オヤジ達の白球 36~40話
寅吉がすべてを察知した。
坂上のフォームはすべて、野球の投手をまねたものだ。
右足はしっかりプレートを踏んでいる。
しかし。左足はプレートから離れている。後方に位置している。
ソフトボールの投手はプレート上に両足を置き、捕手と正対する形をとる。
野球のように構えてしまうと上体が、1塁の方向を向いてしまう。
これではソフトボールの投手の構えにならない。
野球の投手は大きく左足を踏み込むことで、投げる力を作り出す。
しかしソフトはまったく異なる。
プレートを蹴ることで、大きく前方へ跳びだす。
この独特の動作が、ソフトボールの投球の切れと球速を生み出す。
(まいったな。
この野郎は、ソフトボールのルールを勉強する暇がなかったらしい・・・
審判から足の構えを直せといわれたのが、致命傷になったようだ。
しかたねぇ。球威はあきらめてのらりくらりと投げてもらうおう。
いまはそれしか手がねぇ)
「お前さんが不器用なのは、いまさら始まったことじゃねぇ。
とにかくミットをど真ん中へ構えるから、俺を信じて投げ込んで来い。
うまく投げようなどと考えるな。
とりあえず頭の中をからっぽにしろ。
あとは俺のミットめがけて、さっきみたいに元気いっぱい投げ込んで来い!」
それだけ言うとポンと坂上の肩を叩き、寅吉が戻っていく。
(ぐだぐだ言ったところで、あの野郎は理解する頭を持っちゃいねぇ。
おだてりゃブタも木に登る。
駄目でもともと。瓢箪から駒が出るかもしれねぇ。
駄目ならあいつをあきらめて、北海の熊にバトンタッチすればいいだけだ)
「お待たせ」寅吉が主審の千佳に会釈する。
そのまま捕手のポジションへ座り込む。
(いいから気楽に投げて来い)寅吉が指を4本出す。
遅い球でいいから、ここへ投げてという意味の新しいサインだ。
作品名:オヤジ達の白球 36~40話 作家名:落合順平