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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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堕とされしものたち 機械仕掛けの神

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 ファリスは顔を膨らませて、近くにあったクッションを夏凛に投げつけた。夏凛は造作なくクッションを受け止め、ファリスに投げるフリをして横に放り投げた。
「アタシはクッションを投げつけるような下品なまねはしないの」
「下品下品って、あたしだってあなたみたいにお金持ちだったら上品に振舞えるよ!」
「たしかに貧乏なせいもあるかもね。でもね、アタシは自分の力でここまで稼いだの、わかる?」
「スラム育ちは安い給料でしか働かせてもらえないの!」
「言ってなかったけ? アタシの仕事はトラブルシューターなんだけど、スラム育ちでも有名なトラブルシューターはいくらでもいるよ。ヤル気さえあれば、アナタだって大金持ちになれるってこと、ただ、それなりの覚悟がいるけどね」
 トラブルシューターの仕事は多種多様に渡り、トラブルシューターによって引き受ける仕事も違う。夏凛の引き受ける仕事は命がけの仕事が多い。だからこそ、夏凛は高級マンションに住むことができるのだ。
 ファリスは夏凛の言葉を受けて少し考え込み、真剣な顔をして言った。
「じゃあ、弟子にしてよ」
「はぁ!?」
「あたしトラブルシューターになるって決めたから、だから弟子にして」
「アタシがトラブルシューターで一流になれたのは特別な理由があるから。それは人に教えてあげられるものじゃないから、弟子になるなら他の人に頼んだ方がいいよ」
 夏凛は自分ひとりの力でトラブルシューターになったのではなかった。?彼女?は特別なのだ。
「じゃあ、家事手伝いでいいから雇って」
 ファリスはトラブルシューターになる気でいた。だから、せっかく見つけたトラブルシューターを逃がしたくなかった。夏凛の側にいれさえすればチャンスはある。
「アナタを雇うくらいなら、自動人形[オートマタ]を買うね。そんなことよりも、〈ホーム〉に帰ったら?」
「あたしの住んでた〈ホーム〉はなくなちゃった」
「まさか、スラム三番街の住民だったの!?」
 スラム三番街でのニュースは夏凛の耳にも届いていた。
「だから帰る場所がないの……」
「しょ〜がないなぁ、弟子はダメだけど、住み込みの家事手伝いで雇ってあげる」
「ホントに!?」
 ソファーから身を乗り出したファリスは飛び跳ねて喜びを表現した。
 しかし、夏凛は少し困った表情をしている。そもそも彼は家事手伝いなどを必要としていなかった。
「でもね、別にアナタの仕事ってないんだよね。食事は出前か外で済ますし……」
「じゃあ部屋の掃除は?」
「掃除はアタシの趣味。言ってなかったけど、アタシ、トラブルシューターの副業で清掃員もしてるんだよね」
 別にお金に困っているわけではない。清掃員をするのは本当に彼の趣味だからだ。
 仕事がないと言われてファリスは少し困った表情をする。仕事がなければ夏凛が傍に置いてくれる理由もなくなるし、それでも夏凛がいてもいいと言われたとしても嫌だ。何もせずに人に養ってもらう気はファリスにはなかった。
「じゃあ、あたし、何すればいいの?」
「だ〜か〜ら〜、今考え中」
「だったらやっぱり夏凛のアシスタントになる」
 つまりそれは弟子にしろということである。
「それも考慮には入れておく。アナタの仕事内容については明日までに考えておく。それよりも――」
 と言った夏凛はファリスを指差して、そのまま話を続ける。
「まず、その服をどうにかする。そうだなぁ、今から買い物して、そのまま外で夕食で決定。アタシの決定は絶対だからね」
「服代は?」
「アタシが出すに決まってるでしょ。まあ、でも返す気があるなら、将来返して」
 将来返すという言葉を聞いて、ファリスの頭にあることが過ぎった。
「お金はあとで払うから、あたしの依頼を受けて」
「…………はぁ!?」
 まさか突然そのようなことを言われるとは思わず、夏凛は驚きの表情をした。
 ファリスは夏凛に詰め寄って、真剣な眼差しで見つめた。
「だから、夏凛はトラブルシューターで、あたしは依頼人」
「アナタお金ないでしょ」
「将来返すから」
「そーゆー不確定なことは信じない。アタシはチョー一流だから高いし、アナタが本当にお金を返せるとは限らない」
「だって、さっきは服の代金はあとでいいって!」
「それとこれは問題が別。さっきの服とか食事の代金は雇い主として、住み込みで働くアタナに施さなきゃいけない義務、そう義務だから」
 夏凛はファリスに説明しながら、自分にも説明をしながら話していた。つまり、それは言い訳だった。
 ファリスは夏凛の眼前まで迫って押し倒しそうな勢いだった。
「あたしの〈ホーム〉を奪って、鴉まで殺したあいつを殺して!」
「ちょっと待って今なんて言ったの……やっぱり言わなくてもいいから黙っていて」
 腕組みをして考え事をしはじめた夏凛は宙を仰いで何かを思い出そうとしていた。
 鴉を殺したのはあの男だった。そして、その男がファリスの〈ホーム〉を奪った。夏凛にはあの男の顔に見覚えがあったのだ。
「そうだ、あの男、ユニコーン社の社長のハイデガー!? あの地区の開発事業をしようとしていたのはキャンサー社で、住民の排除を委託されたのがユニコーン社。なるほどね、ユニコーンの社長さんがアタシんちに不法侵入したうえに、部屋を荒らしてくれちゃったわけね」
 不適な笑みを浮かべた夏凛はファリスを見つめた。
 夏凛は自分に害を及ぼした者に容赦しない。それに加えて相手が大物とあれば反発心がよりいっそう高まる。それに相手が大物であれば思わぬ金が自分に舞い込むことがある。
 ファリスが夏凛の顔を覗き込む。
「依頼受けてくれるの?」
「考えておく」
 この時すでに夏凛は事件に首を突っ込む気でいた。
 ソファーから立ち上がって歩き出した夏凛は途中で振り返った。
「雨に濡れたからシャワー浴びて着替えてくる。ファリスもアタシと一緒にお風呂入る?」
「なにバカなこと言ってるの!? あなた男でしょ?」
「今はね……。じゃ、アタシがシャワーから出たらすぐに出かけるからね」
 そう言って夏凛はバスルームに姿を消した。
 ファリスは夏凛の『今はね……』という言葉が頭に引っかかった。見た目も声も夏凛は女性だが、世間一般には男として通っている。だが、ファリスは夏凛の裸姿を見たわけではないのでなんとも言えなかった。もしかしたら夏凛は女性なのかもしれないとファリスは思ったが、ではなぜ世間では男と言われ、夏凛の言った『今は……』の意味はどういうことだろうか?
 結局考えが導き出せず、ファリスは再びソファーに腰を下ろして他の考え事をはじめる。
 夏凛が自分に見せた不敵な笑みの裏には何かがきっとある。自分の依頼を受けてくれなくても、夏凛が事件について何らかの動きを見せることは確信できた。ファリスはそう思うと少しだけ希望が見えたような気がした。
 しかし、まだまだだ。〈ホーム〉を奪った奴ら、そして、あのハイデガーに復讐しなくてはファリスの気はすまない。
 ファリスの心に渦巻く感情は悲しみよりも怒りの方が勝っていた。ここままハイデガーを放って置いては誰も何もしてくれないだろう。ならば、自分で復讐をするとファリスは誓った。