炎の王妃【チャンヒビン】~月明かりに染まる蝶~・第四巻
彼女は心からそう信じられた。
振り仰げば、湖のような空が一面にひろがっている。
老婦人は、いつまでも名残惜しげに空を見ていた。
禧嬪張氏は、炎のように激動の時代を生き、駆け抜けていった。
ただ一人の男を愛したことから、彼女の幸せも不幸も始まった。
―王さま、私だけを見て下さい。
彼女の真実(ほんとう)の想いは、どこにあるのか。逆巻く激動の波に呑まれ、彼女の呟きは儚く沈んでいった。
だが、私は耳を澄ませば聞こえてくるような気がしてならない。彼女が今も懸命に訴え続ける声が。
(完)
☆史実の上での禧嬪張氏には色々な面が存在したと思います。
しかし、彼女が確かにまた粛宗を愛したことも事実ではあったのではと考えています。
彼女の魂が安らかに眠ることを心から願い、この物語を締めくくりたいと思います。
作者
インパチェンス
花言葉―私だけを見て、鮮やかな人、強い個性、豊かさ、私に触れないで、短気、おしゃべり、目移りしないで、浮気しないで。和名は紅吊舟。
七月二十四日の誕生花
ルビー
宝石言葉―情熱、熱情、純愛、勇気、自由
、
あとがき
五月も終わりに近づき、日中は暑さを感じるほどになりました。
さて、今年早々、二月から取り組んできた韓流時代物の「哀しみの花」シリーズもこれにて全四話が完結しました。
韓流時代劇にハマッて約十年が経ちました。韓国朝鮮を舞台にした様々な作品を描いてきましたが、いつかは実在の人物を描いてみたいというのが積年の夢でした。
私は元々、日本を舞台にした時代物を描いていましたが、祖国を舞台にした作品においても実在の人物を取り上げるということは殆どなかったのです。そんな自分が俄仕立てで韓国を舞台にした実在の人物伝を描けるとは思えませんでした。
しかし、日本・韓国問わなければ、実在の人物を描きたいという想いは韓流にハマるずっと以前から存在しました。一体、いつ?そのとき?が来るのか。自分でも判らないままに月日が経ったのです。
今回、敢えて踏み切ったのは、そろそろ描いてみようとい気持ちが以前にもまして強くなったこと、どこかで挑戦しなければいけないという想いになったからかもしれません。
実在の人物を描くというのは、その人への自分なりの思い入れが強くなければなりません。言い換えれば、?この人、この人の生涯を作品にしたい?という強い意思です。生中な気持ちではなく、ある人物が辿った生涯を自分なりに筆で再現したいという想いが明確になければなりません。
私にとって、そういう女性が韓国史において二人いました。今回、取り上げた禧嬪張氏と、仁粋大妃です。仁粋大妃もまた描いてみたいと思う女性の一人でした。ただ、たまたま韓流時代劇にハマり、韓国の歴史に開眼したそのきっかけとなったドラマが?妖婦張禧嬪?であり、この女性への想い入れの方がはるかに強かったという事情もありました。
更に、年月が流れ、自分なりに彼女の生涯を知っていくにつれ、彼女が何故、?妖婦?と呼ばれるようになっていったのかを考えるようになりました。元から妖婦だったのではなく、長い年月の中に次第に変貌していったと考えるのが自然なように思え、では何が彼女をそこまで変えたのかという疑問に行き当たった時、そこに?王への愛?という自分なりの応えを見つけたのです。
彼女を邪悪な考えに駆り立てていったのは、粛宗への愛情の裏返しではなかったのか。それが自分なりの応えでした。もちろん、現実の彼女は男への愛だけではなく、様々な野心もあったろうと思います。
ただ、私は彼女の変貌の原因の大部分を占めていたのが?王様、私だけを見て下さい?という切ない女心ではなかったかと―、そういうメインテーマで彼女の生涯を自分なりに理解して再構成して描き出してみようと考えました。
拙い部分、理解の及んでいない部分、様々な課題があるかと思いますが、この十年、自分なりに韓国の歴史を見てきて得たものをすべて注ぎ込んだ作品です。
更に、実在の女性を主人公にした長編、生涯記を描いたという点ではデビュー作の「千姫夢語り」以来、初めての作品となります。
「歴史の中の真実〜語られなかった想いがある〜」。それが私の歴史・時代物を描くスタンスでモチーフです。「歴史の闇に消えていった、散っていった人たちの想いを掬い上げて、一つの物語として新たな生命をそこに吹き込みたい―」。
私の創作のメインテーマを元に、この作品が生まれました。これからもまた、色々な作品を心を込めて紡いでゆければと切に願います。
拙い作品ではありますが、ご覧いただき少しでも何かを感じて頂ければ作者として、こんな嬉しいことはありません。
ありがとうございました。
二〇一八年五月二十七日
作品名:炎の王妃【チャンヒビン】~月明かりに染まる蝶~・第四巻 作家名:東 めぐみ