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炎の王妃【チャンヒビン】~月明かりに染まる蝶~・第三巻

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 ただ、当日、王妃は腹痛を訴え、儀式に参加は叶わなかった。そのため、壇上にはスン、ユンを抱いたオクチョンが並ぶことになった。真相はそのようであったにも拘わらず、今回も矢面に立たされたのはオクチョン一人だった。
―あの妖婦がまたも殿下に泣きついて、畏れ多くも中殿さまの儀式参加を取りやめさせたというぞ。
 誤解も良いところだった。オクチョンは王妃の参列を止めたことなど一度もない。王妃はスンの正妻だし、ユンはいずれ王妃の子となるのだから、王妃が儀式に参列するのは当然ではないか。その道理を違えるほど愚かではないつもりだ。
 なのに、口さがない人たちは噂する。
―禧嬪張氏のあの顔を見るが良い。殿下の隣にぴったりと張り付いて、まるで自分がこの国の王妃さまだでも言いたげだぞ。
 そんな噂が儀式の日から後を絶たず、オクチョンはよもや王妃が同情を集めるために、わざと病を装って儀式を欠席したのかと勘繰ったほどだ。しかし、落ち着いて考えてみれば、あの公正な王妃がそんな謀略を考えつくはずもない。
 身体が弱いというのは本当らしいから、当日の朝になって腹痛を訴えたというのは嘘ではあるまい。何故、王妃も自分もあるがままに生きているだけなのに、王妃は同情され、自分は妖婦呼ばわりされ悪者になるのか。
 オクチョンは、あまりにも割に合わない話だと憤慨めいた気持ちを抱かざるを得ない。
 もちろん、スンとの言い合いについては、自分に非があるのは承知している。スンは大妃の死後まもなくであると反対する重臣たちの声を抑え、我が子ユンの立太子を実現してくれた。それを感謝こそすれ、王妃の話ばかりするからと反撥してしまった自分が子どもじみていた。
 そう、あの時、明らかに自分は嫉妬していた。美しく若い王妃にスンの心が急速に傾いてゆくのが許せず、つい意地を張ってしまったのだ。
 喧嘩の後、中宮殿に寄ったのはまだ良いとしても、オクチョンとの間に起こった一部始終を王妃に喋ったのは耐え難い屈辱だった。スンとの痴話喧嘩はいわば夫婦喧嘩のようなものだ。それをもう一人の妻にぺらぺらと臆面なく喋るなんて、最低だ。
 ここでもオクチョンは王妃がスンの気を引きたさに、ユンを抱く役目をあっさりと自分に譲って身を引いたのではないかと疑った。そして、改めて愕然としたのだ。
 最近の我が身は、どうかしている、と。王妃の清廉な人柄は知っているはずなのに、ともすれば王妃が自分を陥れるために画策しているのではないか、あの天女のような美しい面の下に計算高いずるがしこい顔を持っているのではと勘ぐりたがっている。
 このままでは、本当に自分は狂ってしまう。他人を無闇に疑う負の感情に呑み込まれてしまいそうだ。オクチョンは思った。
 まさに、それこそ、後宮が?伏魔殿?と呼ばれてきた理由なのだ。どんなに美しい心を持ちたいと願っていたとしても、いつしか後宮に潜む闇の色に全身塗り込められてしまう。妬み、憎しみ、恨み、そういったおよそ美しいものとはかけ離れた感情に自分でも知らぬ間に支配されてしまう。
 けれども、気づいたからといって、どうにでもなるものではなかった。国王のただ一人の王子の母、しかも我が子は世子となった今、オクチョンが逃れる場所はどこにもない。
 スンとはあの口論以来、行き来は絶えている。王のお渡りがない間も、スンは王妃の許はしばしば訪ねているようで、むろん、その来訪は昼間だけではなく夜のときもあった。
