短編集45(過去作品)
何度か産婦人科の扉を叩こうと、病院の前まで行ったことはあった。しかし、怖くて入ることができない。お腹の大きな女性が、子供を連れて出てくる。子供が母親のお腹をさすりながら頬ずりし、母親を見上げる。
その顔には安心感がみなぎっている。ついこの間まで、その中にいたことを知らないはずなのに、表情が懐かしそうに見えるのは、あまりにもあどけない子供の顔を見たからだろうか。
子供の顔が母親も見た後、不審げにこちらを見る。いかにも他人を見るという顔であった。
――どうしてそんな目で見るの――
たじろいでしまった自分にビックリした。たかが子供の目だと思いながらも、子供の目が一番怖いものだということをその時初めて知ったような気がした。それを今、思い出している。
――私は本当に、誰を愛しているのだろうか?
気持ちが空中で空回りしているように思う。中途半端なところで、くるくる回っているのだ。
――夫への愛は限りなく無に近いが、なくなったわけではない。信之君への思いは次第に強くなってくるが、それと同じくらいに今までの安心感が不安感へと変わってくるのも感じる――
最近思い出す修司の思い出が一番大きくなりつつあるのだろうか? そういえば不審げにこちらを見ていた子供の顔は、修司の面影に似ていた。
――修司に睨まれている――
一番辛かった。信之にしても、どこか修司のイメージを持っているから好きになった気もするし、夫にしても……。今から思えばそう感じないこともない。
――想像妊娠に違いない――
そう感じたのは、自分がどこかに隠れ家を求めているのを感じたからだ。赤い色を意識し始め、自分の中にもう一人の自分を感じるようになる。オトコが自分の中に入ってくる時に感じるのは、
――満たされたいと思っている気持ちを熱い思いで包んであげている――
という感情である。だが、それを感じているのは、もう一人の自分……。
そう、今自分の見つめているのは自分の身体の中ではないだろうか。隠れ家を欲するあまり、自分のお腹の中に隠れ家を求め、もう一人の自分が隠れている。そのもう一人の自分が、時々表に出ようと試みる。それが、今の苦しみではないだろうか。
――生みの苦しみを味わっている――
月を見ながら考えている。
黄色に染まりつつある月であった……。
( 完 )
作品名:短編集45(過去作品) 作家名:森本晃次