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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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堕とされしものたち 機械仕掛けの神

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 鴉の着地した足元のすぐそこにファリスがいた。
 地面に横たわるファリスからは息が聴こえない。仮死状態のような状態に置かれているのだ。ファリスの精神は夢幻の世界に囚われている。
 ゾルテが声を張り上げた。
「鴉よ、その娘の聖水[エイース]を飲むのだ!」
「断る」
「今の貴公では余の相手にならぬと言うておろう」
「それでも断る」
 頑なな鴉の言葉を聞くや、ゾルテは拳を握り締め震えた。
「なぜ拒むのだ! 地人[ノエル]は天人[ソエル]の糧として創られた存在なのだぞ!」
「果たしてそうなのか?」
 この言葉にゾルテは愕然とさせられた。恐れていた言葉が鴉の口から発せられた。想っていても誰にも口にできなかった言葉だ。ゾルテは己の考えを否定した。
「地人[ノエル]は糧である。万物の頂点に立つ者は天人[ソエル]なのだ!」
「そうだな、今は。神は万物の法則から外れた存在であると云われるが、神は全能ではない。その神は天人[ソエル]を創り、次に地人[ノエル]を代わりとして創った。この意味がわかるか?」
「神などいない!」
「いいや、全能なる神ならば私も信じないが、神が己に?似せて?創ったと云われる天人[ソエル]や地人[ノエル]のような神であれば信じる」
 ゾルテは花畑の上に寝転がるファリスを見て震えた。第三のヒトと呼ばれる新人類[ニュエル]がそこにいるのだ。その娘の力を使って〈アルファ〉を制御しているのは紛れもない事実だった。
 〈Mの巫女〉を〈アルファ〉に取り込むまで、ゾルテの精神は完全に呑まれていた。それが〈Mの巫女〉の出現により、ゾルテは今ここで存在を保っていられる。
「鴉、その娘の聖水[エイース]を呑め、さすれば全てが明らかになる。その娘が新人類[ニュエル]であるのならば、エスとならずに済むはずだ!」
「断る」
「怖いのか、新人類[ニュエル]の出現を恐れているのか!」
「それはお前だ。不変を望む楽園[アクエ]の民よ、この地上[ノース]は天人[ソエル]の住む場所ではない。そして、堕天者[ラエル]の住む場所でもない。いつかは終わりが必ず来る」
 堕天者[ラエル]となった天人[ソエル]は地上[ノース]に堕ちて、そこで多くの終わりを見ることになる。楽園[アクエ]では己の存在が消えることなど考えもしなかったのに、長い時間を地上[ノース]で過ごすことにより、己にも終わりが来るのではないかと脅える者の中には出てくる。そういう死の恐怖に苛まれた堕天者[ラエル]は社会を乱しヴァーツに狩られる運命にある。地上[ノース]は不変ではないのだ。
「終らぬ、天人[ソエル]は永遠を生きる民だ、滅びはせぬ」
「終わりが安らかであることを祈るのみだ」
「まだ言うか貴様は! 滅びぬぞ、滅びぬ、天人[ソエル]も余もだ!」
 花畑が燃える。美しく儚く、一面が真っ赤に染まっていく。
 高笑いをするゾルテの身体をも炎は包む。
 ひらひらと火の粉のように舞い上がる炎の花びらは、光を閉ざした黒い空に吸い込まれて逝く。この世界が終わる。
 天の闇が急速に堕ちてくる。そして、闇は全てを呑み込んだ。
 次の瞬間には鴉は灰色の壁に囲まれた広い部屋にいた。その部屋の奥には十字架に磔にされたファリスの姿と、それを守るようにして立つゾルテの姿があった。
