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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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堕とされしものたち 機械仕掛けの神

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 窓の外ではリムジンを囲うようにキメラ生物が群がっていた。それを見たフィンフが車外へ飛び出そうとする。
「わたくしが足止めしている間にお行きなさい!」
 夏凛も席を立った。
「狙われてるのはファリスだから、さっさと車を出して!」
 急いでフィンフが車を降り、夏凛もそれに続いた。
 車を降りた夏凛を見てフィンフが渋い顔をする。
「わたくしひとりで十分でしたのに」
「加勢しますから、その後に食事に行きましょうねぇ」
 ニコニコする夏凛を見てフィンフは肩を落とした。
 二人をこの場に残してリムジンがタイヤを鳴らす。フィンフたちの手を溢れたキメラ生物たちが、高速で走るリムジンを追って来る。
 見た目が白い虎であるキメラ生物――その名も白虎と名づけられた四つ足の獣が長い道路を失踪する。空からは翼のある獅子に鷹の頭を付けたグリフォンが追って来る。
 風を切るリムジンは周りを走る車両にお構いなしに無謀な走行を続ける。車の往来が多い道路をジグザグに走り、道が空かないものなら体当たりをしてでも空ける。市民の安全よりも任務が優先なのである。
 道の脇から白い塊が出て来て道路を塞いだ。わき道はなく、逃げ場を塞がれてしまった。
 運転手の叫びが車内に木霊する。
「アーマーの大群に道路を塞がれました。でも、こんなにも多くのキメラを見つからずにいっせいに街に放つなんて……」
 道路を塞いだ白い生物の通称はアーマー。その全長は約五から六メートル、全身が硬い甲殻に包まれていて、濁った白色をしている。そう例えるならば白い色をした巨大ダンゴムシのような生物だ。
 多くの車がアーマーを見て引き返して来る。リムジンは動きを止めている。
 道路に並んだアーマーが五つの紅い眼を光らせて行進してきた。後ろからは白虎が来る。空からはグリフォンが飛来して来た。
 ツェーンがファリスの腕を引き車内に飛び出した。そこにすぐさまグリフォンが襲い掛かる。
 紅が道路を彩った。身体と切り離されたグリフォンの頭部が嘴を痙攣させて動かしている。
 ツェーン右手の手首から肘にかけて刃が生えていた。それは鮫の背鰭のような形をしており、拳を振りながら敵を斬るというものだった。
 息つく暇もなく白い四つ足の影が飛び掛かって来るファリスから手を放したツェーンの腕が槍と変わり、白虎を串刺しにした。
 血の雨がツェーンに降り注ぎ、身体中に血臭がこびり付く。微かに笑うツェーンは口元についた血を舌で舐め取った。
 白い波が道路にある車などを呑み込んでいく。足をばたつかせて移動するアーマーによって地面が揺れる。
 手を元に戻したツェーンがファリスを抱きかかえた。
「失礼します。しっかり僕に掴まっていてください」
 大きく広がった翼から羽が抜け落ち宙を舞う。ツェーンの背中に現れた白い翼を見てファリスははっとした。
 天高くファリスはツェーンとともに舞い上がった。
「ここまで来ればまずはひと安心と言えるでしょう」
 ニッコリと笑うツェーンの顔を不安げにファリスは見つめた。
 ファリスは夏凛のマンションで黒い翼を生やし空に飛び立つハイデガーを見た。翼を背中に生やすヒトが滅多にいるはずがない。ということは、このツェーンも鴉やハイデガーと同じ種族なのだろ、とファリスは思う。
 廃墟ビルではじめて出逢った鴉はファリスにとって信頼できる存在であった。ツェーンも政府で働いているのだから、信頼にたる人物なのだろう。鴉と同じ種族の人たちが、種族同士で戦っている。ファリスは自分がどんなことに巻き込まれてしまったのか、不安になった。
「あなたたちは何者なの?」
「僕に答える権限はありません。ファリス様も全てことが済んだら、僕たちのことを忘れてください。では、ここまま空を飛んで夢殿に向かいましょうか」
 翼を羽ばたかせたツェーンの後ろから何かが来た。ファリスはそれを見て叫ぶ。
「後ろに敵!」
「えっ?」
 ぽかんと口を開けたツェーンの身体が大きく揺れ、ファリスがツェーンの胸から投げ出された。
「きゃーーーっ!」
 声をあげながら落下するファリスをツェーンは追った。
 ファリスの手が天に伸び、ツェーンがそれを掴もうとした瞬間、横から割り込んで来たグリフォンが嘴でファリスを挟んで掻っ攫って行ってしまった。
 嘴に挟まれながらできる限りの抵抗をしたが、ファリスに逃げる術はなかった。肝心の護衛であるツェーンは新たに襲って来たグリフォンと交戦中で、ファリスを追うことができないようだった。
 ファリスの叫びは虚空に呑み込まれてしまった。

 千歳は巨大兵器〈アルファ〉を前でうろうろと歩き回っていた。その歩調は足早で、足音がよく響いている。鴉が逃げ出したという連絡を受けてから、千歳の怒りは治まることを知らなかった。
「ルシエルは何をしていたのよっ!」
 鋭い爪によって千歳の近くで機械の整備をしていた男の首が血飛沫を上げた。
 床に転がる首を力強く蹴飛ばした千歳は肩で息をしながら心を落ち着かせていく。
 千歳の気まぐれで殺された男は運が悪かったで済まされ、他の者たちは見て見ぬふりをして自分の仕事を続ける。
 〈アルファ〉の調整はだいぶ前から整っている。それなのに関わらず、〈Mの騎士〉であるゾルテが〈裁きの門〉によって審判を下され、代わりになるはずだった鴉は逃亡した。そして、〈Mの巫女〉を捕らえたという連絡はまだ来ない。千歳の苛立ちは募るばかりだ。
 天人[ソエル]に伝えられている伝説では、神は己の姿に似せて天人[ソエル]を創った。しかし、それは己を美化させた存在であり、その美しさの奥には神の持つ悪を備えていた。だから、楽園[アクエ]で反逆者が現われたのだと云われる。
 天人[ソエル]の次に神は己の姿に似せて地人[ノエル]を創り出した。天人[ソエル]を清らかな炎で創ったのに比べ、地人[ノエル]は天人[ソエル]を創った時に出た汚泥で創られたと云われる。しかし、この地人[ノエル]も神の望む種族にはならなかった。
 ――神は去った。全ての生けるものたちを置き去りにして去ってしまった。
 そして、千歳たちは神に代わる存在〈アルファ〉を創り出したのだ。
 地人[ノエル]の住む地上[ノース]に堕とされ、堕天者[ラエル]がなぜ身を潜めて暮らさねばならないのか。千歳は天人[ソエル]は地人[ノエル]の上に君臨するものだと信じている。それは自分が堕天者[ラエル]となった後も変わらない。
 堕天者[ラエル]たちが身を潜めて暮らさねばならないのは、地上[ノース]を管轄するヴァーツの存在があるからだ。
 地上[ノース]に堕ちた天人[ソエル]は楽園[アクエ]には還れない、それはヴァーツも同じことだった。還れないのなら、地上[ノース]を楽園[アクエ]にするしかない。ヴァーツも堕天者[ラエル]もそう思っている。
 千歳はもう待てなかった。
「この地上[ノース]を支配するのはヴァーツでもアンチ・クロスでもルシエルでもない。このわたしが支配するのよ」
 永遠とも思える時の流れを刻んだ。生きた時間に比べれば、地上[ノース]で過ごした時間など短いものだ。しかし、その時間は千歳にとって耐えがたいものだった。だから一秒も待てない。