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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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堕とされしものたち 機械仕掛けの神

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 後退りをするファリスの背中がガラス窓にぶつかった。後ろはベランダで、その先には巨大都市が広がっている。
 ファリスの目の前で止まったハイデガー耳が微かに動き、彼は素早い動きで後ろに振り返った。
 玄関のドアが開かれ、誰かが部屋の中に入って来た。
「ただいまぁ〜っ。ああ、もぉ、急に降り出すんだもん、濡れちゃったよぉ」
 衣服を濡らしながら歩いて来る夏凛は視線を上げた瞬間、ハイデガーと鉢合わせしてしまった。しかし、ハイデガーの視線は夏凛の後ろにある。
 夏凛の横を黒い影が擦り抜けた。思わず夏凛は床に手を付いてしまったが、すぐに体制を立て直して大鎌を構えた。
 黒い影はハイデガーを押し飛ばし、ファリスの真横のガラス窓をぶち破ってベランダまで飛び出した。
 ガラス片が飛び散り、強風と大粒の雨が部屋の中に吹き込んでくる。
 ハイデガーの上に覆い被さる鴉は硬質化させた腕を大きく振り上げ、ハイデガーの顔を抉るように力強く殴り飛ばした。
 首がへし曲がり、血反吐を鴉に向かって吐き捨てたハイデガーは、鴉の身体を掴んで柔道の投げ技のようにベランダの柵ごと空へと投げ飛ばした。
 空に投げ飛ばされた翼をもがれた堕天者[ラエル]は黒衣を大きく広げ、地上に落下していく。
 ゆっくりと立ち上がるハイデガーに夏凛は大鎌を振り上げた。
 大鎌がハイデガーの胸を抉る。血が滲み、床に紅い雫が滴り落ちる。だが、ハイデガーは薄く笑いながら夏凛との距離を縮めて来る。 
「下賎なノエルが俺に勝てると思っているのか!」
「う〜ん、勝てないね」
 あっさりと認める夏凛の表情はにこやかだが、内心は非常に焦っていた。
 勝てないと認めたのは真実だ。
 夏凛は部屋の隅で震えているファリスをちらっと見た。自分ひとりならば逃げられるかもしれない、だが……。
 悪魔と天使が夏凛の耳元で激しい論争をはじめる。
 悪魔は夏凛に逃げることを推奨する。天使も逃げることを推奨していた。そして、夏凛は決断を下した。
「生きるが勝ち!」
 夏凛は玄関に向かって失踪した。
 足音が激しく床を揺らす。夏凛は焦りの表情を浮かべながら背中越しに後ろを見た。
「マジっ!?」
 ハイデガーが追って来るではないか!
 玄関は近い。玄関を出れば少しは状況がよくなるかもしれない。
 夏凛の手がドアノブに伸びる。だが――。
 玄関がぶち壊せれて、飛んで来るドアの直撃を受けた夏凛の身体が大きく飛び、ハイデガーを巻き込んで夏凛は床に倒れた。
 黒い影が床に寝転がる夏凛の上を飛び越し、ハイデガーの上に飛び掛った。
 ずぶ濡れになった黒衣から水を滴らせ、鴉は鋭い爪を振り上げる。
 水飛沫が煌き、爪はハイデガーの心臓を狙っていた。
 ハイデガーが嘲笑う。
 天人[ソエル]が持つ特殊能力――組織構造変質能力[コーズエンシー]。
 変化が生じた。ハイデガーの両腕が二丁の銃へと変貌し、すぐに銃口から魔導弾が発射された。
 黒衣が鴉の身体を包み込もうとするが、間に合う筈もなかった。
 胸を貫かれた鴉は後方によろめき、その胸には拳大の穴が二つ空いていた。あと少しずれていたら心臓を貫かれていたに違いない。
 ハイデガーの表情が急に強張った。彼は耳につけていた超小型通信機からの声に畏怖したのだ。鴉への復讐という私情でここにやって来たが、事情は変えられた。
