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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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堕とされしものたち 機械仕掛けの神

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「やっとおわかりになられましたか。楽園[アクエ]での長閑な日々が懐かしい。しかし、アズェル様が?鴉?の烙印を押されてしまってから、全ては変わってしまった」
「貴女は鴉が地上[ノース]に堕とされた後、審問官たちに抗議をして貴女も地上[ノース]に堕とされてしまったと聞いていた」
「確かにわたくしは審問官に抗議いたしました。ですが、わたくしに与えられた罰は地上[ノース]に堕ちることではなく、ここの門番をすることだったのです」
 ゾルテは目の前にいる嘗ては美しき天人[ソエル]だった者を見て酷く悲しんだ。
 罪を犯した者は地上[ノース]に堕とされ、大罪を犯した者は〈裁きの門〉の審判を受ける。それ以外の罰はないはずだった。では、なぜこの門番はここにいる?
 ゾルテは肩を大きく下げて深くうなだれた。
「天は何をしたいのだ。やはり、天の真意は天人[ソエル]が思っている理想とは違うようだ。余も楽園[アクエ]では崇高な地位にいた。しかし、それでも偽りばかりを教えられてきた。もはや、天は信じられん。だからこそ、余は余の理想のために地上[ノース]に堕ちた」
「ルシエは自らの意思で地上[ノース]に堕ちたのですか、なぜ?」
「地上を這って生きる者、それが第二のヒトである地人[ノエル]」だ。嘗て楽園[アクエ]に叛逆者が現れた時、そ奴らは新しく創造された地上[ノース]とこの空間に閉じ込められた。そして、神と呼ばれる存在は他の天人[ソエル]たちにも罰として、?渇き?を与えた。自然の摂理から外れた存在であった天人 [ソエル]が食物連鎖に組み込まれたのだ。ノエルの聖水[エイース]を糧として生きている天人[ソエル]だが、生物の頂点に立つのは我ら天人[ソエル]だと信じていたしかし、違うらしい」
「貴方は神に刃向かう気なのですか?」
「余は神など信じてはおらぬ。天は体制であり、その体制によって楽園[アクエ]の秩序は守られている。しかし、その体制は余の望むものではないようだ。天の体制はノエルこそを――いや、ノエルの中から生まれる第三のヒトこそを真の支配者として世界に君臨させる気なのだろう。全ては余の勘に過ぎぬが、余と同じ考えを持つ者が多くいることも事実」
 ゾルテは自分よりも下等だと思っていた存在に支配されることが屈辱であった。ノエルは天人[ソエル]の糧でしかない、とゾルテは今でも思っている。そのことを地上[ノース]でのうのうと生きているノエルたちに思い知らせねばならない。
 楽園[アクエ]で聖水[エイース]が創られるようになってからか、太古に比べてノエルの数は増殖している。地上[ノース]を支配しているのは他でもないノエルだ。そのこともゾルテは気に喰わなかった。
 天人[ソエル]の絶対数は増えることがない。その代わりに?死?というものも最初はなかった。しかし、楽園[アクエ]で叛逆者が現れた後、天人に?死?が与えられてからというもの、天人[ソエル]の数は徐々に減少している。幾星霜を経るかはわからないが、いつか天人[ソエル]はひとりもいなくなる時代が来るだろう。
 ゾルテは神を否定するが、神を憎んでいた。
「神がいたとしても、その存在は全知全能でもなけらば善なるものでもない。それを貴女は信じ敬うというのか?」
「神はわたくしたちをお創りになられた」
「だから何だというのだ、そのような証拠はあるまい。余は余の意思を持っている。わかったらその門を開けてくれ」
「それはできません」
「なぜだ!」
 ゾルテは憤怒した。しかし、開けられないというのは事実であった。
「わたくしには門を開ける術がないのです。この門には鍵がない」
「貴女は門番ではないのか?」
「わたくしは門番です。見えない鎖で繋がれ、門から離れることが許されない。わたくしは貴方と違いここに棲むモノたちに襲われることはないのです」
 門番はゾルテに群がる蟲を見てそう言った。確かに門番には一匹たりとも蟲が寄り付いていない。そして、門番の役目は門を守ることではなかった。
「わたくしの役目はこの空間を見つめ続け、ここに囚われた全てのモノたちを見つめ続け、哀しみにくれることなのです。ですから、ルシエが門を通りたいと言うのでしたら、わたくしは止めません。しかし、門は一方通行であり、向こう側からしか開けることしかできない。嘘だと思うのならばお試しください」
 ゾルテは門番に言われるままに門の前に立ち力を込めて門を打ち破ろうとした。
 衝撃とともに世界が揺れ、ゾルテを覆っていた蟲は吹き飛ばされ、雷鳴が轟いた。
「クッ……ググ……」
 ゾルテの顔が苦悩に歪む。彼の両腕は吹き飛んだが、門はびくともしなかった。
 門には鍵穴はなく、ゾルテを拒み。門番はいるが、それは門を守っているわけではない。門は向こう側からしか開くことはない。
 ゾルテはその場に呆然と立ち尽くした。彼には門を開ける術がなかった。
「余はここで死ぬことも許されず、永遠に囚われたままなのか……?」
「多くの者が、この門を訪れました。しかし、何人に対しても門は開くことを拒みました」
「ならば、余を殺してくれ。天人[ソエル]は自ら死ぬことができないように、魂にそのことが刻まれているのを貴女も知っておるであろう」
「それはわたくしにはできません。〈裁きの門〉の中では天人[ソエル]を殺めることができぬように魂に刻まれるのです」
 力を失ったゾルテは落下した。
 ゾルテの身体は底なしの沼の中に飛び込み、沈みゆく。
 堕ちても堕ちても底はない。
 沼の中にはゾルテを喰らう魚のようなモノがいた。魚はゾルテの核には決して手を出さない。ゾルテを殺してはくれないのだ。
 強烈な光が沼に落下し、汚泥を吹き飛ばすとともに上に伸びる光の道をつくり出した。
 堕ちていくゾルテの腕を何者かが掴んだ。
「我が子よ、お前にはまだやるべきことがある」
 光に包まれた存在がゾルテの身体を沼の底から引き上げる。
 ゾルテは自分を助けた者を睨みつけた。
「なぜ余を助けるのだ。貴様は何者だ!」
「余はルシエル。お前の元となった主だ」
「主とはどういうことだ、貴様は神だとでもいうのか!?」
「余は余でしかない。お前は余の身体から生まれた、云わば余の分身である」
「わからぬ、貴様の言っていることは余には理解できん」
「天人[ソエル]の祖となった者とでも言っておこう。最初の者である余たちは今の天人[ソエル]よりも多くの能力を持つのだ。天人[ソエル]の多くは最初の者たちの複製でしかなく、その能力は最初の者に比べ劣る」
 沼を抜けた先では門番が顔を手で覆い、ルシエルに恐れおののいていた。
「なぜ門が開かれたのですか!? 門を開いた貴方はいったい何者なのですか?」
 門は開かれていた。門の外から大量の光がこの空間に差し込み、遥か遠くまで照らし輝かせる。その光を見た者たちが軍勢となって押し寄せてくる。
 外に出るチャンスが訪れたことを知る罪人たちは我先にと門を目指す。
 ルシエルが鼻で笑った。
「まだその時ではない、救世主が現れるまで貴様らにはここいいてもらおう」
 身体の前に突き出されたルシエルの手から光の壁が現れた。現れた壁の高さは永遠を思わせ、壁は光速で動き出し全ての罪人を押し流した。