「余は眠りから覚めてしまった。即ち、〈アルファ〉は動きを止めた。鉄屑となった〈アルファ〉を落とすのは容易い」
 〈アルファ〉が激しく揺れて、壁が地面となり鴉は壁に向かって落下した。空を飛んでいた〈アルファ〉が地面に落ちたに違いない。
 鴉の上からゾルテが〈ソード〉を構えて落下して来る。
「最後の勝負だ鴉!」
 ゾルテはこの一刀に賭けた。鴉もまたそれを感じ取った。
 二人は一瞬という時の流れをとても永いものに感じた。
 ゾルテが来る。鴉が爪を構える。二人の視線が絡み合う。
 激しくも儚い一瞬。
 煌く閃光が世界を走る。
 爪が〈ソード〉が、突き刺さった。ゾルテの〈ソード〉が鴉の身体を貫き、鴉の爪もまたゾルテの身体を貫いていた。
 同時に爪と〈ソード〉は引き抜かれた。そして、胸を押さえて倒れたのは鴉であった。
 地面に気高く立つゾルテ。その翼は白く美しく輝いていた。
「先に行くのは余のようだ。しかし、貴公の核は傷つけた――相打ちだ」
「傷ついた核は治らん。すぐに後を追うことになるだろう」
 ゾルテの身体は死に侵食されていく。色褪せる身体は崩れ、灰になり、塵となった。
 膝を付き立ち上がった鴉は頭上を見上げた。磔にされていたファリスの身体が開放され、鴉に向かって落下して来る。
 黒衣が大きく広がり、ファリスは柔らかなその上に包まれながら着地した。
 ファリスを抱きかかえる鴉。すると、ファリスはゆっくりと目を開けた。
 しばらく見詰め合っていた二人だが、やがてファリスが口を開く。
「やっぱり助けてくれたんだね。全部見てたよ、夢の中で」
 鴉は何も言わなかった。その代わりに、鴉が微笑みを浮かべた。とても優しい微笑だった。そして、鴉はファリスを抱きかかえながら床に崩れた。
「どうしたの鴉!」
「永かった生命[ジカン]が終わりを告げる」
 鴉の胸に空いた穴は塞がっていなかった。血が止め処なく流れ出る。
「死んじゃヤダよ、あたしを残して逝くなんてズルイ。だったら、あたしのことなんて助けてくれなくてよかったのに……そうすれば、こんなの見なくて済んだのに……」
 鴉の身体が灰になって崩れていく。手足の先が徐々に崩れ、緩やかに緩やかに死が近づく。ファリスにとってこんなにも辛い別れはなかった。目の前の人が逝ってしまうのに、それを長い時間見ていなくてはいけないなんて辛すぎる。
「ばかばかばか! 死んだら一生呪ってやるからね。助けてくれたお礼なんて言ってあげないからね、言って欲しかったら生きてよ……」
 涙ぐむファリスは辺りを見回した。〈アルファ〉が揺れている。〈アルファ〉もまた逝こうとしているのだ。
「私もこの兵器も、人間の世界には不要のものだ」
 鴉の脚も腕もすでに灰と化していた。それなのに鴉は安からか顔をしている。それがファリスは気に入らなかった。
「最期みたいな顔しないでよ、鴉は不死身のヒーローなんだから、いつもであたしがピンチの時は駆けつけて来てくれるの……鴉がいないと、あたし……」
 ファリスははっとして口を開けた。彼女は夢の中で全てを見ていた。鴉とゾルテの戦い。そして、二人の会話も。
「もしかしたら、あたしの血を飲んだら助かるかもしれない!」
 灰に成ろうとしていた鴉は酷い渇きに襲われていた。彼はそれを必死に抑えていた。そうでなければファリスを襲ってしまう。
「私の死を見たくないのなら、早く立ち去れ!」
 いつもは静かな口調の鴉が発した激しい口調であった。だが、ファリスは鴉の瞳を睨みつけて一歩も引かない、それどころか噛み付くように言葉を発する。
「あたしの血を飲んだら助かるんでしょ、絶対そうなんでしょ? だから、そうやって怒ったんでしょ?」
「…………」
「そうやって黙るなんて、鴉ってわかり易いよ」
「地人[ノエル]の血を飲んだところで、私は助からない。しかし、第三のヒトならば可能性があるかもしれぬ」