ。
アームを掴んだ鴉はそのまま回転しながら遠心力に任せてロボットを放り投げた。
ドラム缶型ロボットが別のドラム缶型ロボットに激しく激突し、大きな爆発と共に炎の中に消えた。
鴉のことを挟み撃ちにしようとする二機のドリルアームが、ストレートパンチのように繰り出される。
黒衣を羽ばたかせ舞い上がる魔鳥――鴉。その下では二機のドラム缶型ロボットが同士討ちをして爆発を起こしていた。
オペレーターは額から冷たい汗を垂らして、一目散にこの場から逃げ出した。そして、オペレーターの制御がなくなったロボットたちは停止した。
地面に舞い降りた鴉の元へ物陰からファリスが駆け寄る。
「だいじょうぶ鴉?」
「問題ない。それよりも、何が起きているか完結に説明しろ」
鴉がファリスに対して質問を投げかけたのはこれが初めてであったが、ファリスは全くそれに気づかなかった。
「ユニコーン社がここに住む人たちを追い出そうとしているの!」
「ユニコーン社か……なるほど、やり方が手荒い」
鴉の視線はスラム街の住居などから立ち上る煙を見ていた。
黒衣を翻した鴉は戦闘が起きているスラム街とは逆の方向に歩き出そうとした。
「待って、行っちゃうの! 助けてよ、あなた強いんでしょ、あたしたちのこと守ってくれてもいいじゃん!」
鴉は無言のまま立ち去ろうとしたが、ファリスは鴉の腕を強く掴んだ。
「お願いだから助けてよ!」
少し涙ぐんでいるファリスだが、鴉の反応はとても冷たいものだった。
「今ここで奴らを追い払っても次がある。毎日毎日奴らを追い払うくらいならば、怪我人の多く出ないうちに立ち去るのが身のためだ」
作品名:堕とされしものたち 機械仕掛けの神 作家名:秋月あきら(秋月瑛)