 ミニョンは心配して度々、進言してくる。
―お言葉にはございますが、可愛げのない女は嫌われてしまいます。禧嬪さま、もう少し大人におなりあそばして、殿下にお詫びのお手紙でもお書きになられませ。さすれば、私がすぐにでも大殿の殿下にお届けしますゆえ。
 後宮の女は寵愛を失えば、おしまい。その理屈も恐らくは正しいのだ。ミニョンから見れば、オクチョンの今の状況はまさに、?寵愛を失いかけている?というところなのだろう。
 しかし、オクチョンにも意地があった。意地とは、女の誇りと言い換えても良いかもしれない。だからこそ、オクチョンは王子ではなく王女が欲しかった。産んだのが娘であれば、娘を連れて王宮を出て、母娘二人でひっそりと暮らす手立てもあった。
 自分は何も望みはしない。ただ、ひたすら我が子の安寧と幸せを願うだけだ。ユンが娘ならば、オクチョンはとうに後宮を出て、娘の成長とやがて嫁ぐ日の晴れ姿だけを愉しみに、ひっそりと生きてゆく道を選んだに違いない。
 けれど、産んだのが娘ではなく息子であったことにより、オクチョンは望むと望まざるに拘わらず、権力の軸に組み込まれてしまった。世子に冊立された我が子を連れて宮殿を去ることはできない。去るとしたら、オクチョン一人で行くしかない。でも、まだ赤児にすぎないユンを手放すなんて、考えもできない。
 結局、オクチョンは後宮に残るしかなく、広い宮殿で彼女はただ一人、孤独だった。
 他人は、つまらない意地だと笑うかもしれない。だが、オクチョンは、どうしても言えなかった。昔は簡単に言えたひと言が今はどうしてか言えない。
―ごめんなさい。
 と。
 恐らく、それはスンが王さまだから、オクチョンがこの国の世継ぎの母となったからではない。応えはもっと簡単で原始的なものだとオクチョン自身も判っていた。
 私の心は今もこんなにもスンを求めている。そう、オクチョンがスンを想う恋心があまりにも深くなりすぎてしまったのだ。
 小さなせせらぎから始まった川がやがて奔流となり大河となるように、オクチョンの恋情は迸り、今もスンに向かって絶えることなく流れている。恐らく、スンがオクチョンを想う心も知り合った頃と変わりはしない。けれど、スンにはあの頃から今も、オクチョンの他に心を向ける別の女人がいる。
 結局、深くなりすぎたオクチョンの恋心は、そんな女性たちの存在を許せず、スンが自分以外の女を熱く見つめる現実を受け入れられないのだった。
 スンが中宮殿に泊まる夜、オクチョンは独り寝の床で夜具を被って泣いた。
―スン、お願い。私だけを見て。私じゃない他の女の人に優しくしたり、抱いたりしないで。
 心で幾度、叫んだかしれない。それでも、嬪、世子の母ともなれば、それなりの体面を求められる。布団の中で声を殺して泣き、嫉妬に悶々としながらも、昼間は豪奢な衣装に身を包み、王の側室?禧嬪張氏?として誇り高い花のように凛と頭を上げていなければならなかった。
 更に、彼女のその誇り高いまでの美貌、毅然とした態度が余計に周囲の羨望と反感を買う。
―息子が世子に立てられからというもの、禧嬪張氏の専横は眼に余る。まだ大妃さまの喪中だというのに、派手派手しい衣装をこれ見よがしに着ていたではないか。
 オクチョンが何をしても悪い風に誤解されてしまう悪循環が続いた。
 もう、自分たちは駄目なのだろうか。このまま自分たちは解り合えることはないのか。
 オクチョンは日々を暗い気持ちで過ごしていた。そんなオクチョンを気遣い、ミニョンが庭園での花見を勧めたのである。オクチョンも鬱々と室に籠もっているのは性に合わないと申尚宮も伴い、花見に出てきたのだ。