 うずくまる鴉の身体を持ち上げたハイデガーはにやりと笑うと、鴉の胸に手を突き入れて何かを取り出した。
 鴉の身体から取り出されたそれは紅く輝く宝玉に似ており、心臓のような鼓動を脈打っていた。紅い宝玉、それが?核?と呼ばれているものだった。
 無造作に鴉を床に投げ捨てたハイデガーは、核をひと呑みにして胃の中に納めた。
 軽くゲップをしたハイデガーは地面に転がって動かなくなっている鴉を見下した。
 鴉の身体が枯れていく。それを見た夏凛はその場を動けずに、そこで起こった現象を凝視してしまった。
 萎みいく鴉の身体は黒い塊と化し、灰と化し、塵と化し、消滅した。
 鴉が消滅してしまったのを見て、夏凛は頭を抱えながら床に倒れ込んだ。
「……絶体絶命だね」
 翼を背中に生やしたハイデガーは夏凛を一瞥したあと、何も言わずにベランダの窓から外へと羽ばたいていった。
 ふらふらと歩いて来たファリスは床に溜まった黒い塵を見つめた。声は出なかった。何が起きたのか見ていなかったが、そこにある塵が鴉だったものだということを感覚的に悟った。
 ため息をついた夏凛は立ち尽くすファリスを見上げてすぐに視線を下げた。
「たぶん死んだね。鴉は死んだ……、そう、死んだよ」
「うそ、うそだよそんなの! そんなの……」
 死ぬはずがない、ファリスは信じられなかった。鴉は人間ではなかった――それを知るファリスは鴉が死なない生き物だと信じていた。しかし、それには根拠がない。死んで欲しくないから、死なないと信じていた。
 壊れた玄関から武装した数人の警備員が駆け込んで来た。
 床に溜まった塵が踏み荒らされ、ファリスは心から叫んだ。
「止めてよ!」
 警備員たちはファリスに銃口を突き付けた。
 銃口を突き付けられながら、ファリスは警備員を上目遣いで睨んだ。それを見た夏凛はファリスと同じく銃口を突き付けられながら、手を上げて吐き捨てるように言った。
「もう全部終わったから、帰ってくれないかな? いちよーここ、アタシんちなんだけど?」
 二人に向けられていた銃口は下げられはしたが、警備員たちが帰るようすはなく、夏凛は言葉を続けた。
「玄関はぶっ壊れちゃったけど、何もなかったから。被害届も出てないのに捜査を開始するほど、ヒマじゃないと思うし、キミたちも慈善活動がしたいわけじゃないでしょ?」
 夏凛の顔は多くの人に知れ渡っている。そのためか警備員たちは去って行った。しかしながら、後に通達か何かがあって、このマンションを追い出されるのだろうなと夏凛は心の中でごちた。
 立ち上がった夏凛はファリスの肩に手を回して無言で部屋の奥に導いた。

 三日以内に部屋を出て行くように連絡を受けた夏凛は、ため息をついてファリスが座る向かい側のソファーに腰を下ろした。
「引っ越して来て三ヶ月も経ってないのに……。別にね、鴉とファリスのせいだとは思ってないけどね、仕事が仕事だから部屋貸してくれるところが少なくて、しかも、襲撃を受けて部屋を追い出せれるのってこれで六回目だから、大きなマンションとかは、もういい加減部屋を貸してくれないかもしれないんだよねぇ〜」
「マンションじゃなくたっていいじゃん、住もうと思えば路上にだって住めるよ」
「アタシに浮浪者になれっていうの!?」
「あたしは浮浪者じゃなかったけど、〈ホーム〉育ちだから路上でも生きていけると思う」
 夏凛は頬杖を突きながらファリスをじっと眺めて呟いた。
「ふ〜ん、どーりで品の乏しいお嬢さんだと思った」
「どうせあたしは下品だよーだ!」
「別に下品とかじゃなくてさ、髪の毛ボサボサとか、着てる服とか汚いし、ああ、それを下品っていうのか」
 そう言って夏凛は悪戯な笑みを浮かべた。